採血における凝固は、医療現場で最も頻繁に発生する検体不良の原因であり、患者の身体的・精神的負担を増大させるだけでなく、検査結果の遅延や医療従事者の業務負担、医療コストの増加にもつながる重要な問題です。札幌医科大学のデータによると、再採血が必要となった事例の35.7%が凝固によるものであり、これは他の原因を大きく上回る最も高い割合を占めています。
適切な採血手技と検体処理を行うことで、採血管内凝固は予防可能な問題です。しかし、転倒混和の不徹底、採血量の過不足、採血時間の延長、検体処理の遅延など、様々な要因が複合的に作用して凝固が発生します。特に凝固検査用採血管では、血液と抗凝固剤の比率が1:9と厳密に規定されているため、わずかな手技の不備でも検査結果に大きな影響を与えます。
本記事では、採血管内凝固の発生メカニズムから具体的な予防策、検査結果への影響、適切な検体処理方法まで、医療従事者が知っておくべき重要なポイントを詳しく解説します。

採血管内凝固はなぜ発生するのか?主な原因と発生メカニズムを教えて
採血管内凝固とは、血液が採血管内で固まり凝血塊が形成される状態を指します。通常、採血管には血液が固まらないようにするための抗凝固剤が添加されていますが、何らかの不適切な要因が加わることで凝固が引き起こされます。
最も重要な原因は転倒混和の不徹底です。採血後、採血管内の血液と抗凝固剤を適切に混ぜ合わせる「転倒混和」は、凝固防止において最も重要なステップです。採血後に採血管を5回以上、泡立たないようにゆっくりと転倒混和することが推奨されていますが、この混和が不十分であると、血液と抗凝固剤が均一に混ざらず、凝血塊や血小板凝集塊が形成されやすくなります。
採血に時間を要することも重要な原因です。血管が細い、血流が悪い、または穿刺に手間取るといった理由で採血に時間がかかると、血液が採血管に到達するまでに体外で凝固反応が始まってしまうリスクが高まります。採血はなるべく速やかに行うことが重要です。
ヘパリンの混入も見逃せない原因の一つです。点滴ラインからの採血や、ヘパリンロックを行った静脈ラインからの採血時に、ライン内に残存するヘパリンが採血された血液に混入すると、凝固検査結果に大きな異常をきたすことがあります。特にAPTTの著しい延長が認められる場合、ヘパリン混入を疑う必要があります。
その他、採血管の種類の誤りや血管選択の不適切さも凝固の原因となります。凝固検査には抗凝固剤の種類や濃度が特定された専用の採血管を使用する必要があり、他の検査用の採血管を誤って使用すると血液が凝固する可能性があります。
採血時の凝固を防ぐための具体的な手技のポイントは?
凝固を防ぐための採血手技には、いくつかの重要なポイントがあります。まず採血前の準備として、患者さんのシャント肢やリンパ節郭清の有無、過去の採血時の気分不良や失神の既往、抗凝固薬の内服状況などを確認し、適切な採血部位を選択することが重要です。
正確な採血管の選択と採血量確認は絶対条件です。検査項目ごとに指定された採血管を間違いなく選択し、規定量を採血することが必要です。特に凝固検査では、採血直後に採血管の白線まで正確に採血されているか確認し、抗凝固剤との比率が正しく保たれているかを目視で確認します。
確実な転倒混和は最も重要な手技です。採血が終わったら、採血管の種類に応じて5~6回転倒混和することを徹底します。この際、泡立てないようにゆっくりと行うことが重要で、激しく振ると物理的な刺激により赤血球が破壊され、溶血が生じる可能性があります。
採血時間の短縮も重要なポイントです。採血針を刺入してから採血が完了するまでの時間をできるだけ短縮し、血液が凝固する機会を減らします。血管の状態が悪い場合でも、可能な限り迅速な採血を心がけることが大切です。
翼状針使用時の注意点も見逃せません。翼状針のチューブ内には空気が含まれており、「デッドスペース」が生じます。この空気の分だけ血液が不足するため、凝固検査のように厳密な採血量が求められる場合、正確な比率が維持されず、検査結果に影響を及ぼすことがあります。この問題を避けるためには、凝固検査用採血管を2本目以降に採血するか、あるいは事前に空の採血管で空気を抜いてから使用することが推奨されます。
神経損傷のリスク回避も重要です。肘窩の尺側領域や手首の橈骨側など、太い神経が走行している部位の穿刺は極力避け、解剖学的知識に基づいて慎重に穿刺部位を決定します。
凝固による取り直しが検査結果や患者に与える影響とは?
