子ども・子育て支援金の徴収は、2026年4月分の医療保険料から開始されます。2026年度(令和8年度)には約6,000億円が徴収される予定で、その後段階的に引き上げられ、2028年度に満額の約1兆円規模となります。この支援金は医療保険料に上乗せして徴収される仕組みで、会社員の場合は2026年5月支給の給与から天引きが始まる見込みです。
少子化対策の財源を確保するために創設されたこの制度は、日本社会の将来を左右する重要な政策として注目を集めています。本記事では、支援金制度の具体的な開始時期や徴収額、医療保険料への上乗せの仕組み、そして個人や企業への影響について詳しく解説していきます。子育て世帯はもちろん、独身の方や高齢者を含む全ての方に関わる制度であるため、その全体像を把握しておくことが大切です。

子ども・子育て支援金制度とは
子ども・子育て支援金制度とは、2024年6月に成立した「子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律」に基づき導入される新たな財源確保の仕組みです。この制度の核心は、少子化対策に必要な追加財源を、公的医療保険の保険料徴収ルートを活用して全世代から広く集めるという点にあります。
政府は2023年の出生数が70万人を割り込んだことを受け、2030年代までを「少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」と位置づけました。この危機感を背景に策定されたのが「こども未来戦略」と、その実行計画である「加速化プラン」です。加速化プランでは年間約3.6兆円規模の追加投資を行うことが決定されており、この巨額の財源を確保するために支援金制度が創設されました。
3.6兆円の財源は三つの要素で構成されています。第一に、既定予算の最大限の活用として約1.5兆円が充てられます。第二に、医療・介護分野における社会保障の歳出改革から約1.1兆円を捻出します。そして第三に、これらで賄いきれない約1.0兆円を補うために「子ども・子育て支援金」が創設されました。つまり支援金は全体財源の約3割弱を担う重要な役割を果たしています。
この制度が「税金」ではなく「社会保険料への上乗せ」という形式を取った背景には、複数の理由があります。まず、少子化対策によって将来の現役世代が確保されれば、社会保障制度の担い手が増え、医療・介護制度の持続可能性が高まります。この恩恵は子育て世帯だけでなく高齢者や独身者を含む全世代に及ぶため、全員で支えることが合理的であるという考え方です。また、医療保険制度には所得に応じた保険料設定が既に組み込まれており、低所得者への軽減措置も存在します。さらに、日本は国民皆保険制度が確立しているため、既存の保険料徴収ルートを活用することで新たな徴収インフラを構築する行政コストを削減できるというメリットもあります。
徴収開始はいつから?具体的なスケジュール
支援金の徴収は2026年4月1日の法律施行から始まります。したがって、制度上は2026年4月分の保険料から支援金が上乗せされることになります。
ただし、実際に個人の手取り額に影響が出るタイミングは、勤務先の給与計算方式によって異なります。多くの民間企業では「翌月徴収・翌月納付」の方式を採用しているため、4月分の社会保険料は5月に支払われる給与から天引きされます。そのため、一般的な会社員が給与明細を見て手取りが減ったと実感するのは、2026年5月の給与支給日からとなる公算が高いです。
企業の給与計算担当者にとって注意すべき点があります。通常、健康保険料率や介護保険料率の改定は3月分保険料から適用されるのが通例ですが、支援金は4月分保険料から開始されます。このため、3月分と4月分で2ヶ月連続してシステム設定の変更や保険料計算の確認作業が発生する可能性があり、実務上の負担増となることが予想されます。
徴収開始に先立ち、2025年度(令和7年度)には資金の受け皿となる「子ども・子育て支援特別会計」が創設されます。この特別会計は一般会計とは区分して資金の流れを透明化し、徴収されたお金が確実に少子化対策のみに使われることを担保するための仕組みです。
2026年度は約6,000億円からスタート
支援金の徴収は、制度開始初年度から満額の1兆円を徴収するわけではありません。急激な負担増を緩和し、国民の理解を得るため、また歳出改革の進捗と歩調を合わせるために、3年間をかけて段階的に引き上げられる計画となっています。
