75歳以上の夫婦世帯における月額生活費は、実支出ベースで約27万円から28万円程度が必要となっています。この金額は、消費支出として約24万円、非消費支出(税金・社会保険料)として約3万円という構成になっており、年金収入だけでは毎月3万円から4万円ほどの赤字が生じる構造的な家計状況が続いています。団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となった現在、物価高騰や社会保険料の負担増が重なり、固定化された年金収入に依存する世帯の家計はかつてないほど厳しい状況に置かれています。
本記事では、総務省の家計調査や厚生労働省の社会保障データに基づき、75歳以上夫婦世帯の生活費について、食費、住居費、光熱費、医療費など費目ごとの詳細な内訳を解説します。後期高齢期は前期高齢期と比較して、心身機能の変化に伴う生活スタイルの変容、医療・介護ニーズの急増、そして資産の取り崩しフェーズへの完全移行という特徴があり、これらを踏まえた家計管理の重要性がより一層高まっています。

75歳以上夫婦世帯の家計収支における全体像
75歳以上の夫婦世帯で無職の場合、家計は恒常的な赤字構造となっていることが一般的です。総務省の家計調査によると、実支出(消費支出と非消費支出の合計)の月額平均はおよそ27万円から28万円で推移しているのに対し、夫婦の実収入は月額22万円から25万円程度にとどまるケースが多くなっています。
具体的なデータを見ると、実支出が27万3398円であるのに対し、可処分所得はそれを下回っており、毎月3万円から4万円程度の不足が生じています。この不足分は退職金や現役時代の貯蓄を取り崩すことで補填されており、長生きすればするほど資産が枯渇していく「長生きリスク」が顕在化しているのが現状です。
非消費支出として天引きされる税金と社会保険料の内訳
生活費の内訳を理解する上で、まず避けて通れないのが非消費支出です。これは直接税(所得税・住民税)と社会保険料(介護保険料、後期高齢者医療保険料)から構成され、家計の自由度を制限する固定費として機能しています。
75歳以上の夫婦世帯における非消費支出の月額平均は約3万1812円に達しています。その内訳は、直接税が約1万2854円、社会保険料が約1万8945円となっています。特に注目すべきは社会保険料の動向であり、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度の保険料は医療費の増大に伴い上昇傾向が続いています。
介護保険料についても、第9期介護保険事業計画(2024年から2026年)に向けて多くの自治体で基準額が引き上げられました。全国平均で月額6,225円となった介護保険料ですが、大阪市のように月額9,000円を超える地域もあり、夫婦二人分では月額1万2000円から1万8000円以上の負担となることも珍しくありません。このように消費活動を行う前の段階で、額面収入から3万円以上が天引きまたは徴収される構造となっており、可処分所得ベースでの生活設計がいかに厳しいものであるかがわかります。
消費支出の費目別詳細分析
実際に生活を営むために必要な消費支出について、月額約24万円前後の内訳を費目ごとに詳しく見ていきます。
食料費は月額約7万6000円で最大の支出項目
食料費は75歳以上夫婦世帯の消費支出の中で最も大きなウェイトを占める費目であり、月額平均で約7万6039円となっています。これは消費支出全体の約31%を占めており、エンゲル係数は現役世代に比べて高い水準にあります。
食料費の内訳をさらに細かく見ると、高齢期特有の食生活の変化が反映されています。加齢に伴う身体機能の低下、特に長時間台所に立つことの負担増により、素材から調理する頻度が減少し、惣菜や弁当などの調理済み食品への依存度が高まる傾向があります。これらの調理食品は簡便である反面、原材料費に加工賃が上乗せされるため、食費を押し上げる要因となっています。
穀類については、米の消費量が減少する一方でパンや麺類の消費は底堅く推移しています。特に朝食をパンで済ませるスタイルは都市部高齢者に定着しており、パン食の増加はジャム、バター、コーヒー、牛乳などの付随的支出を誘発し、朝食コストの単価上昇を招く構造があります。
