自動車業界が電動化とカーボンニュートラルという大きな転換期を迎える中、2025年に開催されるJapan Mobility Showは、各メーカーの未来戦略を示す重要な舞台となります。特にマツダは、2023年のJapan Mobility Showで「クルマが好きがつくる未来。」という力強いメッセージを発信し、電動化時代においても走る歓びを追求し続けることを宣言しました。この約束を具体的な形として示すのが、2025年に発表が期待される2台のコンセプトカー、「VISION X-COUPE」と「VISION X-COMPACT」です。これらのモデルは単なるデザインスタディではなく、マツダが2030年以降に目指す方向性を明確に示す道標となるでしょう。広島に本社を置く独立系自動車メーカーとして、マツダは大手企業とは異なるアプローチで電動化に取り組んでおり、その戦略の核心には「人馬一体」の走る歓びという不変の価値観があります。本記事では、この2台のコンセプトカーが体現するマツダの技術哲学、デザイン思想、そして製造戦略について、多角的な視点から深く掘り下げていきます。

Japan Mobility Show 2025におけるマツダの戦略的位置づけ
Japan Mobility Showは、東京モーターショーから名称を変更し、単なる自動車の展示会からモビリティ全体の未来を提示する場へと進化しました。2025年の開催では、各メーカーが電動化への本格的な移行計画を具体的に示すことが求められています。マツダにとって、このタイミングは極めて重要な意味を持ちます。2023年に掲げた「クルマが好き」という感情的な約束を、実際の技術と製品として証明しなければならない節目の年だからです。
マツダが過去に発表した「RX-VISION」や「VISION COUPE」といったコンセプトカーは、いずれも将来のデザイン哲学と企業の野心を具現化したものでした。これらは市販を前提としたモデルではなく、あくまでブランドの方向性を示すビジョンとしての役割を果たしてきました。「VISION」という名称には、このような歴史的な重みがあります。したがって、2025年に登場する「VISION X-COUPE」と「VISION X-COMPACT」も同様に、2030年以降のマツダの姿を予見させる重要な意味を持つと考えられます。
2台のコンセプトカーを同時に発表するという戦略自体が、マツダのマルチソリューションアプローチを物理的に表現する方法です。これは、電動化への移行において単一の解決策に頼るのではなく、市場や顧客のニーズに応じて複数の選択肢を提供するという、マツダ独自の考え方を体現しています。クーペは航続距離延長技術を用いた移行期の橋渡し役を、コンパクトは専用設計された完全電動化の到達点を示すものとして、それぞれ明確な役割を担っているのです。
VISION X-COUPEが体現する移行期のフラッグシップ
VISION X-COUPEは、マツダの電動化における移行期の象徴として位置づけられるコンセプトカーです。大型で感情に訴えかけるスタイルを持つクロスオーバークーペというフォルムは、実用性と美しさを両立させたマツダらしいアプローチを示しています。「X」の文字はクロスオーバーとしての実用性と全天候性能を表し、「COUPE」は所有欲を掻き立てる美しいオブジェとしての本質を物語っています。
全長は5メートル近くに達すると予測され、その堂々としたサイズはフラッグシップモデルとしての存在感を十分に発揮します。しかし、マツダは伝統的なセダン形式にこだわるのではなく、現代のライフスタイルに合わせたクロスオーバークーペという形式を選択しました。これにより、実用性を損なうことなく、デザインの自由度を最大限に活かすことができるのです。
このコンセプトカーのパワートレインには、次世代の高出力版「e-SKYACTIV R-EV」システムが搭載されると考えられます。このシステムは、ロータリーエンジンを主駆動力ではなく、発電機として活用する革新的なアプローチです。車輪は常に電気モーターによって駆動されるため、純粋な電気自動車の走行フィールを提供しながら、航続距離への不安を解消することができます。大型で重量のあるフラッグシップに巨大なバッテリーを搭載するよりも、コンパクトなバッテリーと発電用ロータリーエンジンを組み合わせる方が、マツダの効率的なアプローチに合致しています。
