近年、スマートフォンと連携して大切な物の位置を把握できる紛失防止タグが急速に普及しています。AppleのAirTagやTileシリーズなど、手軽に使える便利なデバイスとして多くの人々に利用されている一方で、これらの技術がストーカー行為や不正な追跡に悪用される深刻な問題が顕在化しています。警察庁の統計によると、紛失防止タグを悪用したストーカー相談件数は2022年の113件から2024年には370件へとわずか2年で3倍以上に急増しており、社会的な対策が急務となっています。こうした状況を受けて、2025年11月11日、日本政府はストーカー規制法とDV防止法の改正案を閣議決定し、紛失防止タグの悪用に対する法的な規制が本格的に始動することになりました。本記事では、紛失防止タグの悪用規制について、最新の法改正の内容から海外の動向、メーカーの対策、そして私たち一人ひとりができる自衛策まで、包括的に解説していきます。
紛失防止タグの基本的な仕組みと普及背景
紛失防止タグは、BluetoothやWi-Fi、場合によっては携帯電話ネットワークを活用して、デバイスの位置情報をクラウド上のサービスに登録し、別の機器から場所を確認できる技術です。この技術により、鍵や財布、スーツケースなどの貴重品を紛失した際に、迅速に居場所を特定することが可能になりました。
AppleのAirTag、Tileシリーズ、SamsungのGalaxy SmartTagなど、現在では複数のメーカーから様々な製品が提供されています。これらの製品は基本的にBluetooth無線通信技術でタグとスマートフォンアプリを接続しており、タグから発信される信号をスマートフォンがキャッチすると、スマートフォンのGPS機能を利用して位置情報を確認できる仕組みになっています。
特にAppleのAirTagは「探す」ネットワークという独自のシステムを採用しており、世界中の10億台に及ぶApple製デバイスがネットワークに参加しています。もしAirTagが持ち主から離れてBluetooth圏外にある場合でも、近くを通りかかった他のAppleデバイスが紛失したAirTagからのBluetooth信号を検知し、その位置情報を持ち主に中継してくれます。この広大なネットワークにより、AirTagは非常に高い精度で位置情報を取得できることが特徴となっています。
Tileの場合も同様の仕組みを採用しており、Tileネットワークのメンバーが紛失したTileの近くを通ると、その位置情報がクラウド上に送信され、Tileアプリに通知が届くようになっています。このように、紛失防止タグの効果を最大化するには、できる限り多くの人が同じBluetoothを使った忘れ物防止タグのネットワークを使用していることが重要であり、ネットワークの規模がその有効性を大きく左右することになります。
海外旅行でスーツケースを追跡するケースや、高齢者の徘徊防止に活用するケースなど、正当な用途での活用事例も多数報告されています。技術そのものは非常に便利で有用なものであり、多くの人々の生活を豊かにしているのは事実です。
急増する悪用被害の実態と深刻な社会問題化
便利な技術である紛失防止タグですが、その同じ技術が悪意を持って使用されると、プライバシーの侵害やストーカー行為という深刻な問題を引き起こします。警察庁の統計データは、この問題の深刻さを如実に物語っています。
2021年にはわずか3件だった紛失防止タグに関する相談件数が、2022年には113件に急増し、2024年には370件と前年のほぼ2倍になりました。さらに2025年9月時点で既に2024年の総数を超えるペースで増加しており、被害の拡大が止まらない状況が続いています。GPS機器全般に関するストーカー相談も2024年には883件に達し、前年から201件増加するなど、位置情報を利用した追跡行為全体が社会問題となっています。
実際の被害事例を見ると、その手口の巧妙さと被害の深刻さが浮かび上がります。2024年2月には北陸地方で、女性の車に紛失防止タグを無断で取り付け、つきまとい行為を繰り返したとしてストーカー規制法違反容疑で男が逮捕される事件が発生しました。また、インフルエンサーがAirTagによって自宅住所を割り出される被害も実際に発生しており、公的な立場にある人物や注目を集めやすい職業の人々は特に標的になりやすいことが明らかになっています。
ある企業がセキュリティテストとして従業員に知らせずに紛失防止タグを持たせた実験では、従業員が全く気づかないまま自宅まで追跡されてしまうことが実証されました。電車に乗っている際にスマートフォンに「未知の紛失防止タグが検出されました」という通知を受け取り、アプリで確認すると自分が移動したルートが地図上に赤い線で表示されており、知らない間に追跡されていたというケースも報告されています。
さらに深刻なのは、被害者の3人に2人がまったく気づかないという調査結果です。多くの被害者が追跡されていることに気づかないまま、日常生活の中で居場所を把握され続けているという現実があります。
