金沢百万石まつり「ミス百万石」廃止の理由とは?2つの背景を解説

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金沢百万石まつりの「ミス百万石」は、応募者の減少とジェンダー価値観の変化を理由に廃止されました。2025年12月1日、金沢百万石まつり実行委員会がこの決定を正式に発表し、半世紀近く続いた伝統に幕が下ろされることとなりました。2026年の第75回開催からは、ミス百万石の公募は行われません。

この記事では、ミス百万石廃止の具体的な理由と背景、そしてこの決定が金沢百万石まつりの未来にどのような影響を与えるのかを詳しく解説していきます。地方都市の伝統行事が直面する課題と、時代に適応するための変革について、多角的な視点からお伝えします。

ミス百万石とは何だったのか

ミス百万石とは、金沢百万石まつりにおいて「祭りの華」として親しまれてきた観光親善大使のことです。毎年、金沢市在住または在勤の未婚女性を対象に公募が行われ、厳正な審査を経て3名が選出されていました。選ばれたミスたちは1年間の任期中、金沢市が主催する公式行事や県外での観光キャラバン、メディア出演などに従事し、金沢の魅力を全国に発信する役割を担っていました。

百万石行列においては、ミス百万石は極めて重要なポジションを与えられていました。行列の先頭部分において、華やかなオープンカーや装飾された車両に搭乗し、沿道の観客に手を振りながらパレードの幕開けを飾る存在でした。メインキャストである前田利家公やお松の方が登場する前に、観衆の期待感を高め、祭りの祝祭的な雰囲気を醸成する「露払い」にして「華」という二重の役割を果たしていたのです。

2025年5月に選出された第46代ミス百万石の3名は、公益財団法人職員1名と大学生2名で構成されていました。彼女たちは「観光親善大使」として、金沢の伝統文化や人々の温かさといった魅力を発信することに意欲を燃やしていたと伝えられています。つまり、ミス百万石とは市民の中から選ばれた代表者が公的な立場で故郷を売り込むという、シビックプライドの発露の場でもあったのです。

ミス百万石廃止が決定した経緯

ミス百万石の廃止が公式に発表されたのは、2025年12月1日の午後のことでした。金沢百万石まつり実行委員会の会合において、実行委員長の新保博之氏のもと、2026年の第75回開催に向けた基本方針とともに、ミス百万石の公募を行わない旨が正式に発表されました。

この発表のタイミングには象徴的な意味がありました。同日同会議において、2026年の百万石行列で前田利家公役を演じる大東駿介氏と、お松の方役を演じる菅井友香氏という豪華キャストも同時に発表されたからです。未来に向けた華々しいニュースと、過去の遺産との決別を告げるニュースが同時に提示されたことは、実行委員会が祭りの「新陳代謝」を強く意識していたことを物語っています。

ミス百万石廃止の理由は2つ

実行委員会は廃止の理由として、曖昧な表現を避け、極めて具体的かつ社会的な2つの要因を挙げました。それは「応募者の減少」「ジェンダーの価値観の変化」です。これらは一時的な問題ではなく、日本社会全体が抱える構造的な課題が地方都市の伝統行事にまで波及した結果といえます。

応募者減少という現実

第一の理由である応募者の減少は、関係者にとって深刻な悩みでした。かつて昭和の時代や平成初期において、ミス百万石に選ばれることは地元の名士や家庭にとって誉れ高いことであり、本人にとってもキャリア形成や社会経験の一環としてポジティブに捉えられていました。

しかし、令和の時代に入り、対象となる若年女性のライフスタイルは激変しました。まず、少子化による絶対数の減少があります。金沢市といえども、応募適齢期の人口減少は避けられません。さらに、働き方や学び方の多様化により、学生や社会人が観光大使としての公務に時間を割くことが物理的に困難になっています。週末の拘束や事前の研修など、1年間にわたってボランティアに近い形で地域のPR活動に従事することへのハードルは、かつてなく高まっていました。

応募者減少の背景には、現代特有のプライバシー意識の高まりも見逃せません。SNSが普及した現代において、公的なコンテストに出場し、名前や顔、勤務先や学校名が公表されることは、称賛だけでなく、ネット上での誹謗中傷やストーカー被害などのリスクを招く可能性があります。かつては「地元の有名人」になることがメリットでしたが、現在は「デジタルタトゥー」として記録が残り続けることを忌避する層が増えています。

