麻辣湯ブームは終わりを迎えつつあります。2024年後半から2025年にかけて、衛生スキャンダルの多発や店舗の乱立による品質低下、さらには消費者の「飽き」が顕在化し、閉店する店舗が増加しています。かつて若年層を中心に熱狂的な支持を集めたこの料理は、ヘルシーさとSNS映えを武器に急成長を遂げましたが、現在は市場の淘汰が始まっており、質の低い店舗から順に姿を消していく局面に入りました。本記事では、麻辣湯ブーム終焉の兆候として挙げられる具体的な事例と、閉店増加の背景にある構造的な問題、そして今後の市場動向について詳しく解説します。

麻辣湯ブームとは何だったのか
麻辣湯とは、春雨と多種多様な野菜、そして漢方スパイスの効いたスープを組み合わせた中国発祥の料理です。2020年代初頭から日本の外食市場で急速に存在感を高め、特に20代から40代の女性を中心に支持を集めました。このブームの背景には、コロナ禍における健康志向の高まりと、Z世代を中心とした「推し活」や「SNS映え」の文化との相性の良さがありました。
麻辣湯が消費者の心をつかんだ最大の理由は、「ヘルシー×エンタメ」という価値提案にあります。従来のラーメンや担々麺が「高カロリー・高脂質・高塩分」という背徳感を伴う食事であったのに対し、麻辣湯は「春雨(低GI・グルテンフリー)」「大量の野菜摂取」「薬膳スパイスによる代謝アップ」という、罪悪感を払拭する強力な免罪符を持っていたのです。
さらに、ショーケースから好きな具材を自分でボウルに取り分ける「ビュッフェ形式(量り売り)」は、単なる食事を「選ぶ楽しさ」というエンターテインメントへと昇華させました。自分の体調や好みに合わせてカスタマイズできるこのシステムは、個性を重視するZ世代のニーズと合致し、完成したオリジナルの麻辣湯をSNSに投稿するという行動が爆発的に拡散したのです。
麻辣湯市場の急拡大と二極化の構造
麻辣湯市場の拡大に伴い、プレイヤーの顔ぶれは多様化しました。大きく分けると、日本人の味覚や商習慣に合わせてローカライズされた「日系ブランド」と、中国本国の味とスタイルをそのまま持ち込んだ「ガチ中華系ブランド」の2つの潮流が存在します。
前者の代表格である七宝麻辣湯(チーパオマーラータン)は、ブームのはるか以前、18年前から市場を開拓してきたパイオニアです。同ブランドは2024年から2025年にかけて店舗数を前年比約2.8倍から3.8倍へと急拡大させましたが、これはブームに乗じたというよりは、長年のファンベースと運営ノウハウの蓄積が、健康志向の高まりという外部環境の変化によって花開いた結果でした。
一方で、ブームの後半戦を主導したのは、中国本土で数千店舗を展開するような巨大チェーンの日本進出や、個人オーナーによる小規模な「ガチ中華」店舗の乱立です。これらの店舗は「本場の味」を売りにし、在日中国人コミュニティと日本人アーリーアダプターの両方を取り込むことで急成長を遂げました。しかし、この急速な拡大こそが、後の崩壊を招く構造的な要因を含んでいたのです。
麻辣湯ブーム終焉の決定的な兆候となった衛生スキャンダル
麻辣湯ブームの終焉を予感させる最も深刻な兆候は、消費者の信頼を根底から揺るがす「衛生スキャンダル」の多発でした。飲食店にとって衛生管理は生命線ですが、麻辣湯業界、特に一部の「ガチ中華」系チェーンにおいて発生した事案は、その信頼を修復不可能なレベルまで毀損するインパクトを持っていました。
2025年7月の「厨房の床で牛骨叩き割り」動画事件は、麻辣湯ブームに決定的な冷や水を浴びせました。名古屋市内の人気麻辣湯チェーン「楊國福(ヨウゴクフク)」の店舗において、従業員が厨房の床に直接牛骨を置き、ハンマーで叩き割っている様子がSNS上で拡散されたのです。
