生活保護を受給している世帯の子どもが大学に進学することは、世帯分離という制度を活用することで可能です。世帯分離とは、同じ住居で同居を続けながらも、生活保護の適用上は進学する本人を世帯員から除外する措置のことで、これにより残された家族は引き続き生活保護を受給できます。ただし、進学にあたっては一定の条件を満たす必要があり、手続きも多岐にわたるため、早い段階から担当のケースワーカーに相談し、計画的に準備を進めることが重要です。
2024年4月には住宅扶助の運用が改善され、世帯分離後も家賃補助が維持される特例措置が導入されました。一方で、同年6月の最高裁判決では、進学中の学生の収入増加による保護廃止のリスクも示されています。この記事では、生活保護世帯から大学進学を目指す方に向けて、世帯分離の仕組みや条件、具体的な手続きの流れ、活用できる支援制度、そして注意すべきポイントまで幅広く解説していきます。

生活保護世帯の大学進学と世帯分離の基本的な仕組み
生活保護制度における高等教育の位置づけ
生活保護制度では、高校卒業後の進路として原則的に就労が前提とされています。これは生活保護法第4条が定める「保護の補足性」の原則に基づくもので、利用可能な資産や能力をすべて最低限度の生活維持のために活用すべきという考え方が根底にあります。そのため、働く能力があるとみなされる若者が大学や専門学校へ進学することは、制度上「稼働能力を活用していない」状態と判断される傾向がありました。
しかし、現代の労働市場においては、高等教育の修了が経済的自立の事実上の必須要件となっています。一般世帯の大学・短大・専修学校への進学率が7割から8割に達している一方で、生活保護世帯の子どもの進学率は約4割にとどまっています。この3割から4割にも及ぶ格差が「貧困の連鎖」を固定化させているとの指摘が続いており、こうした社会情勢の変化を受けて、厚生労働省は「世帯分離」という運用を通じて、生活保護世帯からの大学等への進学を例外的に認めてきました。
世帯分離の仕組みと法的根拠
世帯分離とは、住民票上は同一世帯で同居を継続しながらも、生活保護の適用上は進学者本人を世帯員から除外する措置です。この措置により、本人は生活保護の対象外となりますが、残された家族は引き続き保護を受給し続けることが可能となります。
世帯分離の法的根拠は、生活保護法第10条の「世帯単位の原則」に対する例外として、局長通知等で規定されています。具体的には、大学や専修学校等での就学が「世帯の自立助長に効果的である」と認められる場合に、この特例的な扱いが適用されます。なお、夜間大学への進学については異なる運用がなされており、稼働能力の活用を前提とした上での「余暇活動の自由」として、世帯分離をせずに保護を受給したままの就学が認められています。ただし、昼間部の大学への進学が圧倒的多数を占める現状においては、夜間大学の特例だけでは進学格差の解消に不十分であるとの指摘もあります。
世帯分離で大学進学が可能になる条件と経済的影響
世帯分離が認められるための条件
世帯分離による大学進学が認められるためには、いくつかの条件を満たす必要があります。まず、進学先が大学、短期大学、専修学校等であることが前提です。そのうえで、卒業後の就職見込みなど「自立助長に資する」計画であることを福祉事務所に対して説明しなければなりません。福祉事務所内では、進学計画の妥当性を判断するための「ケース診断会議」が開かれることがあり、本人の意欲に加えて学費の捻出方法なども詳細に検討されます。
進学の意思が固まったら、通常は高校3年生の夏頃までに担当のケースワーカーへ相談を開始することが求められます。ケースワーカーとの連携は進学の可否やその後の生活安定を左右する極めて重要なプロセスであり、できるだけ早い段階から計画を共有しておくことが大切です。
世帯分離による経済的影響と注意すべき点
世帯分離は進学を可能にする一方で、世帯の経済的基盤を大きく揺るがす側面があります。進学者が世帯分離を選択すると、まず世帯全体の保護費から本人分の生活扶助費が削減されます。ある試算では、子どもが大学進学を機に世帯分離を行うと、世帯全体の保護費が月額で5万円近く減少するケースがあることが示されています。
この減額は、進学する本人の食費や光熱費、被服費などの生活コストを公的に保障しないことを意味しています。進学者は自らの学費だけでなく、これまで世帯として支給されていた自身の生活費すべてを、奨学金やアルバイト収入で賄わなければなりません。これは事実上、一般世帯の学生以上の過酷な経済的自立を強いるものとなっています。