コロナ禍による断絶の影響

2020年から続いた新型コロナウイルスのパンデミックも、制度の維持に致命的な打撃を与えました。金沢百万石まつりは2020年に史上初の中止となり、2021年も行列中止、2022年にようやく再開されるという苦難の道を歩みました。

祭りが開催されない期間、当然ながらミス百万石の活動の場も消失、あるいは極端に制限されました。華やかなパレードもなく、県外へのキャラバンも行えない状況が続いたことで、「ミス百万石になればこんな素晴らしい体験ができる」というロールモデルが数年間にわたって不在となりました。この「憧れの断絶」が再開後の応募者数回復を妨げた可能性は高く、結果として制度の寿命を縮めたといえるでしょう。

ジェンダー価値観の変化への対応

実行委員会が挙げた第二の、そしてより決定的な理由は「ジェンダーの価値観の変化」です。これは金沢固有の問題ではなく、グローバルな潮流への同調を意味します。

伝統的なミスコンテストは、その名の通り「未婚女性(Miss)」を対象とし、外見の美しさや「女性らしさ」を基準に選考を行うものでした。しかし、現代社会において、性別や未婚・既婚といった属性で役割を限定することや、容姿を優劣の基準とすること(ルッキズム)に対する批判意識は急速に高まっています。

地域行政や商工会議所が主催する公的な行事において、旧来型のジェンダー観に基づくコンテストを継続することは、多様性(ダイバーシティ)や包摂性(インクルージョン)を掲げる現代の自治体運営方針と矛盾が生じます。「ミス百万石」という名称そのものが未婚女性を強調するものであり、この名称を維持すること自体が時代錯誤との批判を招くリスクを孕んでいました。

全国的にも「脱ミスコン」「ジェンダーフリー」の流れが加速しています。大学のキャンパスコンテストにおいても、男女を問わない形式や、外見以外の特技や発信力を重視する形式への転換が進んでいます。金沢百万石まつり実行委員会も、こうした全国的な流れを重く受け止め、小手先の名称変更で延命を図るのではなく、制度そのものを廃止するという抜本的な決断に至ったものと考えられます。

芸能人キャストへの役割移行という背景

ミス百万石の廃止が可能だった背景には、祭りの広報機能と集客力がすでに別の存在へと完全に移行していたという事実があります。それが、百万石行列の主役である前田利家公とお松の方を演じる豪華芸能人キャストです。

市民参加からスターシステムへの変貌

かつて金沢百万石まつりは純粋な市民参加型の祭りでした。初期の百万石パレードでは、利家公役は市役所や商工会議所の男性職員が、お松の方役は金沢市内の百貨店の女性店員が務めていました。これはこれで地域密着型の温かみがありましたが、全国的な観光客を誘致するフックとしては弱い面がありました。

転機となったのは1984年(昭和59年)です。第33回開催において、金沢市出身の俳優・鹿賀丈史氏を利家公役に起用したことで、祭りの様相は一変しました。沿道にはスターを一目見ようと記録的な数の観衆が押し寄せ、これ以降、利家役には毎年著名な男性俳優が起用されることが不文律となりました。

お松の方の女優化とミスの役割吸収

一方、お松の方に関しては、しばらくの間は百貨店店員による市民参加枠が維持されていました。しかし、2001年(平成13年)の第50回記念として女優の斉藤慶子氏を起用したことが大きな契機となりました。その後、数年は再び市民からの選出に戻るなどの揺らぎがありましたが、2008年(平成20年)に歌手・女優の石野真子氏が起用されて以降は、利家役と同様に、毎年著名な女優をキャスティングする体制が完全に定着しました。

この「お松の方の女優化」こそが、ミス百万石の存在意義を希薄化させた最大の要因です。全国的な知名度を持つ女優が、豪華絢爛な着物を纏ってパレードに参加し、メディアのインタビューに答え、笑顔を振りまく。その発信力と華やかさは、公募で選ばれた一般市民であるミス百万石を遥かに凌駕します。

