2026年度から薬代が値上げされる見通しです。具体的には、OTC類似薬(市販薬類似薬)に対して「選定療養」という新たな枠組みが適用され、薬価の25%が追加の自己負担となります。対象となるのは77成分・約1100品目で、ロキソニンやアレグラ、ヒルドイドといった日常的に使われる医薬品が含まれています。
この制度改革は、急速に進む少子高齢化と医療費の膨張を背景としています。2025年問題を経た直後のタイミングで実施されるこの施策は、現役世代の保険料負担を抑制し、医療保険制度を持続可能なものにするための措置として位置づけられています。政府と与党、そして日本維新の会との合意形成プロセスを経て決定されたこの方針は、単なる薬価の見直しにとどまらず、国民の受診行動そのものを変容させることを意図しています。
この記事では、2027年3月頃の施行が見込まれているOTC類似薬の選定療養化について、制度の仕組みから対象となる具体的な医薬品、患者負担の計算方法、そして家計や医療現場への影響まで詳しく解説します。

OTC類似薬の選定療養化とは何か
OTC類似薬の選定療養化とは、これまで保険適用で1割から3割の自己負担で入手できた市販薬類似の医療用医薬品について、薬価の25%を追加で患者が負担する制度です。メディアでは「保険外し」という言葉が使われることがありますが、正確には保険給付自体は維持されつつ、一部の費用を患者が追加負担する仕組みへと移行するものです。
この制度設計の根底には、「セルフメディケーション(自主服薬)」の推進という考え方があります。ドラッグストアで市販薬を買って対処できる程度の症状であれば、医療保険という公助に頼らず、自助で対応すべきであるという発想です。公的保険は、より高度で専門的な治療や、市販薬では対応できない重篤な疾患に資源を集中させる「メリハリ付け」を行うことが、今回の改革の最大の眼目となっています。
従来の議論では、OTC類似薬を完全に保険給付の対象から除外する案も浮上していました。しかし、それでは低所得者層や慢性疾患患者が医療から遠ざけられ、かえって重症化を招くリスクが指摘されました。受診抑制による健康被害を避けるため、採用されたのが保険給付と自己負担を組み合わせる「ハイブリッド型」の選定療養制度です。
導入スケジュールと政治的背景
本制度の導入は、2026年度(令和8年度)の診療報酬改定に合わせて準備が進められています。実際の施行時期については、システム改修や周知期間を考慮し、2027年3月頃が想定されています。
この決定プロセスにおいては、自民党、公明党に加え、日本維新の会との政策合意(いわゆる三党合意)が大きな影響を与えました。維新の会は従来より医療費削減と現役世代の負担軽減を強く主張しており、OTC類似薬の保険適用除外はその象徴的な政策の一つでした。最終的に、完全な保険除外ではなく、薬剤費の一部負担という形で着地しましたが、これは財政規律を重視する立場の主張が反映された結果といえます。
薬代はいくら値上げされるのか:患者負担の計算方法
新制度における患者負担の計算方法は、従来の直感的な「3割負担」とは全く異なる仕組みに基づいています。薬剤費(薬価)を2つの部分に分割して計算することがポイントです。
25%ルールと保険給付の二階建て構造
新しい負担の仕組みでは、まず対象となる薬剤の薬価の25%(4分の1)が「特別の料金」として計算されます。この部分は保険給付の対象外となり、患者が全額(100%)を自己負担します。さらに、この特別料金には消費税が加算される見込みです。
残りの75%(4分の3)については、従来通り公的医療保険が適用されます。患者の年齢や所得区分に応じて、1割、2割、または3割の負担率が適用されることになります。
具体的な負担額のシミュレーション
この計算式を具体例で見てみましょう。薬価が2,000円のOTC類似薬が処方され、患者は現役世代で3割負担の方を想定します。
現行制度では、薬剤費2,000円に対して自己負担額は2,000円×30%で600円となります。
新制度では、まず特別の料金として薬価2,000円の25%である500円が確定します(消費税別)。次に、残りの75%部分である1,500円に対して通常の3割負担が適用され、1,500円×30%で450円となります。合計負担額は特別の料金500円と保険負担分450円を足した950円です。
