公立小学校の給食無償化が2026年度から始まり、児童1人あたり月額5,200円を国が実質全額負担することが決定しました。2025年12月18日、自由民主党、公明党、日本維新の会の3党による合意が成立し、これまで保護者が負担してきた給食費(食材費)を国の財源でまかなう歴史的な政策転換が実現します。この制度により、小学生の子どもを持つ家庭では年間約6万円の負担軽減が見込まれ、子育て世帯の経済的な支援策として大きな注目を集めています。
本記事では、2026年度から始まる公立小学校給食費無償化の詳細な内容、月額5,200円という金額の算定根拠、財源となる地方交付税や新交付金の仕組み、そして今後の課題について詳しく解説していきます。給食無償化がどのような経緯で決まり、家計にどのような影響を与えるのか、また中学校は対象外となった理由など、気になるポイントを網羅的にお伝えします。

公立小学校給食無償化とは何か
公立小学校給食無償化とは、これまで保護者が支払っていた学校給食の食材費を国の財源で負担し、保護者の自己負担をなくす制度のことです。2026年度(令和8年度)4月から開始され、全国の公立小学校に通う児童が対象となります。
この制度の核心は、児童1人あたり月額5,200円を「標準支援額」として設定し、その全額を国が地方交付税および新たに創設される交付金を通じて実質的に負担するという点にあります。これまで日本の学校給食法では、給食の食材費は保護者が負担するという「受益者負担の原則」が1954年の法律制定以来70年にわたって維持されてきましたが、今回の決定はこの原則を根本から覆すものとなりました。
無償化の対象となるのは「公立小学校」に限定されており、中学校は今回の合意には含まれていません。義務教育は小学校6年間と中学校3年間の計9年間ですが、財源の制約からまずは小学校のみでスタートすることになりました。
3党合意の経緯と政治的背景
2025年12月18日、自民党、公明党、そして野党である日本維新の会の3党による実務者レベル協議において、公立小学校の給食費無償化に関する制度設計が最終合意に達しました。この合意は与党内の調整に留まらず、野党である維新の会を取り込んだ点において非常に政治的な意味合いを持っています。
日本維新の会は大阪府において高校授業料の実質無償化などを先行して実施しており、「教育費の無償化」を党の基本方針として掲げてきた経緯があります。今回の合意に維新が加わったことは、次期国政選挙を見据えて「子育て支援」が党派を超えた共通認識として確立されたことを示しています。
当初、この合意は2025年11月中の成立を目指していましたが、12月までずれ込みました。その背景には、財源負担の割合をめぐる財務省、総務省と地方自治体側との激しい交渉がありました。「国がどこまで財政的な責任を持つのか」という線引きが、いかに難しい問題であったかを物語っています。
今回の政策決定の背景には、深刻化する少子化への対策として掲げられた「こども未来戦略」の推進、東京都などを中心に進んだ自治体独自の無償化による地域間格差の是正、そして物価高騰による家計圧迫への緊急的な対応という複数の要因があります。
月額5,200円の算定根拠
今回の合意における最大の争点は、国が支援する基準額の設定でした。最終的に決定された「児童1人あたり月額5,200円」という金額は、全国の公立小学校における平均的な給食費をベースに算出されています。
協議の過程では、地方自治体側から「月額5,000円を超える水準」を強く求める要望が出されていました。これは、近年の急激な食材費高騰に加え、地産地消の推進や食育の観点から質の高い給食を提供しようとする自治体ほどコストがかさむ傾向にあるためです。
文部科学省が2021年度に実施した調査によれば、公立小学校の給食費平均月額は4,477円でしたが、その後のインフレにより実際の金額はさらに上昇しています。5,200円という金額は、国の財政規律と地方の実情とのギリギリの妥協点として設定されました。