2026年度(令和8年度)は導入初年度であり、徴収総額は約6,000億円規模に設定されています。これは満額の約6割の水準です。2027年度(令和9年度)には徴収総額を約8,000億円規模へ引き上げます。そして2028年度(令和10年度)が制度の完成年度となり、ここで初めて満額の約1.0兆円規模の徴収が行われます。
この段階的導入期間中および制度開始前の2024・2025年度において発生する資金不足については、「子ども・子育て支援特例公債」という名称の「つなぎ国債」を発行して賄うこととされています。この公債は将来集められる支援金収入等を原資として、2051年度までに償還される計画です。現在の施策に必要な資金を将来の支援金収入で返済するという、時間差のあるファイナンス構造になっています。
医療保険料への上乗せの仕組み
支援金は、各医療保険者(健康保険組合、協会けんぽ、共済組合、国民健康保険の運営主体など)が加入者から徴収する保険料に上乗せして集めます。集められた資金は一度「社会保険診療報酬支払基金」に集約され、そこから国(こども家庭庁)が管轄する「子ども・子育て支援特別会計」へと納付される流れです。
会社員や公務員が加入する被用者保険では、支援金は「標準報酬月額(月給)」および「標準賞与額(ボーナス)」に対して一定の「支援金率」を掛けて算出されます。重要な点として、厚生年金や健康保険と同様に事業主と従業員で折半して負担します。2028年度の満額徴収時において、支援金率の総計(労使合計)は0.4%程度になると見込まれており、これを労使で半分ずつ負担するため、従業員個人の負担率は約0.2%程度となります。導入初年度の2026年度は、この約6割程度の料率からスタートすると予測されています。
一方、自営業者やフリーランス、非正規雇用者の一部などが加入する国民健康保険では、事業主負担という概念がないため全額が自己負担となります。国保の保険料は通常、所得に応じてかかる「所得割」と加入者一人あたり定額でかかる「均等割」、自治体によっては一世帯あたり定額でかかる「平等割」の組み合わせで決まります。支援金についてもこの枠組みを利用して徴収されます。
国保特有の課題として、子どもの数が多いほど均等割が加算され保険料が高くなるという問題が長年指摘されてきました。今回の支援金制度では、この批判に対応するため、18歳以下の子どもにかかる支援金分の均等割については100%減免(全額免除)するという特例措置が導入されます。これにより多子世帯における支援金負担の急増を防ぐ設計となっています。
75歳以上の高齢者が加入する後期高齢者医療制度においても支援金の徴収が行われます。「全世代型社会保障」の理念に基づき、高齢者にも応分の負担を求める形となりました。2028年度時点での平均的な負担額は加入者一人あたり月額約350円程度と試算されていますが、低所得の高齢者に対しては既存の保険料軽減の仕組みと同様に、所得水準に応じた軽減措置が適用されます。
年収別の負担額はどのくらいになるのか
「一体いくら引かれるのか」という点は国民にとって最大の関心事です。政府は当初「月額ワンコイン(500円)程度」という平均値を強調していましたが、詳細な試算が明らかになるにつれ、所得層や加入する保険制度によって負担額に大きな差があることが判明しました。
会社員・公務員の場合(2028年度満額時)
こども家庭庁が国会に提出した試算データによると、従業員個人の月額負担額は以下のようになります。年収200万円の層では月額約350円、年収400万円の層では月額約650円、年収600万円の層では月額約1,000円、年収800万円の層では月額約1,350円、年収1,000万円を超える層では月額約1,650円の負担が見込まれています。
このように所得が高くなるにつれて負担額は直線的に増加します。「月額500円」という政府説明はあくまで全加入者(被扶養者や低所得者を含む)の平均値であり、平均的な年収を得ている現役世代の会社員にとっては月額1,000円前後の負担となるケースが多くなります。年間では1万2千円から2万円近い負担増となり、家計への影響は無視できない規模です。
国民健康保険加入者の場合(2028年度満額時)