結果として、600円から950円へと負担額は約1.6倍に増加します。
高齢者への影響はさらに大きい
特に注目すべきは、1割負担の高齢者の場合のインパクトです。同じ2,000円の薬の場合、現行制度では200円の負担ですが、新制度では特別料金500円に保険分150円(1,500円の1割)を加えた合計650円となります。負担額は3倍以上に跳ね上がる計算です。これは、負担能力の低い高齢者にとって極めて重い変化となることが予想されます。
長期収載品の選定療養との違い
2024年10月から先行して導入されている「長期収載品(先発医薬品)の選定療養」との混同は避ける必要があります。長期収載品の制度は「先発品とジェネリックの価格差」の4分の1を負担するものであり、ジェネリックを選択すれば追加負担は発生しません。
しかし、今回のOTC類似薬の制度は「薬剤費そのもの」の4分の1を負担するものです。たとえジェネリックを選択したとしても、その成分がOTC類似薬リストに含まれていれば、負担増が発生します(ただし、薬価が安い分、絶対額は小さくなります)。これは、薬剤の選択による回避が難しいという点で、より強力な医療費抑制策といえます。
2026年の薬代値上げ対象となる77成分・1100品目の詳細
この制度の影響範囲を決定づけるのが、厚生労働省の社会保障審議会等で示された「77成分・約1100品目」の対象リストです。これらは、医療用医薬品として処方されているもののうち、成分、投与経路、効能・効果が市販薬と同一であるものが機械的に抽出されています。
解熱鎮痛消炎剤・湿布薬:痛み止めへの直撃
最も影響を受ける患者数が多いのが、痛み止めの領域です。
ロキソプロフェンナトリウム水和物(代表薬:ロキソニン) は、日本で最も有名な鎮痛剤の一つです。頭痛、生理痛、歯痛のみならず、感冒時の解熱など極めて広範囲に使用されています。内用薬(錠剤)だけでなく、外用薬(テープ剤、パップ剤、ゲル剤)も対象となります。薬価改定により価格自体は下がっていますが、処方量が膨大であるため、25%の自己負担化は家計にじわじわと影響を及ぼします。
湿布薬群 としては、整形外科領域で大量に処方される「モーラステープ(ケトプロフェン)」なども対象リストに含まれます。湿布薬に関しては、既に「1処方につき63枚まで」という枚数制限が導入されていますが、今回の選定療養化は枚数に関わらず1枚目からコストアップとなります。高齢者の腰痛治療などにおける経済的ハードルが一層高まることが懸念されます。
皮膚保湿剤:ヒルドイド問題の決着
数年来、「美容目的での不適切使用」が社会問題化し、医療費適正化の主要ターゲットとされてきたのがヘパリン類似物質です。
ヘパリン類似物質(代表薬:ヒルドイド) は、アトピー性皮膚炎や乾燥肌治療の基本薬です。かつては処方制限や単独処方の保険外しが議論されましたが、今回は「選定療養」という形で決着しました。アトピー性皮膚炎の患者にとっては、全身に塗布するため使用量が月数百グラムに達することも珍しくなく、25%の負担増は月額数千円単位のコスト増に直結します。これに尿素製剤(ウレパール等)や白色ワセリンなども含まれます。
アレルギー性疾患治療薬:花粉症シーズンへの影響
春先の国民病ともいえる花粉症治療薬も、多くがOTC類似薬としてリストアップされています。
第2世代抗ヒスタミン薬 として、フェキソフェナジン(アレグラ)、エピナスチン(アレジオン)、ロラタジン(クラリチン)、ベポタスチン(タリオン)などが対象です。これらは眠くなりにくいアレルギー薬として広く普及していますが、市販薬としても同成分が販売されているため、政府としては「スイッチOTC(市販薬)」への移行を促したい領域です。一方で、デザレックスやビラノアといった市販化されていない新しい薬剤は対象外となる見込みであり、医師の処方がこれら新薬へシフトする可能性もあります。
点鼻薬 についても、ベタメタゾンやフルチカゾンなどのステロイド点鼻薬が市販薬として存在するため対象となります。
呼吸器系・消化器系薬剤:日常診療の基本薬
風邪や胃腸炎、便秘などで処方される日常的な薬も対象に含まれています。
去痰薬 のL-カルボシステイン(ムコダイン)は、風邪や気管支炎で痰を切るために小児から高齢者まで処方される基本薬です。単価は安いものの、長期間服用するケースも多く、積み重なると無視できない金額になります。