デザイン面では、魂動デザインの第三フェーズを壮大なスケールで表現することになるでしょう。広大でクリーンなボディサイドには、光の反射によって初めて真価が分かる繊細なS字カーブが描かれます。これは、第二世代魂動デザインで確立された引き算の美学の進化形です。余計な要素を削ぎ落とし、純粋な曲面と光の相互作用だけで生命感を表現するという手法は、電動化時代のデザインに完璧に適応します。ライティングも重要な特徴となり、超スリムでボディと一体化した表現力豊かなデザインが採用されるはずです。現在の「シグナルウィング」を超えた新たなアイデンティティが示されることでしょう。
インテリアは日本の職人技のショーケースとなり、ミニマルでありながら温かみを持つ空間が創出されます。ドライバー中心のコクピット設計により、人間とクルマが一体となる人馬一体の感覚を追求します。これは単なるデザインの美しさだけでなく、運転する歓びを最大化するための機能的な配慮でもあるのです。
VISION X-COUPEの戦略的目標は、マツダのプレミアムな電動化時代を象徴するハローカーとなることです。電動化が美しさ、航続距離、走る歓びのいずれも犠牲にしないことを証明する存在として、ブランドの忠実な支持者と、マツダに憧れを抱く層に強く訴求します。環境意識と深い所有欲を両立できるクルマを、マツダが創造できることを明確に示すモデルなのです。
VISION X-COMPACTが照らす完全電動化の未来
一方、VISION X-COMPACTは、マツダの完全電動化の到達点を示すコンセプトカーです。世界で最も大きく重要な市場セグメントであるコンパクトクロスオーバーをターゲットとしており、「COMPACT」という直接的な名称は、これがニッチなスポーツカーではなく、主流市場で競争する意図を明確に示しています。
このコンセプトカーは、2027年に導入予定の専用BEVプラットフォームを採用した市販モデルの具体的なプレビューとなります。マツダの専用電動化プラットフォームは、内燃機関車の転用ではなく、白紙から設計された自社開発のアーキテクチャです。これにより、パッケージング、重量配分、パフォーマンスを最適化することが可能になります。搭載すべきエンジンがないため、根本的に短いフロントオーバーハング、長いホイールベース、そして驚くほど広々として開放的なキャビンが実現できます。
デザインは、引き算の美学を専用EVアーキテクチャに適用する上でのマスタークラスとなるでしょう。クリーンで未来的、かつ知的なスタイリングの中にも、魂動デザインがいかにして生命感と動きの感覚を創り出せるかを示します。電気自動車特有のプロポーションを活かしながら、マツダらしい情緒的な魅力を損なわないデザインが追求されるはずです。
パワートレインは、純粋なバッテリー電気自動車システムとなります。しかし、マツダが強調するのは、0-100km/h加速タイムのような単純な数値ではありません。彼らが重視するのは運転体験の質です。ブレーキ、ステアリング、モーターの応答を統合制御する先進的なビークルダイナミクスコントロールにより、他に類を見ないほどスムーズで直感的、かつ魅力的な走りを提供します。これこそが、「魂動 – SOUL of MOTION」が電動化されても失われないことの証明なのです。
VISION X-COMPACTの戦略的目標は、期待感を醸成し、マツダのBEVは他とは違う、運転を愛する人々のためのクルマになるだろうと市場に確信させることです。これは、マツダの完全電動化の未来が現実的で、間近に迫っており、そして魅力的であるという決定的な意思表明となります。2027年という具体的な時期を見据えた技術開発の進捗を示すことで、マツダの電動化戦略が単なる構想ではなく、実行段階に入っていることを明確にするのです。
魂動デザインの進化と電動化時代への適応
マツダのデザイン哲学「魂動 – SOUL of MOTION」は、2010年のコンセプトカー「靭(SHINARI)」を原点として確立されました。この哲学の核心は、クルマを単なる鉄の塊ではなく、生命あるものとして捉えることにあります。ドライバーとクルマの関係を、あたかも愛馬と心を通わせるかのような感情的なものにすることが目的なのです。
第二世代への移行は、単なるスタイルの更新ではなく、思想における深遠な変化でした。日本の美意識、特に「余白の豊潤さ」や「引き算の美学」をデザインの礎に据えたのです。キャラクターラインを加えて個性を表現するのではなく、余分な要素を削ぎ落とし、純粋で途切れることのない曲面を創り出すことに注力しました。その狙いは、完璧に磨き上げられたフォルムの上を移ろう光と影の繊細な相互作用を通じて、生命感と動きを表現することにあります。