国保加入者の月額負担額は、年収400万円の場合で月額約550円、年収600万円の場合で月額約800円、年収800万円の場合で月額約1,100円と試算されています。一見すると会社員よりも低く見えますが、これは事業主負担がないためです。個人の財布から出ていく金額としては、国保加入者にとっても決して軽い負担ではありません。
導入初年度である2026年度は満額の約6割の水準からスタートするため、上記の金額より抑えられることになりますが、2028年度に向けて段階的に引き上げられていきます。
「実質負担ゼロ」は本当なのか
この制度の導入に際し、当時の岸田文雄首相をはじめとする政府関係者は「実質的な負担は生じない」と繰り返し説明しました。このロジックは多くの国民の感覚と乖離しており、激しい批判の的となりました。
政府の主張する論理は以下の通りです。まず医療・介護分野の歳出改革を断行し、社会保険料の自然増を抑制します。次に経済政策によって賃上げを実現し国民の所得全体を増やします。この「歳出改革による保険料抑制効果」と「賃上げによる負担能力向上」の範囲内に支援金の徴収額を収めることで、対所得比での社会保険料負担率は上昇しないという説明です。
しかし、この説明には複数の問題点が指摘されています。歳出改革で浮いた財源は本来であれば保険料の引き下げや赤字補填に充てられるべきものであり、それを別の目的に流用する時点で、家計にとっては「下がるはずだったものが下がらない」という実質的な損失となります。また、賃上げが物価上昇に追いついていない現状において、額面上の賃金が増えたことを理由に負担を増やせば、生活実感としての負担感は確実に増すことになります。さらに個々の家計を見れば、賃上げの恩恵を受けられない層や医療機関を頻繁に利用し窓口負担増の影響を受ける層にとっては、純粋な負担増以外の何物でもないという批判があります。
国会審議においても野党側は「ステルス増税である」と厳しく追及し、SNS上でも反対の声が広がりました。経済評論家の多くは支援金制度を「ステルス増税」の典型例と評しており、支援金の負担額を消費税に換算すると「0.8%から1%程度の増税に匹敵する」という試算も示されています。
徴収された支援金は何に使われるのか
徴収された年間1兆円規模の資金は、法律によりその使途が特定の事業に限定されています。これらは「加速化プラン」の中核をなす施策群であり、現金給付とサービスの両面から子育て世帯を支える内容となっています。
児童手当の抜本的拡充
最も象徴的かつ大規模な施策が児童手当の拡充です。支援金の本格徴収に先立ち、2024年10月分から実施されました。従来は長年の課題とされてきた所得制限が完全に撤廃され、高所得世帯を含めた全ての子育て世帯が支給対象となりました。また、支給期間が高校生年代まで延長され、教育費負担が重くなる時期までカバー範囲が広がりました。第3子以降への加算も大幅に増額され、0歳から高校生年代まで一律で月額3万円が支給されます。支給回数も年3回から年6回に変更され、家計のキャッシュフロー改善に寄与します。
妊婦・出産世帯への10万円給付の恒久化
妊娠・出産時の経済的負担を軽減するため、「妊婦のための支援給付」として計10万円相当の支給が制度化されました。具体的には妊娠届出時に5万円、出産届出時に5万円が支給されます。これは保健師等による面談やアンケート回答を要件とすることで、孤立しがちな妊産婦を行政の支援ネットワークに繋げる「伴走型相談支援」とセットで運用される点が特徴です。2025年度から恒久的な制度として運用されます。
こども誰でも通園制度の創設
現行の保育制度では親が就労していることが入所の条件となるのが原則ですが、専業主婦(夫)家庭における育児疲れや孤立化が社会問題となっています。これに対応するため、親の就労要件を問わず生後6ヶ月から満3歳未満の子どもを保育所で定期的に預かることができる「こども誰でも通園制度」が創設されます。月一定時間の利用枠が設定され、リフレッシュや急用、集団生活の経験のために利用することが可能になります。2025年度までの試行期間を経て、支援金徴収開始と同じ2026年度から全国で本格実施されます。
育児休業給付の手取り10割化
共働き世帯の増加に対応し、特に男性の育児参加を促進するための施策です。両親がともに育児休業を取得する場合、最大28日間にわたり育児休業給付金の給付率を現行の67%から80%程度へ引き上げます。育休期間中は社会保険料が免除されるため、この引き上げにより休業前の手取り賃金とほぼ同額が保証されることになります。