ここで重要な点として押さえておきたいのは、実際の給食費が5,200円を超過する場合、その差額については「自治体が保護者に負担を求めることを容認する」という方針が確認されていることです。つまり、今回の無償化は完全な自己負担ゼロを国が保証するものではなく、「国は5,200円分までは負担するが、それ以上のコストがかかる給食を実施する場合は自治体や保護者が負担する」という「キャップ制」の無償化となっています。
財源の仕組み「実質全額国庫負担」の内容
地方交付税措置による財源確保
「国が実質全額負担」という表現が使われていますが、その仕組みは単純に国から学校への直接的な資金提供ではありません。ここには日本の地方財政特有の「地方交付税措置」というメカニズムが介在しています。
学校給食の運営主体は市区町村(自治体)であるため、無償化の費用も形式上は自治体と国で分担することになります。しかし、自治体側は「国の政策として実施するのであれば全額国費で負担すべき」と強く主張しました。そこで編み出されたのが、「地方負担分についても、国が地方交付税を増額することで手当てする」という方式です。
具体的には、各自治体の「基準財政需要額」(自治体運営に必要な標準的なコストを算定した金額)の項目に「給食費(児童数×5,200円)」を上乗せします。基準財政需要額が増えれば、国から配分される地方交付税の額も理論上は増加します。これにより、「支払いは自治体が行うが、その原資は国が交付税として提供する」という形をとり、実質的な自治体負担をゼロにするという仕組みです。
不交付団体への対応と新交付金の創設
地方交付税措置には課題があります。東京都港区や愛知県豊田市のような税収が非常に豊かな「不交付団体」(地方交付税を受け取らなくても財政運営ができる自治体)の場合、基準財政需要額を増やしても国から現金が振り込まれるわけではありません。これでは「実質国負担」になりません。
この問題を解決するために、3党合意では「新たな交付金の創設」が盛り込まれました。これは、地方交付税の仕組みだけではカバーしきれない部分に対して、別の財源を用意して直接的に補助を行う仕組みです。これにより、財政力の強い自治体であっても弱い自治体であっても、一律に児童1人あたり5,200円分の財源が国から保証される体制が整いました。
財源の長期的な安定性への懸念
このスキームの懸念点として、地方交付税の原資が所得税、法人税、消費税などの一定割合(法定率)で決まるという点があります。景気後退により国の税収が落ち込めば、交付税の総額も減少します。その際に給食費分が優先的に確保されるのか、それとも他の行政サービスとの間で予算の取り合いになるのかは、長期的なリスク要因として指摘されています。
家計への経済効果
年間約6万円の負担軽減
今回の制度により、家計にはどの程度の経済効果があるのでしょうか。月額5,200円までカバーされると仮定した場合、児童1人あたり月額約5,200円×12ヶ月で年間約62,400円の負担軽減となります。ただし、給食の実施回数を考慮すると実質11ヶ月分程度の場合もありますが、家計へのインパクトとしては約6万円の削減効果があります。
児童が2人いる家庭では年間約12万円強の負担軽減となり、低所得世帯はもちろん、就学援助の対象からわずかに外れる中間層の家庭にとっても、極めて大きな可処分所得の増加を意味します。
これまで給食費の未納は学校現場における大きな負担となっていましたが、無償化により未納の督促業務が消滅し、教員の働き方改革にも貢献することが期待されています。
スティグマ(烙印)の解消
経済的な側面以上に重要なのが、心理的・社会的な「スティグマ」の解消です。これまでも生活保護世帯や就学援助を受給している世帯は給食費が免除されていましたが、申請手続きが必要であり、「貧しいから無料になる」という選別的な構造がありました。
2026年からの普遍的無償化(所得制限なし)により、すべての児童が「同じ給食を、同じ権利として」食べることになります。教室における完全な平等を食の面から実現することで、子どもたちの心理的な負担も軽減されます。
「東京ショック」と地域間格差の是正