観客の目当ては「今年の女優は誰か」に集中し、メディア報道も彼女たちを中心に回るようになりました。つまり、かつてミス百万石が担っていた「祭りのヒロイン」「華」としての役割は、より強力な形で「女優演じるお松の方」に吸収合併されたのです。

2026年キャストと大河ドラマ連動戦略

廃止発表と同時に公開された2026年(第75回)の配役は、このスターシステムの極致ともいえる布陣です。前田利家公役には俳優の大東駿介氏が、お松の方役には俳優で元櫻坂46キャプテンの菅井友香氏が起用されました。

大東駿介氏は2005年の『野ブタ。をプロデュース』でデビュー以来、『平清盛』『いだてん』など数多くの大河ドラマに出演する実力派俳優です。菅井友香氏はアイドルグループのキャプテンとして絶大な人気を博し、卒業後も舞台やドラマで活躍しており、若年層への訴求力は抜群です。

特筆すべきは、この2人が2026年放送のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』においても、同じく前田利家とお松の方を演じるという点です。これは偶然ではなく、金沢市と実行委員会による周到なメディアミックス戦略の成果です。大河ドラマの配役をそのまま祭りに持ってくることで、ドラマの視聴者を観光客として呼び込み、祭りの話題性を全国レベルに引き上げることができます。

菅井友香氏は就任にあたり、大河ドラマへの出演が決まった際にすぐ金沢を訪れたこと、そして歴史ある金沢百万石まつりでお松の方として再び訪れることができることを大変光栄に思うとコメントしています。プロの表現者であり広報のプロでもある彼女たちの存在があれば、別途ミスを選出する必要性は実務的にもほとんどなくなっていたといえるでしょう。

金沢百万石まつりの歴史と変遷

ミス百万石廃止の意味をより深く理解するためには、金沢百万石まつりそのものの歴史を振り返ることが重要です。

祭りの起源と発展

金沢百万石まつりのルーツは大正時代にまで遡ります。1923年(大正12年)6月14日、前田利家公が1583年(天正11年)に金沢城へ入城したことを記念して挙行された「金沢市祭」がその起源とされています。この当初の祭りは、単なる慰霊や顕彰を超え、近代都市としての金沢の結束を確認する場としての機能を果たしていました。

第二次世界大戦の戦火を免れた金沢ですが、戦後の混乱期において祭りの形態は変遷を余儀なくされました。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指導下にあった1946年から1952年にかけては、「尾山まつり」という名称で開催されていた時期もあります。これは封建的な色彩を薄め、より市民的な要素を強調する必要があったためと考えられています。

現在の形式、すなわち商工会議所と金沢市が一体となって運営する大規模な都市型イベントとしての出発点は、1952年(昭和27年)の「商工まつり」にあります。これを第1回とし、以降、名称を「金沢百万石まつり」へと改めながら、回を重ねてきました。開催時期についても試行錯誤がありましたが、梅雨時の天候リスクを避けるため、2007年からは6月の第1土曜日に「百万石行列」を行う日程で固定化されています。

百万石行列の構成

祭りのハイライトである百万石行列は、金沢駅前の象徴的な建築物である「鼓門(つづみもん)」を出発し、都心部の武蔵ヶ辻、香林坊を経て、金沢城公園に入城する壮大なパレードです。この行列は単なるパレードではなく、加賀藩の威光と歴史物語を現代に再現する動く舞台装置です。

行列全体の構成を見ると、まず祭りの開幕を告げる大横断幕が進み、その後に地元の小中学生による音楽パレード、警察音楽隊、陸上自衛隊第10音楽隊や海上自衛隊舞鶴音楽隊といった規律正しい演奏部隊が続きます。その直後にミス百万石が登場し、観客に手を振ることで行列の前奏曲としての盛り上がりを最高潮に達せしめる役割を担っていました。

近年の歴代キャストの系譜

祭りのエンタメ化を裏付けるため、近年の主要キャストの変遷を振り返ります。いかにして「市民の祭り」が「スターの祭り」へと変貌を遂げたかが可視化されます。

2019年(第68回)では加藤晴彦氏が利家公役を、藤本美貴氏がお松の方役を務めました。2022年(第71回)では竹中直人氏が利家公役を、栗山千明氏がお松の方役を務め、竹中氏は当時66歳で歴代最高齢の利家役として話題になりました。また、この年は撮影禁止ルールを巡る騒動もあり、SNS時代における祭りの肖像権管理の難しさが露呈した年でもありました。