育児時短就業給付の創設
子どもが2歳未満の期間にフルタイムから時短勤務に切り替えて働く親を支援する新制度です。時短勤務を選択すると給与が減額されるため、それを補填するために時短勤務中に支払われた賃金の10%相当額が給付金として上乗せ支給されます。
企業への影響と実務上の対応
2026年4月の制度開始は、企業の管理部門にとっても大きな実務的課題となります。
企業は2026年春までに給与計算システムの改修を行う必要があります。支援金は健康保険料と合算して徴収されますが、内部的には別個の料率管理が求められる可能性があります。特に重要なのが給与明細への表示です。法律上の義務ではありませんが、こども家庭庁は国民への説明責任と透明性確保の観点から、給与明細に「子ども・子育て支援金」の内訳を明示するよう経済界や企業に対して協力を要請しています。
また、支援金は労使折半であるため、企業側も従業員と同額を負担することになります。これは企業にとって純粋な人件費(法定福利費)の増加を意味します。例えば従業員数1,000人で平均負担額が月500円の企業であれば、月額50万円、年間600万円のコスト増となります。大企業であれば吸収可能かもしれませんが、利益率の低い中小企業にとっては重い負担となり得ます。
歳出改革の内容と国民への影響
支援金制度の裏側で進められているのが、医療・介護費用の抑制を目指す歳出改革です。政府は2028年度までに公費ベースで約1.1兆円の削減効果を目指すとしています。
医療分野では「医療DX」の推進が改革の柱です。電子カルテ情報の全国共有化やマイナ保険証の普及を通じ、重複投薬や重複検査を防ぎ無駄な医療費を削減することを目指しています。薬剤費の適正化も進められ、特許が切れた先発医薬品について後発医薬品との差額の一部を患者の自己負担とする仕組みが導入されます。また医師の診察なしで繰り返し薬を受け取れる「リフィル処方箋」の普及も推進されています。
介護分野では、一定以上の所得がある高齢者について介護サービスの2割負担の対象範囲を拡大することや、特別養護老人ホーム等の多床室における室料負担の導入などが検討されています。介護ロボット等のテクノロジー導入を前提とした人員配置基準の緩和も議論されていますが、サービスの質や安全性への懸念も指摘されています。
これらの改革は財政的には不可欠ですが、利用者側から見ればサービスの切り下げや窓口負担の増加と表裏一体です。給与天引きされる支援金に加え病院や介護施設での支払いも増えるとなれば、国民生活への影響は大きいものとなります。
今後の見通しと注視すべきポイント
子ども・子育て支援金制度は、日本の社会保障制度の歴史において「高齢者中心」から「全世代型」へと舵を切るための重要なマイルストーンです。2026年度からの導入は法律により確定しており、後戻りはできない状況にあります。
今後注視すべきポイントとして、まず「実質負担」の真の姿があります。2026年5月に実際に給与明細から天引きが始まったとき、国民がそれをどう受け止めるかが重要です。政府の言う通り賃上げで相殺されるのか、それとも物価高に加えて手取りが減ったと感じるのか、世論の動向はその後の政権運営にも影響を与えることになるでしょう。
次に制度の効果検証です。年間3.6兆円という巨費を投じる以上、それに見合う結果(出生率の向上や子育て環境の改善)が求められます。単なる現金給付に留まらず、社会全体の意識変容や働き方改革に繋がるかどうかが問われることになります。
そしてさらなる負担増の可能性も注視すべきです。少子化対策の財源は恒久的に必要となるため、2028年度以降に支援金の料率がさらに引き上げられる可能性や、歳出改革の限界により消費税増税議論に回帰する可能性についても、引き続き議論が続くことが予想されます。
支援金制度は単なるお金の話ではありません。縮小する日本社会において誰が誰を支え、どのような未来を描くのかという、国家の存立に関わる根源的な問いを私たちに投げかけています。2026年4月の制度開始に向けて、私たち一人ひとりがこの制度の意義と影響を正しく理解しておくことが重要です。


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