さらに、世帯分離の影響は生活扶助にとどまりません。医療扶助も停止されるため、分離された学生は国民健康保険への加入が義務付けられます。多くの自治体では低所得者向けの法定軽減制度が適用され、均等割額等が最大7割軽減されますが、数千円単位の固定費が新たに発生することには変わりありません。
| 世帯分離による影響 | 内容 |
|---|---|
| 生活扶助費の削減 | 本人分が世帯の保護費から除外され、月額約5万円の減額となるケースがある |
| 医療扶助の停止 | 生活保護の医療券が使えなくなり、国民健康保険への加入が必要となる |
| 進学者の自己負担 | 学費に加え、自身の生活費全額を奨学金やアルバイトで賄う必要がある |
| 家族への影響 | 世帯全体の保護費が減額され、家計が厳しくなる |
2024年4月の住宅扶助運用変更がもたらした大きな改善
従来の制度が抱えていた住宅扶助の問題点
長年にわたり、世帯分離に伴う住宅扶助の減額が生活保護世帯の進学を阻む最大の障壁の一つとなっていました。従来の制度では、世帯人数が減少すると住宅扶助の基準額も引き下げられるルールが適用されていたのです。
たとえば、母と子の二人世帯で子が大学進学のために世帯分離を行うと、保護対象者は母一人となり、住宅扶助は「二人世帯用」から「一人世帯用」の基準へと減額されていました。しかし、実際には同じ住居に住み続けているため家賃額が変わることはありません。その結果、基準額を超過した分の家賃を母の生活扶助から捻出しなければならず、世帯全体が極度の困窮に陥るという深刻な状況が発生していました。子どもの進学が家族の生活を直接脅かすという構造的な矛盾が、多くの若者の進学意欲を削いでいたのです。
新たな住宅扶助の特例措置の内容と条件
2024年4月に導入された運用変更により、一定の条件を満たす場合には、子が世帯分離をした後も分離前の世帯人数に基づく住宅扶助基準額が適用されることになりました。この改正は、生活保護世帯における教育機会の均等を守るための歴史的な一歩と評価されています。
この特例措置が適用されるための条件は、まず子が大学、短期大学、専修学校等に進学して世帯分離の措置を受けていることです。次に、進学者が引き続き保護世帯と同居して通学しているか、あるいは通学の便等のやむを得ない事情により一時的に別居しているが実質的に同一世帯として認められることが求められます。さらに、当該住居の家賃が減額後の基準額を超過していることも条件に含まれます。
この改正によって、子どもが大学へ進学したことで親が住み慣れた家を追われたり、無理な転居を強いられたりするリスクが大幅に軽減されました。ただし、この措置はあくまで家賃の補助額を維持するものであり、削減された生活扶助費を補填するものではないため、世帯全体が依然として厳しい家計運営を迫られる点には留意が必要です。
大学進学に向けた具体的な手続きの流れ
進学前の事前相談と自治体の支援策の活用
生活保護世帯から大学進学を目指す場合、手続きは多岐にわたるため、早い段階からの計画的な準備が不可欠です。担当のケースワーカーへの相談では、進学先が世帯分離の対象となるかを確認し、卒業後の就職見込みなど「自立助長に資する」計画であることを丁寧に説明します。
一部の自治体では、進学準備のための独自の支援策が用意されています。たとえば、東京都江戸川区では高校3年生を対象とした学習塾代の補助(学習環境整備支援費)として最大30万円、大学等の受験料(大学等進学支援費)として最大12万円の実費支給が受けられる場合があります。これらの制度は原則として後払いで領収書が必要となるため、申請のタイミングや必要書類を事前に確認しておくことが重要です。こうした自治体独自の支援策は進学準備の大きな助けとなるため、お住まいの自治体にどのような制度があるかを早めに調べておくことをおすすめします。
資金計画の作成と奨学金の活用方法
進学にあたって最も重要な事務作業の一つが、詳細な資金計画書の作成です。入学金、授業料、テキスト代、通学交通費、そして世帯分離後の自身の生活費をどのように賄うかを整理します。ここで、給付型奨学金や授業料減免、あるいは親戚等からの入学祝い金が「収入」としてカウントされないように手続きを行うことが重要なポイントとなります。