タンパク質摂取の必要性から魚介類や肉類の購入は続きますが、咀嚼しやすさを重視して魚介類や薄切り肉、挽肉などが選好されています。物価上昇の影響により、生鮮魚介は6.3%増、肉類は6.8%増といった価格上昇が見られ、これらが食費増の直接的な原因となっています。
自宅で過ごす時間が増えることから、お茶請けとしての菓子類や果物の消費も無視できません。菓子類は12.5%増、果物は9.5%増といった価格高騰が見られ、日々のささやかな楽しみである間食が家計を圧迫する状況となっています。
外食については現役時代に比べると頻度は減少しますが、孫との会食や友人との交流の場として、回転寿司や和食レストランなどの利用は一定数存在しています。外食費も人件費や材料費の高騰により値上げが続いており、月額1万円前後の支出を占めるケースが多くなっています。
多くの高齢世帯ではスーパーの特売日を利用したり、食材を使い切る工夫を行ったりして節約に努めていますが、基礎的な食材価格自体が底上げされている現状では、栄養バランスを維持しながら食費を大幅に削減することは極めて困難であり、食費は削れない聖域となりつつあります。
住居費は統計上約1万7000円だが実態は居住形態で大きく異なる
統計上の住居費平均は約1万7261円と低く見えますが、これは持ち家率が高く住宅ローン完済済みの世帯が多いために平均値が押し下げられているに過ぎません。実際には居住形態によって負担構造は全く異なります。
持ち家の戸建て住宅に住んでいる場合、多くの75歳以上世帯が居住する物件は築30年から40年を経過している場合が多く、老朽化対策が急務となります。屋根の葺き替え、外壁塗装、水回りの交換などは避けて通れず、30年間でメンテナンス総額が500万円から1000万円に達するという試算もあります。月割りに換算すれば1万3000円から2万7000円程度の積立コストが発生している計算になります。
バリアフリー改修として、手すりの設置、段差解消、ヒートショック対策のためのリフォーム費用も必要となります。これらは介護保険の住宅改修費支給(上限20万円)だけでは賄いきれないことが多いのが実情です。さらに持ち家である以上、毎年固定資産税がかかり、都市部であれば年額10万円から20万円、月額換算で8000円から1万6000円程度の支出は見込んでおく必要があります。
分譲マンション居住者の場合、毎月の固定費負担はさらに重くなります。管理費と修繕積立金の合計額は平均で月額2万5000円前後に達します。特に修繕積立金は築年数の経過とともに段階的に値上げされる計画となっている物件が多く、年金生活に入ってからの負担増が家計を直撃します。さらに管理組合の資金不足により一時金の徴収を求められるリスクも存在しています。
賃貸住宅に居住している高齢夫婦の場合、家賃自体が大きな負担となるだけでなく、更新料や家賃保証会社の保証料が発生します。また、高齢であることを理由とした入居拒否のリスクや、より家賃の安い物件への転居が困難になるという問題も抱えています。
光熱水道費は月額約2万3000円で命を守るためのコスト
光熱水道費の月額平均は約2万2973円であり、二人以上の世帯全体の平均と比較しても決して低くありません。
リタイア後の生活は自宅中心となるため、照明、テレビ、家電製品の稼働時間が長くなることが光熱費を押し上げる要因となっています。また、高齢者は体温調節機能が低下しているため、夏場の熱中症や冬場のヒートショックを防ぐためにエアコンや暖房器具の適切な使用が生命維持に直結します。節約のために我慢することが健康リスクを高めるため、光熱費は削減困難な生存コストとしての性質を帯びています。
エネルギー価格については、燃料調整費や再エネ賦課金の変動の影響をダイレクトに受けます。電気代が一時的に下落した局面もありましたが、長期的には上昇圧力があります。
家具・家事用品費は月額約1万1000円
月額約1万1301円の支出には、トイレットペーパーや洗剤などの日用消耗品に加え、家電製品の買い替え費用が含まれています。冷蔵庫、洗濯機、エアコンなどの大型家電は10年から15年で寿命を迎えるため、これらの買い替え費用を月割りで認識しておく必要があります。また、寝具の買い替えや介護を見据えたベッドの購入などもこの費目に含まれる場合があります。