国が今回の決定に踏み切った最大の要因の一つに、地方自治体レベルでの先行実施による格差拡大、いわゆる「東京ショック」があります。
東京都は2024年度から2025年度にかけて、都内の区市町村に対し給食費の半額あるいは全額を補助する大規模な予算を投じました。これにより、東京23区や多摩地域の多くで給食費無償化が実現しました。
一方で、財政力の弱い地方の自治体や、東京に隣接する千葉県、埼玉県、神奈川県の自治体では無償化に踏み切ることができず、「川を一本渡れば給食費が無料、こちら側では月5,000円」という事態が発生しました。子育て世帯が給食費無料の自治体へ転居する動きも懸念され、全国市長会などは「居住地による教育負担の格差は許されない」として国による統一的な制度化を強く求めていました。
2026年の制度開始は、この「住所による不公平」を解消する決定打となります。
受益者負担から公的責任への転換
学校給食法70年の歴史からの転換
日本の学校給食法は1954年の制定以来、第11条において経費負担の原則を定めてきました。「施設整備費や人件費は設置者(自治体)が負担する」「それ以外の経費(食材費)は保護者が負担する」という区分です。これは「食費は私的消費であり、学校にいても家にいてもかかるものだから親が払うべき」という考え方に基づいていました。
2026年の無償化は、この法的・思想的枠組みを70年ぶりに打破するものです。給食を「私的な食事」から「義務教育の一環としての教育活動」「子どもの生存と発育を保障する社会インフラ」へと再定義したことになります。これは憲法26条が定める「義務教育の無償」の範囲を、授業料や教科書だけでなく、栄養摂取にまで拡張する解釈変更とも言えます。
給食現場が直面するインフレの実態
現場での苦労と工夫
月額5,200円という金額が十分かどうかを判断するには、現在の給食現場が直面している物価高騰の実態を知る必要があります。2022年以降のウクライナ情勢や円安により、食用油、小麦粉、乳製品の価格が大幅に上昇しました。
限られた予算内で給食を提供するため、栄養教諭たちは苦渋の決断を強いられています。月4回あったデザートのゼリーや果物が月2回に半減したり、フルーツポンチから高価な黄桃を抜いて安価な食材でカサ増ししたり、鶏の唐揚げを1人1個に厳格に制限したりといった対応が各地で行われています。また、肉を減らして野菜を炒めて甘みを出し、鰹節を煮出して味を濃くすることで具材の少なさをカバーするなど、現場の栄養士は「予算パズル」に忙殺され、本来の業務である食育やメニュー開発に時間を割けない状況にあります。
「5,200円の壁」による質の低下リスク
ここで懸念されるのが、国が定めた「5,200円」が上限として機能してしまうリスクです。2026年時点でさらに物価が上がっていた場合、5,200円では現在の給食の質を維持できない可能性があります。
合意では「超過分は保護者負担も可能」とされていますが、保護者から追加徴収を行うことは政治的にハードルが高く、多くの自治体は「5,200円の範囲内で作れるメニュー」へと質を落とす恐れがあります。結果として、財政的に豊かな自治体は独自予算を上乗せして地産地消やオーガニック食材を使った給食を提供し、財政力の弱い自治体は国基準のみの給食(輸入冷凍食材や炭水化物中心)となる、新たな「質の格差」が生まれるシナリオも否定できません。
海外の給食無償化事例との比較
韓国の先進的な取り組み
日本の今回の決定を世界的な文脈で見ると、周回遅れながらも国際的な潮流に合流したと言えます。最も参考になるのは隣国・韓国の事例です。
韓国では2011年のソウル市長選をきっかけに無償給食論争が起こり、その後10年かけて全国的な「無償・親環境(オーガニック)給食」が定着しました。2024年時点で、韓国は小学校、中学校、高校のほぼすべてで無償給食を実施しており、その財源は教育庁と自治体が分担しています。
韓国の特徴は「無償化」と「質の向上(有機農産物の使用)」をセットで推進した点です。給食を地域農業の振興策として位置づけ、安さではなく質を追求する社会的な合意形成に成功しました。日本が今回「5,200円」というコスト論先行で合意したのに対し、韓国は「どんな食材を子供に食べさせるか」という議論を経て予算を拡大してきた点で対照的です。