この引き算の美学は、実は電気自動車のデザインに極めて適した手法です。従来の自動車デザインは、内燃機関のプロポーション、つまり長いボンネットやキャブ・リアワードな姿勢に大きく左右されてきました。一方、専用設計のEVは、短いオーバーハング、長いホイールベースといった根本的に異なるプロポーションを持ちます。キャラクターラインに依存するデザイン言語は、これらの新しいフォルムに適応するのに苦労することがあります。
しかし、第二世代の魂動デザインは、純粋な表面の曲率と光の操作に焦点を当てているため、根底にあるプロポーションから独立した美しさを創り出すことができます。美しい光の反射は、長いボンネットの上でも、短く切り詰められたノーズの上でも等しく創造可能です。これにより、マツダはパワートレインのアーキテクチャに関わらず、息をのむほど美しいクルマを創造するためのデザインツールキットを手に入れたと言えるでしょう。
VISION X-COUPEとVISION X-COMPACTは、魂動デザインの第三フェーズを体現することになります。このフェーズでは、引き算の美学の原則を、電動化された車両アーキテクチャ特有の課題と機会に適用することが求められます。焦点は、電動であることの制約を乗り越えるのではなく、電動であるからこそ美しい形状を創造することにあるのです。
マルチソリューション戦略の本質
マツダの電動化戦略の中核をなすのが「マルチソリューション」という考え方です。これは、電動化の黎明期と位置づける不確実性の高い時代に対する、現実的かつ合理的な対応です。世界中の市場における多様な顧客ニーズ、規制環境、そしてインフラの現実に柔軟に対応するための意図的な計画なのです。
マルチソリューション戦略は、決して優柔不断さの表れではありません。むしろ、それは戦略的な柔軟性の証です。ヨーロッパでは厳しい環境規制により電動化が急速に進む一方、北米やアジアの一部地域では依然として内燃機関やハイブリッドへの需要が高い状況が続いています。充電インフラの整備状況も地域によって大きく異なります。このような多様性に対応するには、単一の技術に賭けるのではなく、複数の選択肢を用意することが賢明なのです。
この戦略を可能にしているのが「ライトアセット戦略」です。比較的小規模なプレーヤーであるマツダにとって、十分に活用されない可能性のある大規模なEV専用工場に巨額の投資を行う余裕はありません。この戦略の核心は、既存資産の活用度を最大化し、新規の設備投資を最小限に抑えることにあります。その効果は驚異的で、新しいEV専用工場を建設する場合と比較して、初期投資を85%、量産準備期間を80%削減できると見込まれています。
ライトアセット戦略の技術的実現手段が「モノづくり革新2.0」です。これは、SKYACTIV技術のような共通アーキテクチャに焦点を当てた「モノづくり革新1.0」からの進化版です。その中核をなすのが「混流生産」という概念です。「根の生えない生産設備」と呼ばれるAGV(無人搬送車)ベースのサブアッセンブリーラインのような先進技術を活用することで、マツダの生産ラインは内燃機関車、ハイブリッド車、そして純粋なバッテリーEVを同一ラインで同時に組み立てることが可能となります。
開発プロセスも統合されています。車両全体の高度なデジタルモデリング(モデルベース開発、MBD)をサプライチェーン全体にまで拡張し、車両固有のソフトウェアを最終段階で無線通信によって書き込む「Factory OTA」技術を活用することで、サプライヤーが扱う部品の複雑さを劇的に削減し、コストを低減し、在庫を圧縮します。
大手自動車メーカーがEVへの移行という課題に対し、数十億ドル規模の専用工場を建設するという資本力で解決しようとするのに対し、マツダは知性と効率性で競争しなければなりません。彼らは新しい工場そのものではなく、プロセス革新である「モノづくり革新2.0」に投資したのです。これにより生まれた極めて柔軟で低コストな生産システムこそが、マルチソリューション戦略を財務的に実行可能な現実へと昇華させているのです。
パワートレイン技術の三本柱
マツダの電動化への道筋は、3つの主要なパワートレインによって構成されています。これらは単なる選択肢の羅列ではなく、2025年から2030年、そしてその先へと続く、ブランドの移行を示す明確な段階的タイムラインを形成しています。