生活保護法上の運用では、学費として支出されることが明らかな奨学金等は「収入認定」から除外されます。ただし、生活費に充てる名目の奨学金については控除の対象外となる可能性があるため注意が必要です。「高等教育の修学支援新制度」による給付型奨学金については、生活保護世帯の学生は「第I区分(全額支援)」の対象となり、入学金・授業料の免除に加え、最大月額約7.5万円(自宅外通学の場合)の支給を受けることが可能です。ただし、この奨学金のうち住居費相当分については、生活保護の住宅扶助との二重受給を避けるための調整が行われる場合があるため、正確な受給額の把握と報告が求められます。
なお、2025年度からは国の修学支援新制度がさらに拡充され、多子世帯を対象とした所得制限のない授業料無償化などが実施されています。こうした教育施策の充実は、生活保護世帯の進学における経済的負担を軽減する追い風となっています。
入学手続き後の世帯分離開始と各種届出
大学等への入学が決定し、入学手続きを完了した後、在学証明書を提出することで正式に世帯分離が開始されます。この時点から、進学した本人分の生活扶助費が停止され、世帯全体の保護費が再計算されます。世帯分離中であっても、本人は引き続き同じ住居で家族と同居して生活することが認められています。
世帯分離が開始されると、本人は市町村窓口で国民健康保険への加入手続きを行う必要があります。その際、保護停止決定通知書などの持参が求められます。あわせて、国民年金の「学生納付特例」の申請も忘れてはならない手続きです。これらの届出を怠ると、限られた収入の中で予期せぬ保険料の督促に直面することになりかねません。手続きの漏れがないよう、ケースワーカーと確認しながら一つずつ進めていくことが大切です。
進学後に必要な維持管理と注意すべきポイント
アルバイト収入の報告と管理が重要な理由
大学生活を開始した後も、世帯分離という特殊な法的状態を適切に管理し続ける必要があります。世帯分離中の学生によるアルバイト収入は、原則として家族の保護費を減額させる要因にはなりません。しかし、世帯分離の要件を継続して満たしているかを確認するため、定期的な収入申告は引き続き義務として課されています。
特に注意すべき点として、収入が極端に増加して世帯全体の最低生活費を恒常的に上回る事態になると、世帯分離が解除され、家族全員の保護が廃止されるリスクがあります。これは後述する2024年の最高裁判決でも示された重要な論点です。高額なアルバイト代を得る場合には、その使途(将来の学費の貯蓄など)を明確にし、ケースワーカーと共有しておくことが自身と家族を守る手段となります。
留年・休学・中退時はどう対応すべきか
万が一、学業の継続が困難になった場合は、速やかに福祉事務所へ連絡しなければなりません。大学を中退したり、「就学による自立助長」という世帯分離の前提が失われた場合、世帯分離は解除されます。解除後は再び本人が世帯員として認定され、生活扶助や医療扶助の対象に戻る「世帯再統合」の手続きが行われます。
ただし、単に留年したからといって即座に保護から排除されるわけではありません。病気や正当な理由による休学などの場合は、その期間中も世帯分離を継続できるかどうか、個別の状況に応じた判断がなされます。困った状況に陥った際は、隠さずにケースワーカーへ相談することが推奨されます。
卒業後の進路と自立に向けた準備
大学を卒業し就職が決まった後の対応も重要です。本人または世帯全員の収入が最低生活費を上回れば、生活保護は廃止となります。江戸川区の事例では、高校卒業時に就職して保護廃止となる場合に、同居継続で10万円、独立する場合で30万円の基準額が支給される仕組みがあります。大学卒業時においても、転居を伴う就職などの場合には早めに資金計画をケースワーカーと相談し、自立に向けた準備を着実に整えていくことが必要です。
最高裁判決が示した世帯分離の限界と課題
長洲事件の概要と2024年最高裁判決の内容
生活保護世帯の進学を巡る運用の適法性が最高裁まで争われた「長洲事件」の判決が、2024年6月12日に示されました。この裁判は、看護専門学校に進学し世帯分離されていた孫と同居する祖父母の世帯において、孫の収入が増加したことを理由に福祉事務所が行った世帯分離解除と、それに伴う生活保護廃止の是非を問うたものです。
この事案では、孫が准看護師として働きながら正看護師を目指す過程で、月額約20万円の収入を得るようになったことが転換点となりました。福祉事務所側は、孫が社会保険にも加入し一般就労者と同程度の収入を得ていることから、「自立助長の効果が達成された」と判断し世帯分離を解除しました。その結果、孫の収入が祖父母の収入と合算され、世帯全体の収入が最低生活費を上回ったとして祖父母の保護も廃止されたのです。