被服及び履物費は月額約5000円
月額約5050円と、消費支出の中では比較的低い水準にあります。外出機会の減少や退職によりスーツなどの仕事着が不要になることから、新たな被服購入の必要性は低下しています。しかし、冠婚葬祭用の服や、リハビリに適した靴、着脱しやすい衣服へのニーズは新たに発生しています。
保健医療費は月額約1万7000円だが制度改正で負担増の可能性
保健医療費の平均は約1万7280円ですが、これは最も個人差が大きく、かつ制度改正の影響を受けやすい費目です。
2022年10月から、一定以上の所得がある後期高齢者の医療費窓口負担が従来の1割から2割へと引き上げられました。対象となるのは、課税所得28万円以上かつ年金収入とその他の合計所得金額が200万円以上(単身)または320万円以上(夫婦)の世帯です。この制度改正により、慢性疾患で定期通院している場合、薬剤費を含めた負担額が倍増することになりました。
当初設けられていた負担増加額を月3,000円までに抑える配慮措置は2025年9月末で終了しました。そのため2025年10月以降は負担増が家計を直撃する状況となっています。
75歳以上では肺炎や大腿骨骨折などによる入院リスクが急増します。肺炎の場合、入院日数は平均17.7日で、差額ベッド代や食事代を含めた自己負担額は約30万円に達する場合があります。大腿骨骨折では手術とリハビリを含めると入院期間が長期化しやすく、数十万円単位の出費となります。高額療養費制度により月ごとの自己負担限度額は設けられていますが、差額ベッド代や食事代、先進医療費は対象外であるため、実際の持ち出し額はこれよりも多くなります。
交通通信費は月額約2万4000円でデジタルとモビリティの変化を反映
月額約2万4520円の内訳には、移動手段の変化と通信インフラの変化が反映されています。
75歳は運転免許証の更新時に認知機能検査が義務化される年齢であり、これを機に免許返納を選択する人が増えています。自家用車を保有している場合、ガソリン、保険、税金、車検などの維持費で月額3万円から4万円相当のコストがかかります。免許返納後は自家用車コストは消滅しますが、タクシー、バス、鉄道の利用費が発生します。タクシー利用が増えれば支出は嵩みますが、車の維持費よりは安く済むという試算もあります。
公共交通の負担についても、自治体の高齢者向け乗車証制度が見直しの対象となっています。京都市の敬老乗車証のように、以前は安価で利用できた制度も、制度維持のために所得に応じた負担金(年間数千円から4万5000円)が求められるようになり、これも家計の固定費化しています。
通信費については、スマートフォンの普及により75歳以上でも携帯電話料金の支払いが一般的となっています。子供や孫との連絡、防災情報の取得、キャッシュレス決済の利用など、生活インフラとして欠かせないものとなっています。固定電話と携帯電話の二重持ちをしている世帯も多く、通信費の削減余地がある一方で、解約手続きの煩雑さから現状維持となっているケースも多いのが実情です。
教養娯楽費は月額約2万2000円で旅行が最大の楽しみ
教育費は月390円と微々たるものですが、教養娯楽費は約2万1536円計上されています。
75歳を過ぎても旅行は最大の楽しみであり、月平均で3万4000円を費やしているというデータもあります。ただし、遠方の海外旅行から近場の温泉やバスツアーへとスタイルは変化しています。
趣味については園芸、読書、散歩、テレビ鑑賞などお金のかからないものが中心となる一方で、盆栽、絵画、手芸、カメラなどの趣味を持つ人は一定の支出を伴います。老人クラブやサークル活動への参加費(月数百円から数千円)は安価なレジャーであり、かつ社会的孤立を防ぐ重要な投資でもあります。
その他の消費支出は月額約4万6000円で交際費や孫への支出を含む
月額約4万6490円という大きな割合を占めるこの項目には、交際費、使途不明金、そして孫への支出が含まれています。