第一の柱は、再創造されたロータリーエンジンです。ロータリーエンジンを主たる駆動力としてではなく、コンパクトで静粛、かつ効率的な発電機として復活させるという戦略は、まさに天才的と言えます。「MX-30 Rotary-EV」がその先例であり、このシステムは車輪が常に電気モーターによって駆動されるシリーズ式プラグインハイブリッドです。新開発の8C型ロータリーエンジンは、必要に応じて17.8kWhのバッテリーを充電するか、モーターに直接電力を供給する役割を担います。このシステムは、BEVの最大の課題である航続距離への不安を解消すると同時に、マツダの最もユニークな伝統技術を活用します。
第二の柱は、内燃機関の頂点とも言える「SKYACTIV-Z」です。マツダはICEを放棄するわけではありません。次世代エンジン「SKYACTIV-Z」は、2027年中に次期「MAZDA CX-5」への搭載が計画されている主要な投資対象であり、マツダ独自のハイブリッドシステムと組み合わされます。これは「キーストーン(要石)」となる技術であり、SKYACTIV-Zのために開発された燃焼改善技術は、ラージ商品群の直列6気筒エンジンや、将来のロータリーエンジンのエミッション開発にも展開される予定です。これは、全体論的で効率的な研究開発アプローチの証左です。
第三の柱は、完全電動化の到達点である専用BEVプラットフォームです。マツダの究極的な目標は完全電動化にあります。2027年に導入予定のプラットフォームは、ICEプラットフォームの転用ではなく、白紙から設計された自社開発の専用EVアーキテクチャです。これは、パッケージング、重量配分、そしてパフォーマンスを最適化する上で極めて重要です。このプラットフォームは、さまざまな種類のバッテリーを搭載し、多様な車両形状に対応できる柔軟性を持つように設計されています。
そして何よりも重要なのは、マツダが先進的な車両統合制御技術を用いて、ブランドの象徴である「人馬一体」の走る歓びを実現すると明言している点です。これは、電動化がマツダのアイデンティティを変えるのではなく、新しい形で継続させることを意味しています。
この三本柱は、マツダの移行戦略における明確な時間軸を示しています。フェーズ1は現在から2027年までで、マルチソリューションが最も輝く時代です。ロータリーEVが主役となり、まだ発展途上のBEVインフラに顧客を無理に移行させることなく、プレミアムで差別化された電動体験を提供します。フェーズ2は2027年で、変曲点となる年です。中核モデルであるCX-5にSKYACTIV-Zを搭載することで、依然として高効率なICE・ハイブリッドソリューションを求める巨大な主流市場のニーズに応えます。同時に、専用BEVプラットフォームを採用した最初のモデルを市場に投入し、次章の幕開けを告げます。フェーズ3は2028年以降で、焦点はBEVプラットフォーム上のラインナップ拡充へと徐々に移行しますが、高効率なEREVとSKYACTIV-Zパワートレインは、移行が緩やかな市場において引き続き重要な役割を果たし続けます。
製造革新とスモールプレーヤーの戦略
マツダにとって、製造革新は単なる下流工程ではありません。それは、企業戦略と製品戦略全体を規定する根源的な原動力なのです。大手自動車メーカーがEVへの移行という課題に対し、数十億ドル規模の専用工場を建設するという資本力で解決しようとするのに対し、「スモールプレーヤー」であるマツダは、知性と効率性で競争しなければなりません。
「モノづくり革新2.0」の中核技術の一つが、AGV(無人搬送車)ベースの生産システムです。従来の固定された生産ラインとは異なり、AGVは柔軟に移動し、必要な場所で必要な作業を行うことができます。これにより、同一ラインで異なるパワートレインを持つ車両を効率的に組み立てることが可能になります。内燃機関車の生産ラインを止めることなく、電気自動車の生産を開始できるのです。
モデルベース開発(MBD)の導入も重要な要素です。車両全体を高度にデジタル化し、物理的な試作を最小限に抑えることで、開発期間とコストを大幅に削減できます。さらに、このデジタルモデルをサプライチェーン全体で共有することで、部品メーカーとの連携もスムーズになります。