一部の悪用者は、AirTagのスピーカーを物理的に取り外すなどの改造を行い、音による発見を困難にしています。不正対策として実装されている音声通知機能が改造によって無効化されるケースがあり、このような改造は被害者が追跡に気づく機会をさらに減少させ、より深刻な被害につながる可能性があります。
内閣府によると、DVから逃れた被害者が、子供のぬいぐるみの中に紛失防止タグを隠されていた事例も報告されています。このようなケースでは、被害者が新しい住居に移っても、子供の持ち物を通じて居場所が特定されてしまう危険性があり、DV被害者の安全確保という観点からも重大な問題となっています。
海外でも同様の被害が報告されており、アメリカのデジタルメディアVice.comの2022年4月の記事によると、AirTagに関連した警察への被害報告は1年間で少なくとも150件に上り、そのうち50件は女性からの追跡被害の訴えでした。この問題は日本だけでなく、世界的な規模で発生している社会問題なのです。
2025年ストーカー規制法改正の詳細と新たな規制内容
こうした深刻な被害状況を受けて、2025年11月11日、日本政府はストーカー規制法とDV防止法の改正案を閣議決定しました。政府は臨時国会での成立を目指し、公布後速やかに施行する方針を示しており、紛失防止タグの悪用に対する法的な規制が本格的に始まることになります。
改正案の最も重要なポイントは、紛失防止タグを使った位置情報の取得が新たに規制対象となることです。これまでのストーカー規制法では、GPS機器を使った無断の位置情報取得は規制対象となっていましたが、紛失防止タグはGPSではなくBluetooth通信を利用する仕組みであるため、法律の規制対象外となっていました。この規制の抜け穴により、加害者は紛失防止タグを悪用することで法的な処罰を免れることができていたという矛盾した状況が続いていました。
今回の改正により、具体的には以下の行為が規制対象となります。まず第一に、被害者の所持品や車両などに無断で紛失防止タグを装着する行為が禁止されます。バッグの中、車の下部、衣服のポケットなど、様々な場所にタグを隠して装着する行為が違法となります。第二に、装着した紛失防止タグを使って無断で位置情報を取得する行為も規制対象です。これにより、従来のGPS機器だけでなく、Bluetooth通信を利用する紛失防止タグも規制の対象となり、技術の進化に対応した法整備が実現することになります。
改正案のもう一つの重要なポイントは、警告の発出方法の変更です。従来は被害者からの申し出に基づいて警告を発出していましたが、改正後は警察官が職権で警告を発出できるようになります。これは、事態が深刻化するリスクがあると警察が判断した場合、被害者の申し出を待たずに迅速に対応できるようにするための措置です。被害者が恐怖のために申し出をためらうケースや、先述のように被害に気づいていないケースにも対応できるようになり、より実効性のある保護が期待されています。
罰則規定については、ストーカー行為には1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます。禁止命令に違反してストーカー行為をした場合は、より重い2年以下の懲役または200万円以下の罰金となります。禁止命令違反でストーカー行為に至らない場合でも、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることになっており、紛失防止タグを悪用した場合もこれらの罰則が適用されます。
DV防止法の改正も同時に進められており、接近禁止命令を受けた加害者が紛失防止タグを使って被害者の位置情報を取得したり、無断でタグを装着したりすることが禁止されます。これは、離婚後や別居後も元配偶者に追跡される被害を防ぐための重要な措置です。DV防止法は2023年5月にも改正され、2024年4月に施行されていますが、その時の改正ではGPS機器を使った同意なしの位置情報取得が禁止されました。今回の2025年の改正は、その規制をBluetooth通信を使う紛失防止タグにまで拡大するものです。
世界各国における紛失防止タグ悪用規制の動向
紛失防止タグの悪用問題は日本だけでなく、世界的な規模で発生しており、各国で規制が進められています。特にアメリカでは、州レベルで積極的な法整備が行われています。
ペンシルベニア州では、無断での追跡を違法とする法案が可決されました。この法律では、追跡装置を使って他人を密かに監視する行為をストーカー行為の一形態として分類し、最大90日間の懲役刑を科すことができるようになっています。オハイオ州とニュージャージー州でも超党派の支持を得て法案が審議されており、特にニュージャージー州の議会法案1549号は、同意なしに他人を追跡するための装置の使用を禁止する内容となっています。