米国カリフォルニア州の挑戦
米国ではコロナ禍の特例措置を経て、カリフォルニア州などが州独自の恒久的なユニバーサル・ミール(所得制限なしの無償給食)を開始しました。背景には「空腹の子供は学べない」という強い危機感があります。米国では給食の質(加工食品や砂糖の多さ)が長年の課題ですが、無償化によって参加率を高め、スケールメリットで地元食材を導入しようとする「Farm to School」の動きが加速しています。
欧州における多様なアプローチ
フランスは所得に応じた「段階的負担」を採用しており、富裕層は高額を、低所得層はほぼ無料で利用するシステムが定着しています。一方、スウェーデンやフィンランドは伝統的に学校給食が完全無料であり、教育の一部として統合されています。
日本はこれまでフランス的な「負担能力に応じた支払い」に近い形でしたが、今回の決定で北欧型の「普遍的福祉」へと大きく方向を転換したことになります。
中学校が対象外となった理由と今後の課題
小学校のみが対象となった背景
今回の合意には中学校が含まれていません。中学生は小学生よりも身体が大きく、必要なカロリー数も多いため、給食費は月額6,000円から7,000円程度と高額になる傾向があります。義務教育の後半で家計負担が復活する制度設計は、子育て支援の一貫性という観点から不完全と言わざるを得ません。
これは「小6までは無料だが、中1になった途端に月額6,000円近い負担が発生する」という新たな「負担の崖」が出現することを意味します。すでに教育関係者や各自治体議会からは「小中同時の無償化」を求める意見が出されており、2026年の実施開始直後から「中学校への拡大」が次の政治的争点となることが予想されます。
地産地消と食文化の維持
日本の学校給食は、単なる栄養補給ではなく、地域の食文化を継承する場でもあります。しかし、地元の新鮮な野菜や魚は大量生産された輸入食材よりも割高です。国が一律5,200円という「全国平均」の枠をはめたことで、コストのかかる地産地消の取り組みが後退する懸念があります。
自治体によっては、国の交付金(5,200円)とは別に独自の「地産地消推進予算」を組んで食材費を補填するなどの工夫が必要になるでしょう。この「上乗せ」ができるかどうかが、今後の給食の質を左右します。
アレルギー対応と多様性への配慮
無償化により全員が同じ給食を食べる機会が増える中で、食物アレルギー対応や宗教的配慮の重要性が増します。これまでは「弁当持参」で対応していた家庭も、無償化を機に給食利用を希望する可能性が高まります。
5,200円の予算内でアレルギー除去食や特別食をどこまで提供できるか、現場の調理体制の整備(専用調理場の確保など)も急務となります。
2026年度給食無償化の意義と展望
2026年度から始まる公立小学校給食費の無償化は、戦後の日本教育史における大きな転換点です。それは単に月額5,000円程度の家計補助というレベルを超え、日本社会が「子供の育ち」を社会全体の共通コストとして引き受ける姿勢を明確にしたことを意味します。
しかし、制度の詳細はまだ詰め切れていない部分もあります。特にインフレに対応できる予算配分システムの導入、中学校への早期拡大、そして給食の質を担保するための栄養教諭の権限強化や地産地消への加算措置など、対応すべき課題は山積しています。
韓国の事例が示すように、無償化はゴールではなくスタートです。「無料になったからこれで終わり」ではなく、「公費を使うからこそ、より安全で、より教育的効果の高い給食を」という社会からの監視と要求が、2026年以降の日本の給食の未来を決定づけることになるでしょう。
この政策が真に子どもたちのための施策となるためには、5,200円という数字の背後にある、子どもたちの食卓の豊かさを守り抜く継続的な取り組みが不可欠です。

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