「Factory OTA」技術は、車両固有のソフトウェアを最終段階で無線通信によって書き込む仕組みです。これにより、生産ラインでは汎用的なハードウェアを組み立て、最後の段階で車両の仕様に応じたソフトウェアを適用することができます。部品の種類を減らし、在庫を圧縮し、生産の柔軟性を高める効果があります。
これらの技術革新により、マツダは極めて柔軟で低コストな生産システムを構築しました。このシステムが持つ、内燃機関からバッテリーEVまでという極端な製品多様性に対応できる能力こそが、「マルチソリューション戦略」を単なるマーケティングスローガン以上の、財務的に実行可能な現実へと昇華させているのです。
VISION X-COUPEとVISION X-COMPACTが並行して存在するコンセプトとして成立するのは、この卓越した製造・事業戦略によって解き放たれた能力の直接的な結果です。これらは単なるデザインスタディではなく、小規模な企業が巨大な競合と渡り合うことを可能にする、マツダ独自の競争優位性の物理的な証明なのです。
2つのコンセプトカーが示す未来のロードマップ
VISION X-COUPEとVISION X-COMPACTは、互いに矛盾する存在ではありません。それらは、Japan Mobility Show 2023でなされた約束に対する、一貫性のある二部構成の回答です。カーボンニュートラルな未来に向けた、現実的で、段階的で、知的な旅路を表現しているのです。
VISION X-COUPEは移行期の究極的な表現、すなわちマツダ独自のロータリーEV技術を用いて妥協なく電動化を受け入れる「旅路」そのものです。このモデルは、電動化がまだ発展途上の段階にある市場や、長距離走行が必要な顧客に対して、最適なソリューションを提供します。航続距離への不安を感じることなく、純粋な電気自動車の走行フィールを楽しむことができるのです。
一方、VISION X-COMPACTは最終的な「到達点」を明確に示すビジョンです。ブランドのダイナミックな魂を保持した、魅力的で主流となるBEVの姿を具体的に示します。このモデルは、2027年以降のマツダの電動化ラインナップの中核を担う存在となり、より多くの顧客に完全な電動化の体験を提供することになるでしょう。
この二本柱のアプローチは、ライトアセット戦略とモノづくり革新2.0という卓越した戦略から生まれたものであり、マツダが電動化への移行期を生き残るだけでなく、繁栄することを可能にします。それは、マツダがその道のりの一歩一歩において、ブランドの核である「クルマが好き」というアイデンティティを育むことを可能にし、その動力源が回転するローターであろうと、静かなバッテリーであろうと、マツダ車は常にマツダ車らしいと感じられることを保証するのです。
Japan Mobility Show 2025における2台のVISIONコンセプトの発表は、マツダがそのブランドの本質である「人馬一体」の走る歓びを電動化時代においても維持するための、信頼性が高く、そして何よりも魅力的な計画を持っていることの物理的な証明となります。それはマツダ自身が2年前に投げかけた問いへの、明確な回答なのです。
マツダのデザイン哲学が生み出す情緒的価値
自動車産業が電動化に向かう中で、多くのメーカーが直面している課題の一つが、情緒的な魅力の維持です。内燃機関のエンジン音や振動は、長年にわたって多くのドライバーに感動を与えてきました。これらの感覚的要素が失われる電動化時代において、クルマはどのようにして人々の心を動かし続けることができるのでしょうか。
マツダの答えは、デザインと運転体験の質にあります。魂動デザインは、視覚と触覚を通じて、クルマに生命感を与えます。完璧に磨き上げられたボディパネルの上を移ろう光と影、手に吸い付くようなステアリングの感触、シートに体が包み込まれるような座り心地。これらの要素が組み合わさることで、五感に訴えかける体験が創出されます。
VISION X-COUPEとVISION X-COMPACTは、このデザイン哲学を電動化時代に適応させた姿を示すでしょう。電気自動車特有の静粛性は、逆に車内の上質な素材の質感や、精密に調整されたサスペンションの動きをより感じやすくします。加速時の滑らかなトルクの立ち上がりは、内燃機関とは異なる種類の感動を提供します。
日本の伝統的な美意識である「間(ま)」や「余白」の概念も、デザインに取り入れられています。すべてを詰め込むのではなく、意図的に何も置かない空間を作ることで、逆に存在するものの価値が際立ちます。これはインテリアデザインにおいても重要な原則であり、過度に複雑な操作系統を排除し、本当に必要な機能だけを美しく配置することで、ドライバーが運転に集中できる環境を作り出します。