フロリダ州は特に厳しい姿勢を取っており、最近の立法でGPS機器を含むAirTagなどの悪用に特化した規定を設けました。同意なしに他人の財産に追跡装置を取り付けまたは配置する行為を第3級重罪に分類し、最大5年の懲役刑の可能性があるという非常に厳格な罰則を定めています。アメリカ全体では、少なくとも19の州が既に電子追跡に対する特定の法律を持っているとされており、各州が独自に対策を強化している状況です。
ヨーロッパでも問題意識が高まっています。欧州議会では、AppleのAirTagやその他の類似追跡装置が女性の追跡やストーカー行為に使用されていると報告されており、これらの装置が市場では物を追跡するために販売されているにもかかわらず、人の位置を追跡するために簡単に悪用される可能性が指摘されています。
ストーカー行為は多くの加盟国で刑事犯罪であり、生命を脅かす可能性があるとして重大な問題と認識されています。ジェンダーに基づく暴力に関する提案指令の第8条によれば、このような行動は欧州連合全体で犯罪化されるべきとされており、欧州議会は欧州委員会に対して、これらの製品が安全であり、個人の追跡やストーカー行為に悪用できないことを保証するための拘束力のある措置に取り組んでいるかどうかを質問しています。
カリフォルニア州北部では、Appleがストーカー能力とされるAirTagsに関する集団訴訟に直面しました。裁判所は訴訟の進行を認める決定を下し、製造業者はデジタルストーカー行為による被害のリスクを最小限に抑える製品を設計しなければならないことを強調しました。この判決は、メーカー側にも製品の悪用を防ぐ責任があることを明確にした重要な判例となっています。
このように、世界各国で紛失防止タグの悪用に対する規制が進められており、日本の2025年の法改正も国際的な潮流に沿ったものと言えます。国境を越えて使用できる技術であるため、各国が連携して対策を進めることが重要になっています。
メーカー各社による悪用防止策と技術的対応
紛失防止タグのメーカー、特に市場シェアの大きいAppleは、製品の悪用対策として様々な機能を実装しています。製品の便利さとプライバシー保護のバランスを取ることは、メーカーにとって重要な課題となっています。
Appleが実装した代表的な対策が「セーフティ通知」機能です。これは、自分のiPhoneと自分のものではないAirTagを一定時間一緒に持ち歩いている場合に通知をする仕組みです。この機能により、不正利用されているAirTagを見つけやすくなり、通知を受け取った場合、ユーザーはそのAirTagの位置を特定し、無効化することができます。
さらにAppleは2022年12月にアップデートを提供し、仕込まれたタグの距離と方向が分かる精密検索機能に対応しました。この機能により、不審なAirTagをより素早く見つけて無効化することが可能になっています。AirTagはUWB（超広帯域無線通信規格）という技術を使用しており、10cm単位での索敵を可能としているため、精密検索機能を使えばかなり正確にタグの位置を特定できます。
Appleは現在、AirTagを設定するユーザーに対して、同意なしにAirTagを使って人を追跡することは世界の多くの地域で犯罪であることを明確に示すメッセージを表示しています。この警告により、悪用を思いとどまらせる効果が期待されています。
法執行機関との連携も重要な対策の一つです。Appleは令状または法執行機関からの有効な要請に応じて、ペアリングされたアカウントの詳細を提供することができます。実際に法執行機関と協力したケースにおいて、提供された情報がAirTagを加害者まで追跡するために使用され、犯人の特定に貢献した事例も報告されています。
Androidユーザーへの配慮も行われており、AppleはAndroidユーザーも悪用されたAirTagを検知できるように専用アプリを提供しています。これにより、iPhoneを持っていないユーザーも自分の近くに不審なAirTagがないかをチェックすることができます。2024年2月以降、AppleはAndroid向けの検知機能を強化しており、より確実に不審なタグを発見できるようになっています。
プライバシー保護技術の面では、AppleのFind Myネットワークは位置情報を暗号化して使用しており、所有者だけがその情報を閲覧できるようになっています。さらに、AirTagの位置情報を中継するデバイスの所有者に対しても、何を中継しているのかが分からないように設計されており、匿名性が確保されています。
ただし、暗号化技術があっても悪用を完全に防ぐことはできません。AirTagの所有者自身が悪意を持っている場合、暗号化された情報を正当に復号化して被害者の位置を特定することができてしまいます。このように、技術的な対策だけでは悪用を防ぐことには限界があり、法規制と組み合わせることが不可欠です。
個人でできる紛失防止タグ悪用への自衛策