血液が採血管内で凝固すると、凝固経路が活性化され、血球成分や凝固因子が消費されます。これにより、様々な検査項目で不正確な結果が報告され、診断や治療に悪影響を及ぼす可能性があります。
凝固・線溶系検査への影響は最も深刻です。PT、APTT、FIB、AT、FDP、D-dimer、TAT、PIC、SFMCなどの凝固・線溶系検査は、採血管内凝固によって測定不能となるか、凝固時間の短縮または延長、凝固因子の低下といった異常値を示します。特にAPTTの短縮は採血管内凝固の強力な指標とされており、その基準値がPTよりも長いため、変化が顕著に現れやすいとされています。軽微な凝固でも、TAT(トロンビン・アンチトロンビン複合体)が高値を示すことがあります。
血液学的検査(CBC)への影響も重要です。特に血小板数(Plt)が凝固の影響を強く受けます。採血管内で凝固が生じると、血小板が凝集して消費されるため、自動血球計算器での測定時に、真の血小板数よりも低く測定される「偽性血小板減少」が発生します。これは、病的ではない「見かけ上の血小板減少」であり、臨床医が不正確な情報に基づいて治療方針を誤るリスクをはらみます。
患者への身体的・精神的負担も深刻な問題です。再採血は、患者さんの身体的な痛みや不快感を増大させるだけでなく、検査への不安や恐怖心を高める要因となります。特に血管が細い高齢者や小児患者、採血が困難な患者にとって、再採血は大きなストレスとなります。
医療従事者の業務負担と医療コストの増加も見逃せません。再採血により、看護師や検査技師の作業時間が増加し、検査結果の報告が遅延することで、診断や治療開始のタイミングが遅れる可能性があります。また、追加の採血管や検査試薬の使用により、医療コストも増加します。
地方独立行政法人総合病院国保旭中央病院のデータでは、対策実施後に総再採血件数が238本から167本へと約30%減少し、特に血算の凝固による再採血は58%減少したことが報告されており、適切な対策により大幅な改善が可能であることが示されています。
採血量不足と凝固の関係性について詳しく知りたい
採血量不足は、凝固による再採血に次いで頻度が高い原因であり、特に凝固検査において重要な問題となります。凝固検査用採血管は、血液と抗凝固剤(クエン酸ナトリウム)の比率が1:9と厳密に規定されており、採血量の許容範囲は公称採血量の±10%とされています。
採血量不足の影響は深刻です。採血量が不足している場合、相対的に抗凝固剤の濃度が高くなり、検査結果に影響を及ぼします。具体的には、PT(プロトロンビン時間)やAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)は凝固時間が延長し、フィブリノゲンは低下する傾向にあります。東邦大学の検討では、採血量が1/2の場合、APTTが約5秒延長したと報告されています。
翼状針使用時の特別な注意点があります。翼状針のチューブ内には空気が含まれており、「デッドスペース」が生じます。この空気の分だけ血液が不足するため、凝固検査のように厳密な採血量が求められる場合、正確な比率が維持されません。この問題を解決するためには、凝固検査用採血管を2本目以降に採血するか、事前に空の採血管で空気を抜いてから使用することが推奨されます。
多血症患者での特別な配慮も必要です。ヘマトクリット値が55%以上の多血症患者では、血漿量が相対的に少なくなるため、規定量のクエン酸ナトリウムに対する血液の比率がずれ、凝固時間が延長する傾向にあります。このようなケースでは、採血管内のクエン酸ナトリウム溶液を調整する必要がありますが、多くの医療従事者がこの補正の重要性を認識しつつも、実際に実施している割合は低いという課題が存在します。
採血量確認の実践的方法として、採血直後に採血管の白線まで正確に採血されているかを目視で確認することが重要です。不足している場合は、その場で追加採血を行うか、適切な量で再採血を行う必要があります。採血量不足を防ぐためには、採血前に患者の血管状態を十分に評価し、適切な採血針の選択と穿刺技術を用いることが重要です。
札幌医科大学のデータでは、採血量不足が再採血原因の32.4%を占めており、凝固に次ぐ主要な原因となっていることが示されています。
採血後の検体処理で凝固を防ぐために注意すべきことは?
採血後の検体処理は、凝固を防ぎ検査結果の品質を保つために極めて重要なプロセスです。迅速な遠心分離と分析が最も重要なポイントです。凝固検査検体は、採血後1時間以内に室温(18~25℃)で遠心分離し、4時間以内に分析することが推奨されています。これは、凝固因子が時間とともに不安定になるためであり、特に凝固第V因子や第VIII因子は室温で不安定であるとされています。
適切な遠心分離条件の遵守も重要です。凝固検査用の検体は、血球成分と血漿成分を適切に分離するため、生化学検査用の検体よりも長めの遠心処理が必要とされます。具体的には、1500gで最低15分間、または2000gで最低10分間の遠心分離が推奨されています。これは、血漿中に血小板が残存すると、その後の凝固検査に影響を及ぼすためであり、血小板数を1万/μL未満にすることが理想的です。
適切な保存温度と容器管理も見逃せません。各検査項目には推奨される保存条件(室温、冷蔵、凍結)があります。特に凝固検査では、長期保存が必要な場合は-80℃での凍結保存が推奨されます。検体は密閉・密栓した容器に入れ、蒸発による濃縮を防ぐことが重要です。容器の密閉が不十分だと、水分が蒸発して検体が濃縮され、検査値に影響が出ることがあります。
検体輸送時の注意点として、温度変化や激しい振動を避けることが重要です。輸送中の激しい振動や、極端な高温・低温は凝固や溶血の原因となりえます。適切な搬送条件を維持することで、検体の品質を保つことができます。
4時間以上保存の影響について理解しておくことも重要です。4時間以上保存した場合、冷蔵・室温いずれの条件下でもAPTTが延長し、フィブリノゲンが低下する傾向が報告されています。そのため、可能な限り迅速な処理を心がけることが大切です。
遠心後の血漿取り扱いでは、バフィーコートから最低5mm離れた上清を使用し、残存血小板数が1万/μL未満になるよう努めることが推奨されています。遠心力が不足したり、時間が短すぎたりすると、血小板が血漿中に残り、測定値に影響を及ぼす可能性があります。
日本検査血液学会標準化委員会からは「凝固検査検体取扱いに関するコンセンサス」が発表されており、これらの基準に従った検体処理を行うことで、信頼性の高い検査結果を得ることができます。
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