交際費は冠婚葬祭の減少に伴い減る傾向にありますが、友人との付き合いや親族への贈答は続きます。孫消費については、自身の生活を切り詰めてでも孫へのお小遣い、入学祝い、ランドセル購入、一緒の食事代などを支出する傾向が強く、年間平均で11万3000円以上を孫のために使っているという調査もあり、月にならすと約1万円の支出となります。使途不明金としては、お供え物、町内会費、日用雑貨の買い足しなど細かすぎて分類できない支出が月2万円近く存在すると見られています。
社会保障制度改革が75歳以上の家計に与える影響
75歳以上の家計は個人の努力だけでなく、国の制度改正に大きく左右されます。
介護保険料と利用料の負担増
2024年度からの第9期介護保険事業計画により、65歳以上の介護保険料基準額が全国的に引き上げられました。また、一定以上の所得がある利用者に対する2割負担や3割負担の対象拡大議論も継続しており、サービス利用時の自己負担額が増加するリスクがあります。さらに介護報酬改定により、訪問介護や通所介護の基本報酬や加算構造が変化し、実質的な利用料増につながるケースも出ています。
医療制度の配慮措置終了による影響
後期高齢者医療制度の2割負担導入に伴う激変緩和措置(配慮措置)が2025年9月で終了しました。これにより、頻繁に通院する慢性疾患患者の世帯では、2025年10月から医療費の実質負担額が増加する状況となっています。
子ども・子育て支援金の新たな負担
全世代型社会保障の一環として、後期高齢者医療制度の加入者からも子ども・子育て支援金が徴収される見込みとなっています。1人あたり月額数百円程度と試算されていますが、年金生活者にとっては新たな固定費の発生となります。
毎月の家計赤字を補う方法と対策
毎月の家計赤字を補填し、将来の介護・医療費に備えるために、75歳以上の世帯でも新たな経済戦略が求められています。
新NISA制度を活用した資産運用
人生100年時代において、75歳はまだ運用期間として捉えることができます。2024年から拡充された新NISA制度は年齢制限がなく、75歳以上でも利用可能です。インフレによる現預金の実質価値目減りを防ぐため、リスクを抑えた債券ファンドやバランス型投資信託での運用、あるいは高配当株によるインカムゲインの確保が選択肢となります。成長投資枠を活用し、子や孫への生前贈与と組み合わせた資産移転戦略も有効な方法です。
シルバー人材センターなどでの就労
75歳を過ぎても健康であれば、働くことで収入を得ることが可能です。シルバー人材センターでは植木剪定、除草、家事援助、駐輪場管理などの仕事が提供されており、時給1,000円から1,200円程度、あるいは作業単価に応じた配分金を得ることができます。月数万円の収入であっても、家計の赤字を埋め、貯蓄の取り崩し速度を緩和する効果は大きいものがあります。
75歳以上夫婦世帯が実践すべき家計防衛策
詳細な内訳分析から導き出される対策は大きく4点に集約されます。
まず固定費の徹底的な見直しが重要です。特に自動車の保有から公共交通・タクシーへの切り替え(免許返納)は、安全性と経済合理性の両面で最大の家計改善策となり得ます。
次に社会保障制度のフル活用が挙げられます。高額療養費制度、介護保険の各種軽減措置、自治体の補助金などを漏れなく申請し、受け取れる権利を行使することが大切です。
資産の寿命管理も重要な視点です。単に預金を切り崩すだけでなく、インフレ耐性のある資産運用を取り入れ、資産寿命の延伸を図ることが求められます。
最後にコミュニティへの投資があります。散歩、老人クラブ、図書館利用などお金をかけない楽しみを見つけ、交際費や娯楽費のコストパフォーマンスを高めることで、生活の質を維持しながら支出を抑えることができます。
75歳からの家計管理は単なる節約ではなく、限られた資産と変化する制度の中で、いかに安心と生活の質のバランスを取るかという高度なマネジメントが求められる営みです。月額約27万円という生活費の内訳を正確に把握し、自身の家計と照らし合わせながら、長期的な視点で資産と生活を守っていくことが大切です。


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