法規制やメーカーの対策が進む一方で、私たち個人も自衛策を講じることが重要です。紛失防止タグによる追跡被害から身を守るために、日常的にできる対策をいくつか紹介します。
まず最も重要なのは、スマートフォンの通知を注意深く確認することです。もし自分のスマートフォンに「AirTagはあなたと一緒に移動しています」という通知が表示された場合は、すぐに確認する必要があります。この通知は、自分のものではないAirTagが一定時間自分と一緒に移動していることを示しており、不正な追跡の可能性がある重要なサインです。
通知を受け取ったら、持ち物や車両を徹底的にチェックします。AirTagは直径約3.2cm、厚さ約0.8cmと非常に小さいため、バッグの中、車の下部、衣服のポケット、車のバンパーの裏側など、様々な場所に隠されている可能性があります。普段あまり確認しない場所も含めて、丁寧に探すことが大切です。
悪用されているAirTagを見つけた場合は、以下の手順で無効化できます。まずAirTagのステンレスのカバーを押し込み、反時計回りに回して外します。次に内部の電池を取り外せば、以後追跡されることはなくなります。ただし、証拠として保存する必要がある場合は、警察に相談してから無効化することをお勧めします。特にストーカー被害を受けている場合、タグは重要な証拠となる可能性があります。
定期的なチェックも重要です。自分が被害に遭っているかどうかを確認するため、定期的にスマートフォンの通知を確認し、持ち物や車両をチェックし、不審な行動や追跡の兆候に注意を払うことが推奨されます。特に、自分の行動パターンを知られている可能性があると感じた場合や、偶然の一致とは思えない遭遇が続く場合は、注意が必要です。
Androidユーザーの場合、Appleが提供する「トラッカー検知」アプリをインストールすることで、不審なAirTagを検知できます。このアプリは、近くにある不明なAirTagをスキャンし、発見した場合に通知します。iPhoneユーザーは標準でこの機能が搭載されていますが、Androidユーザーは積極的にアプリをインストールすることをお勧めします。
駐車場に車を停める際には、できるだけ人通りの多い場所や監視カメラのある場所を選ぶことも有効です。人目につきにくい場所では、車両にタグを装着される危険性が高まります。また、定期的に車の下部やバンパーの裏側など、タグを隠しやすい場所をチェックする習慣をつけることも重要です。
もし紛失防止タグによる追跡の被害に遭った、または疑いがある場合は、最寄りの警察署または警察本部の相談窓口に連絡することが推奨されます。ストーカー相談は各都道府県警察の生活安全課などで受け付けており、専門の担当者が対応してくれます。一人で抱え込まず、早めに相談することが被害の拡大を防ぐ鍵となります。
企業や組織が講じるべきセキュリティ対策
個人だけでなく、企業や組織も紛失防止タグの悪用リスクに対して適切な対策を講じる必要があります。特に、公的な立場にある人物や注目を集めやすい職業の従業員を抱える組織では、組織的な対策が重要になります。
まず重要なのは、従業員への教育です。紛失防止タグの悪用リスクについて従業員に周知し、不審な通知を受け取った場合の対応方法や、定期的なチェックの重要性について教育を行うことが必要です。セキュリティ研修の一環として、デジタルストーカー行為についての知識を提供することで、従業員の意識を高めることができます。
組織として、包括的なセキュリティポリシーの策定も推奨されます。具体的には、社用車の定期的なチェック体制を確立し、重要な会議の前後での持ち物チェックを実施し、不審な追跡の報告システムを構築し、警察との連携体制を整備することなどが含まれます。特に社用車は悪意のある第三者がタグを装着しやすいため、定期的な点検が重要です。
駐車場のセキュリティ強化も有効な対策です。企業の駐車場は、悪意のある第三者が車両にタグを装着する可能性がある場所です。監視カメラの設置や警備員の配置など、物理的なセキュリティ対策により、不審者の侵入を防ぐことができます。また、駐車場の照明を明るくすることで、夜間の不審な活動を抑止する効果も期待できます。
重要な役職にある従業員や、メディア露出の多い従業員については、特別な注意と保護措置が必要です。これらの従業員には個別に対策を指導し、必要に応じて専門のセキュリティサービスの利用を検討することも考えられます。
また、社内での情報共有体制を整えることも重要です。もし従業員の一人が不審なタグを発見した場合、その情報を速やかに組織内で共有し、他の従業員にも注意を促すことで、組織全体のセキュリティレベルを向上させることができます。
プライバシーと技術革新のバランスをどう取るか
紛失防止タグの問題は、現代社会における技術とプライバシーのバランスを象徴する事例と言えます。本来、紛失防止タグは非常に便利で有用な技術です。鍵や財布、スーツケースなどの貴重品を失くした際に迅速に見つけることができ、海外旅行でスーツケースを追跡するなど、正当な用途での活用事例も多数報告されています。