環境性能と走る歓びの両立
電動化の最大の目的は、環境負荷の低減にあります。しかし、マツダは環境性能と走る歓びをトレードオフの関係として捉えていません。むしろ、両者は同時に追求できると考えています。
ロータリーエンジンを発電機として使用するe-SKYACTIV R-EVシステムは、この考え方を体現しています。ロータリーエンジンは、その構造上、水素燃料との相性が良いとされています。将来的に水素インフラが整備されれば、カーボンニュートラルな発電機としてさらに環境性能を高めることができる可能性があります。現在はガソリンを使用していますが、バッテリーのみのEVよりも軽量で、長距離走行時の総合的な環境負荷は競合し得るのです。
専用BEVプラットフォームにおいても、マツダは単に航続距離を伸ばすことだけを目指しているわけではありません。バッテリーサイズと車両重量のバランスを最適化し、日常使用における実用的な航続距離を確保しながら、軽量化によって運動性能を高めることを重視しています。重いバッテリーを大量に搭載するよりも、適切なサイズのバッテリーと効率的なエネルギーマネジメントにより、真に持続可能なモビリティを実現しようとしているのです。
グローバル市場における戦略的展開
マツダのマルチソリューション戦略は、グローバル市場の多様性に対応するための現実的なアプローチです。ヨーロッパ市場では、厳しい環境規制により2030年代には内燃機関車の販売が大幅に制限される見込みです。この市場に対しては、専用BEVプラットフォームを採用したモデルが中心となるでしょう。
一方、北米市場では大型車両への需要が根強く、また長距離走行の機会も多いため、航続距離延長型のe-SKYACTIV R-EVシステムが強い訴求力を持ちます。広大な国土を持つアメリカやカナダでは、充電インフラの整備には時間がかかるため、柔軟性の高いEREVシステムは理想的な解決策となります。
アジア市場は、国や地域によって状況が大きく異なります。日本国内では政府の支援もあり充電インフラが比較的整備されているため、BEVの普及が進む可能性があります。一方、東南アジアの一部地域では、まだ内燃機関やハイブリッドが主流であり、SKYACTIV-Zを搭載したモデルが重要な役割を果たすでしょう。
このように、マツダのマルチソリューション戦略は、世界各地の市場特性に応じて最適な製品を提供できる柔軟性を持っています。そして、この柔軟性を支えているのが、モノづくり革新2.0による生産システムの革新なのです。
Japan Mobility Show 2025が示すマツダの決意
Japan Mobility Show 2025は、マツダにとって極めて重要な意味を持つイベントとなります。2023年に掲げた「クルマが好きがつくる未来。」という約束を、具体的な形で示す場だからです。抽象的なビジョンだけではなく、実際に触れることができる、見ることができる物理的な証明を提示する必要があります。
VISION X-COUPEとVISION X-COMPACTの同時発表は、マツダの包括的な電動化戦略を一目で理解できる形で示すことになります。来場者は、2台のコンセプトカーを比較することで、マツダがどのように電動化への移行を段階的に進めていくのか、そしてその最終的な到達点がどのような姿なのかを視覚的に理解できます。
また、これらのコンセプトカーは、デザインの美しさだけでなく、技術的な説明も伴って展示されるでしょう。e-SKYACTIV R-EVシステムの仕組み、専用BEVプラットフォームの構造、先進的な車両統合制御技術など、マツダが開発してきた革新的な技術が詳しく紹介されることが期待されます。これにより、来場者はマツダの技術力の高さと、電動化への真剣な取り組みを理解することができます。
Japan Mobility Show 2025は、マツダが「クルマが好き」という感情を、電動化時代においても大切にし続けることを改めて宣言する場となるでしょう。そして、その宣言は単なる言葉ではなく、2台の美しく、魅力的で、技術的に優れたコンセプトカーという具体的な形で示されるのです。


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