最高裁判所は原告側の上告を棄却し、世帯分離解除を適法とした福岡高裁の判決を支持しました。判決では、生活保護法における世帯分離の目的はあくまで将来的な自立を促すための「例外的な措置」であり、世帯分離されている者の収入が世帯全体の最低生活費を恒常的に上回る状態になったのであれば、その目的は達成されたとみなすことができるとされました。
判決が進学する学生に与える深刻な影響
この判決は専門家や支援団体から強い批判を受けました。「一応の自立」で十分とする考え方であり、将来的な真の自立である正看護師としてのキャリア確立を阻害するものだとの声が上がっています。世帯分離を解除されたことで、孫は将来のために貯めていた学費や生活費を祖父母の扶養に充てざるを得なくなり、学業継続が困難になるという過酷な状況に直面しました。
この司法判断が示すメッセージは、「進学中に一定以上の収入を得てしまえば、たとえ卒業前であっても家族全体の保護が打ち切られるリスクがある」という厳しい現実です。懸命にアルバイトをして学費を貯めようとする学生の意欲を削ぎ、結果として貧困からの脱却を遅らせるというパラドックスを生み出しています。2024年の住宅扶助改善という前進と、この最高裁判決が示した「収入の壁」という後退を総合すると、現在の生活保護世帯からの進学は「薄氷の上を歩くような自立」であるといわざるを得ません。
今後の制度改善に向けた専門家の提言と展望
日弁連等が求める抜本的な制度改善の方向性
生活保護世帯の大学進学を巡る現状に対し、日本弁護士連合会(日弁連)などの専門家団体は長年にわたり制度改善を求めています。日弁連は2022年10月の会長声明において、厚生労働省に対し進学時の世帯分離という運用そのものを改め、大学生を世帯員として認めることを要望しました。一般世帯の進学率が8割に達している以上、大学生に保護を適用しても一般世帯との均衡を失することにはならないという主張です。
さらに、奨学金やアルバイト収入のうち、授業料や教科書代、通学交通費など学業の継続に不可欠な費用については、より柔軟かつ広範に「収入認定」から除外する新たなルールの確立も求められています。加えて、2024年の最高裁判決を受けた補償措置の実施も提言に含まれており、生活保護利用者への全面的な権利保障の確立が強く求められています。
修学支援新制度の拡充と将来に向けた課題
2025年度からは国の修学支援新制度がさらに拡充され、多子世帯を対象とした所得制限のない授業料無償化などが実施されています。このような教育施策の充実は、生活保護制度側の負担を軽減し、世帯分離という歪な運用を解消するための環境整備となる可能性を秘めています。
しかし、教育施策だけでは住居費や医療費、そして家族の生活維持という生活保護特有の問題をすべて解決することはできません。生活保護制度自体が高等教育を「贅沢」ではなく「自立のための標準的なプロセス」として内包できるかどうかが、今後の日本社会における格差解消の行方を左右する重要な論点となっています。
まとめ:生活保護世帯からの大学進学を実現するために
生活保護世帯の子どもが大学に進学することは、個人の努力だけでなく、複雑な制度的調整と世帯全体の経済的リスクを伴う大きな挑戦です。2024年4月の住宅扶助運用の改善は、進学に伴う家族の住居喪失を防ぐという点で大きな前進でした。一方で、世帯分離に伴う生活扶助の削減や、最高裁判決が示した収入増加による保護廃止のリスクは依然として課題として残っています。
進学を希望する方とご家族にとって大切なのは、まず進学前の段階で自治体独自の支援策を徹底的に活用し、準備資金を確保することです。そして、2024年4月からの住宅扶助の特例措置を根拠に、家賃補助の維持を確実に求めることも欠かせません。さらに、奨学金やアルバイト収入の「収入認定」に関するルールを十分に理解し、不当な減額や世帯分離の解除を防ぐための備えを講じることが重要です。
制度の仕組みを正しく理解し活用すれば、大学進学という目標を実現することは十分に可能です。ケースワーカーとの関係を制度を正しく活用するための協力関係として構築し、計画的に準備を進めていくことが、進学成功への確かな道筋となります。社会全体としても、これらの若者の挑戦を将来の社会を支える投資として、より寛容かつ強力に支援する制度設計への転換が求められています。

コメント