緩下剤(便秘薬) の酸化マグネシウム(マグミット、マグラックス)は、高齢者の便秘管理において事実上の標準薬となっており、長期連用される代表格です。市販薬(酸化マグネシウムE便秘薬など)が存在するため、選定療養の対象となります。
胃薬 としては、レバミピド(ムコスタ)やテプレノン(セルベックス)などの胃粘膜保護薬、ファモチジン(ガスター)などのH2ブロッカーも議論の対象となっています。
その他の対象カテゴリー
上記以外にも、ビタミン剤(アスコルビン酸、トコフェロール)、うがい薬(ポビドンヨード)、点眼薬(人工涙液など)、頻尿治療薬(フラボキサート)など、薬局やドラッグストアの棚に並んでいる製品と競合する医療用医薬品が網羅的にリストアップされています。
薬代値上げの対象外となるケース:除外規定とセーフティネット
政府は、この制度が「必要な医療からの排除」につながらないよう、特定の患者層や状況に対しては選定療養の適用を除外し、従来通りの保険給付を行う「例外規定(セーフティネット)」を設けています。
属性による除外
以下の属性を持つ患者については、経済的な事情や疾患の特性を考慮し、システム上で自動的に対象外と判定される見込みです。
こども(18歳未満) については、子育て支援の観点から選定療養の負担を求めません。医療費助成制度の対象年齢層(多くの自治体で高校生世代まで)が対象となります。これは少子化対策との整合性を取るための重要な措置です。
がん患者 については、がん性疼痛の管理や、抗がん剤の副作用対策(皮膚障害への保湿剤など)で使用される薬剤が除外されます。患者の経済的・身体的負担に配慮した措置です。
指定難病患者 についても、難病法に基づく指定難病の患者は長期にわたる療養が必要であることから、負担増の対象外となります。
入院中の患者 については、入院医療は包括的な管理下で行われるため、個別の薬剤について選定療養を適用することは実務上も困難であり、対象外となります。
医療上の必要性による医師の判断
最も運用上の議論を呼んでいるのが、「医師が医療上の必要性があると認めた場合」という規定です。これは、形式上はOTC類似薬であっても、患者個別の事情により、市販薬では代替できない医学的な理由がある場合を指します。
用量・規格の不一致 として、市販薬の最大用量では治療効果が不十分であり、医療用医薬品の高用量規格を使用しなければならない場合が該当します。
剤形の必要性 として、嚥下障害があるために市販の錠剤が飲めず、医療用のシロップ剤やドライシロップが必要な場合が挙げられます。
添加剤への過敏症 として、市販薬に含まれる特定の添加剤に対してアレルギー等があり、純粋な医療用製剤を使用せざるを得ない場合があります。
基礎疾患との兼ね合い として、腎機能障害や肝機能障害があり、医師による厳密な用量調節とモニタリングが不可欠な場合も対象となります。
この「医療上の必要性」の判断は、処方箋の備考欄やレセプトの摘要欄への記載を通じて行われます。どこまでを「必要」と認めるかの基準については、制度開始直前まで厚生労働省からの通知や疑義解釈によって調整が続くことになるでしょう。
家計への経済的影響と税制面での救済措置
期待される財政効果
政府および財務省の試算によると、OTC類似薬の保険給付範囲を見直すことによる医療費(給付費ベース)の削減効果は、約900億円から数千億円規模と見込まれています。これは、患者負担を25%増やすことによる直接的な給付減だけでなく、価格上昇を嫌った患者が受診を控え、全額自己負担で市販薬を購入する行動変容による削減分も含まれています。
しかし、小児や難病患者の除外、医師の判断による除外などの例外規定が多く設けられたため、最終的な削減額は当初の目論見よりも小規模にとどまるという指摘もあります。
家計への直接的影響
家計にとっては、明確な負担増となります。特に、高血圧や糖尿病などで定期通院しており、ついでに湿布や便秘薬、保湿剤を処方してもらっていた高齢者世帯への影響は大きいと考えられます。
医療費控除の活用
税制面での救済措置として、今回導入される「特別の料金」は、医療保険の給付対象外ではありますが、治療に必要な費用であることに変わりはないため、所得税の確定申告における「医療費控除」の対象として認められます。