しかし、同じ技術が悪用されると、プライバシーの侵害やストーカー行為といった深刻な問題を引き起こします。この「技術の両義性」は、現代社会が直面する大きな課題の一つです。技術そのものは中立的であり、使い方次第で善にも悪にもなり得るという現実を、私たちは認識する必要があります。
製品を開発・販売する企業には、技術が悪用されるリスクを最小限に抑える責任があります。Appleのように、セーフティ機能を実装し、継続的に改善を行う姿勢は評価されるべきです。一方で、カリフォルニア州での集団訴訟が示すように、これらの対策が十分であるかどうかは議論の余地があります。裁判所が指摘したように、製造業者はデジタルストーカー行為による被害のリスクを最小限に抑える製品を設計しなければならないという責任を負っています。
法規制は、技術の悪用を防ぐために不可欠です。しかし、過度な規制は技術革新を阻害する可能性もあります。社会として、適切なバランスを見つけることが重要です。2025年の日本における法改正は、このバランスを考慮した措置と言えます。正当な用途での使用を制限するのではなく、悪用を明確に禁止し、罰則を設けることで、技術の発展とユーザーの安全の両立を目指しています。
今後、より高度な追跡技術が開発される可能性があります。例えば、より長い距離で追跡できる技術や、より小型化されたデバイスなどです。法規制は、現在の技術だけでなく、将来登場する可能性のある技術にも対応できる柔軟性を持つ必要があります。「紛失防止タグ」という特定の製品だけでなく、同様の機能を持つあらゆる装置を規制対象とすることが重要です。
今後の課題と社会全体で取り組むべき方向性
紛失防止タグの悪用問題には、今後も継続的に取り組むべき多くの課題が残されています。
技術的な課題としては、紛失防止タグの悪用を完全に防ぐことは困難です。タグを発見されにくくするための改造や、通知機能を回避する方法など、悪用者側も技術を進化させる可能性があります。メーカーと法執行機関は、継続的に対策を更新し、新たな悪用手法に対応していく必要があります。特に、被害者の3人に2人はまったく気づかないという調査結果があることから、検知機能の改善は急務です。通知が届くまでの時間を短縮することや、より確実に検知できるアルゴリズムの開発が求められています。
社会的な課題としては、法律が整備されても実際の取締りには課題が残ります。立証の難しさがあり、一部では「ザル法」との批判もあります。加害者が「たまたまタグが付いていた」と主張した場合、故意性を証明することは容易ではありません。また、被害者自身が追跡されていることに気づきにくいという問題もあり、被害の発見と報告を促進する仕組みが必要です。
国際的な連携も重要な課題です。紛失防止タグは国境を越えて使用できる技術です。国際的な渡航の際にも機能するため、規制や対策も国際的な視点で考える必要があります。各国の法執行機関が情報を共有し、国際的な犯罪に対処できる体制を構築することが重要です。また、メーカー側も、各国の法規制に対応した機能を実装する必要があります。
教育と啓発も不可欠です。技術の悪用を防ぐためには、法規制だけでなく、社会全体の意識向上が必要です。学校教育やメディアを通じて、紛失防止タグの適切な使用方法と悪用のリスクについて広く啓発していく必要があります。特に若年層に対しては、デジタルリテラシーの一環として、追跡技術の倫理的な問題について教育することが重要です。
警察庁は、これらの犯罪の手口を分析し、タグに対する法規制を検討してきました。今後も、定期的に周囲を確認すること、スマートフォンの通知機能を有効にすること、見知らぬ紛失防止タグを検知して警告する機能を活用することなど、具体的な対策を推奨しています。
紛失防止タグをめぐる問題は、単なる技術の問題ではなく、プライバシー、安全、そして人権の問題です。適切な規制と対策により、誰もが安心して技術の恩恵を受けられる社会の実現が期待されます。法規制、企業の対策、ユーザーの自衛という三つの側面から総合的にアプローチすることで、技術の利便性を損なうことなく、悪用のリスクを最小限に抑えることができるでしょう。
2025年の法改正は重要な一歩ですが、これで終わりではありません。技術は常に進化し、それに伴い新たな悪用の手口も生まれる可能性があります。社会全体が継続的に関心を持ち、法律、技術、教育のすべての面で対策を更新し続けることが、安全で便利な社会を実現するために不可欠です。私たち一人ひとりが問題意識を持ち、自衛策を講じるとともに、周囲の人々にも注意を促すことで、被害を未然に防ぐことができます。紛失防止タグという便利な技術を、誰もが安心して使える社会を目指して、今後も取り組みを続けていく必要があります。
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