2023年(第72回)では市川右團次氏と紺野まひる氏、2024年(第73回)では仲村トオル氏と夏菜氏がそれぞれ主役を務めました。そして2025年(第74回)では石原良純氏と北乃きい氏が起用されました。石原氏は気象予報士としても著名で、バラエティ番組での知名度も抜群です。

このように、毎年途切れることなく第一線で活躍するタレントを招聘し続ける実行委員会の交渉力と予算規模こそが、金沢百万石まつりの最大の強みです。この強固な基盤があるからこそ、ミス廃止という改革を断行しても祭りの集客力が揺らぐことはないという自信があったと考えられます。

2026年以降の展望と新たな課題

行列構成の再編

ミス百万石の廃止により、2026年の百万石行列からは「先頭隊・ミス百万石」のパートが物理的に消滅します。この空白をどのように埋めるのかは、今後の演出上の課題となります。

現状では具体的な代替案は示されていませんが、音楽パレードの拡充や、加賀とび、獅子舞といった伝統芸能団体の演舞時間を長くする、あるいは市民参加の踊り流しをより目立たせるなどの調整が行われると考えられます。また、パレードの先頭が寂しくならないよう、主催者代表がより前面に出るのか、あるいはマスコットキャラクターなどがその位置を占めるのか、次回の行列構成図が注目されます。

ミスなき後の市民参加のあり方

ミス百万石は、数少ない「一般市民が主役になれる」晴れ舞台でした。その廃止は、祭りのプロ化・観光イベント化が進む一方で、市民の当事者意識が希薄になるリスクも孕んでいます。

実行委員会は、ミスに代わる市民参加のチャンネルを模索する必要があるでしょう。例えば、ジェンダーや年齢、未婚・既婚を問わない「ボランティア・アンバサダー」の募集や、SNSを活用した「デジタル・アンバサダー」の認定など、形を変えた市民参加の仕組みが求められる時代に来ています。

インフルエンサー時代の広報戦略

今後は、大東駿介氏や菅井友香氏のようなキャストの発信力に依存するだけでなく、祭り独自のSNS戦略がより重要になります。ミスという「公式の顔」がいなくなった分、公式アカウントによる情報発信や、来場者自身による「映える」写真の投稿を促す仕掛けが、祭りの盛り上がりを左右することになるでしょう。

2022年の撮影禁止騒動の教訓を活かし、肖像権と拡散力のバランスをどう取るかも、今後の運営の鍵を握ります。

第75回金沢百万石まつりの開催概要

2026年の第75回金沢百万石まつりは、6月5日(金)から7日(日)までの3日間にわたって開催される予定です。祭りのハイライトである百万石行列は6月6日(土)に行われます。

前田利家公役を大東駿介氏が、お松の方役を菅井友香氏が務め、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』との連動により、例年以上の注目と集客が期待されています。ミス百万石の姿がない初めての行列となりますが、それは金沢百万石まつりが新しい時代に適応し、進化を遂げたことの証といえるでしょう。

まとめ

金沢百万石まつりにおけるミス百万石の廃止は、一見すると伝統の喪失や寂しいニュースとして受け取られがちです。しかし、この決定の背景を分析すると、時代の変化に敏感に反応し、祭りを次世代に生き残らせようとする実行委員会の強固な意志が見えてきます。

応募者の減少という現実を受け入れ、ジェンダー観の変化という倫理的要請に応え、そして芸能人キャストという強力な代替エンジンを最大限に活用する。この一連の意思決定プロセスは、日本の地方都市が直面する課題解決のモデルケースともいえます。無理に古い制度を延命させて形骸化させるのではなく、役割を終えたものには敬意を持って幕を引き、リソースをより効果的な分野に集中させる。これは加賀百万石の伝統を守るための「攻めの廃止」と評価できるでしょう。

2026年6月6日、大東駿介扮する利家公と菅井友香扮するお松の方が率いる新生・百万石行列が金沢の街を練り歩く時、そこにミス百万石の姿はありません。しかし、その不在こそが、金沢百万石まつりが令和という新しい時代に適応し、進化を遂げたことの何よりの証となるはずです。

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