ここで注意が必要なのは、「セルフメディケーション税制」との関係です。セルフメディケーション税制は、薬局で特定のスイッチOTC医薬品を購入した場合に適用される制度です。医療機関で処方された薬の「特別の料金」は通常の医療費控除の対象となり、薬局で買ったOTC医薬品はセルフメディケーション税制の対象となります。
重要な点として、これら二つの税制は併用ができず、どちらか一方を選択しなければなりません。患者は自身の年間医療費総額とOTC購入額を比較し、どちらの制度を利用するのが有利かを判断する必要があります。
医療現場への影響と懸念されるリスク
制度導入は、医療機関や薬局の現場に大きな負荷をもたらすことが予想されます。
薬局窓口での説明対応
最も影響を受けるのは薬剤師です。2027年3月の制度開始以降、薬局の窓口では「前回と同じ薬なのになぜ高くなったのか」「隣のドラッグストアで似た薬を買ったほうが安いのか」「先生に頼んで安くなるようにしてもらえないか」といったやり取りが頻発することが予想されます。
薬剤師は、複雑な計算式を説明し、医療上の必要性の有無については医師の判断であることを伝え、場合によっては市販薬への切り替えをアドバイスする必要があります。これは通常の服薬指導に加え、膨大な時間と負担を要する業務となります。
レセプトコンピュータ(レセコン)や電子薬歴システムの改修も必須となります。対象薬剤の自動判別、消費税計算、除外規定の適用などを正確に処理するためのシステム投資コストは、薬局経営を圧迫する要因となります。
医師の処方行動への影響
医師側にも、「患者の経済的負担」という観点からの影響があります。本来であれば第一選択薬であるはずのロキソニンやアレグラが選定療養の対象となるため、患者の負担を避けるために、あえて対象外の薬剤を処方するという行動変容が起こる可能性があります。医学的な最適解と経済的な最適解が乖離する状況は、医療の質に影響を与えるリスクを含んでいます。
受診控えによる健康被害のリスク
日本医師会や患者団体が懸念しているのが、「受診控え」による健康被害です。「たかが風邪」だと思って市販薬で済ませていた患者が、実は結核や肺がん、心不全の初期症状であった場合、受診が遅れることで発見が遅れ、重症化するリスクがあります。
医師による診察の価値は、薬を出すことだけでなく、「重大な病気ではないことを確認する(除外診断)」ことにもあります。OTC類似薬のハードルを上げることは、この除外診断の機会を減らし、長期的には健康への悪影響をもたらす可能性があるという指摘がなされています。
特にアトピー性皮膚炎の患者団体からは、「保湿剤は美容クリームではなく治療薬である」という声が上がっており、経済的理由で治療を中断する患者が増えることへの懸念が表明されています。治療中断による症状悪化は、結果として入院やより高額な生物学的製剤の使用につながり、医療経済的にも逆効果になるという指摘もあります。
2026年の薬代値上げに向けて私たちが取るべき対策
今後のスケジュール
2025年中に国会での関連法改正、中医協(中央社会保険医療協議会)での詳細な制度設計の詰めが行われます。そして2026年度中にシステム改修や周知期間を経て、2027年3月頃からの運用開始が見込まれています。まだ1年から2年程度の準備期間が残されています。
具体的な対策
この変化に対し、生活者として自己防衛策を講じることが重要です。
第一に、「かかりつけ薬剤師」との関係強化が挙げられます。自身の常用薬が対象になるのか、市販薬に切り替えるべきか、ジェネリックにすることで負担を減らせるかなど、個別の事情に合わせた相談ができる専門家を確保しておくことが大切です。
第二に、医療費控除とセルフメディケーション税制の仕組みを正しく理解し、レシートや領収書を適切に管理する習慣をつけることです。
第三に、そして最も重要なことは、自身の健康に対する意識を高めることです。軽微な症状は自分で管理し、必要な時に適切に医療機関を受診するという判断能力が、これからの時代に求められるスキルとなります。
OTC類似薬選定療養化の意義
OTC類似薬の選定療養化は、日本の社会保障制度が「全員一律の公助」から「自助と公助の適切な分担」へと転換する象徴的な出来事です。約900億円の財政効果という数字以上に、この改革は「医療は低廉である」という意識に変化を求めるものです。混乱は避けられませんが、皆保険制度を次世代につなぐための選択として、私たちはこの新しい医療の形に適応していく必要があります。

コメント