この映像が消費者に与えた心理的嫌悪感は計り知れないものでした。「まさか、その骨をスープに入れているのではないか」という疑念は、瞬く間に確信に近い恐怖へと変わりました。スープ料理において出汁は味の根幹であり、その抽出プロセスが不衛生であることは、商品の全否定に等しいと多くの消費者が感じたのです。
さらに問題視されたのは、運営側の事後対応でした。当該店舗のオーナーは取材に対し、「当日は料理長がいなかった」と弁明しました。この発言は、店舗運営におけるガバナンス(統治)の欠如を自ら露呈するものでした。責任者が不在であれば衛生基準が守られないという組織体制は、フランチャイズビジネスとして致命的な欠陥です。たとえ廃棄予定の骨であったとしても、客席から見える場所で床を使って作業を行うこと自体、衛生観念の著しい欠如を示しており、ブランド全体のイメージダウンは避けられない事態となりました。
2024年11月には同チェーンの銀座店において、さらに直接的な異物混入疑惑が持ち上がりました。TikTokに投稿された「麻辣湯に幼虫が混入していた」とする動画が拡散されたのです。
この件における運営会社の初期対応は、現代のクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)の観点から見て問題がありました。運営側は防犯カメラの映像を確認した上で、「客は完食して退店しており、その場で苦情の申し立てはなかった」と主張し、警察や弁護士への相談を公言するなど、告発者に対して対決姿勢を鮮明にしたのです。
食品衛生に関する疑惑において、消費者の不安を置き去りにしたまま法的な対抗措置を前面に出すことは、「隠蔽体質」や「逆ギレ」というネガティブな印象を増幅させるリスクを孕んでいます。結果として、保健所の立ち入り検査が行われ、衛生管理の強化を約束する声明が出されましたが、一連の騒動は「麻辣湯=虫が入っているかもしれない」「運営側の態度が高圧的」というレッテルを一般層に深く刻み込むこととなりました。
「ガチ中華」への潜在的不安が顕在化した背景
これらの事件は、単なる個別の不祥事にとどまらず、「ガチ中華」というジャンル全体に対する消費者の意識を変容させました。これまで「本場のワイルドな雰囲気」としてポジティブに捉えられていた要素が、「日本の衛生基準を満たしていないリスク」としてネガティブに再解釈され始めたのです。
特に、麻辣湯の主要ターゲットである女性層は、衛生面に対して非常に敏感です。どれほど味が良くても、どれほどダイエットに良くても、「不潔かもしれない」という疑念が一度生じれば、客足は途絶えます。SNSでの拡散スピードが速い現代において、視覚的なショック(床での作業、虫の映像)を伴うスキャンダルは、ブランドの寿命を劇的に縮めるトリガーとなるのです。
麻辣湯ビジネスの構造的脆弱性と閉店増加のメカニズム
衛生問題が「引き金」だとすれば、麻辣湯ブームの終わりを決定づける「火薬」は、そのビジネスモデル自体に内在する構造的な脆弱性です。
参入障壁の低さが招く「悪貨の駆逐」現象は、閉店増加の根本的な原因となっています。麻辣湯専門店は、ラーメン店や寿司店と比較して、極めて参入障壁が低いビジネスモデルです。基本的には、セントラルキッチンや輸入業者から仕入れたスープの素(ペースト)をお湯で割り、冷凍や乾燥の具材を陳列し、客が選んだものを茹でるだけです。高度な調理技術を持つ職人が不要であり、初期投資も比較的抑えられます。
この「手軽さ」は、ブーム初期には急速な店舗拡大を可能にするエンジンとなりましたが、市場が成熟期に入ると「質の低い模倣店」の乱立を招く要因となりました。差別化が難しい商材であるため、後発の参入者は価格競争や奇をてらったメニュー開発に走らざるを得ません。しかし、本質的なQSC(品質・サービス・清潔さ)がおろそかになった店舗が増えることで、消費者は「どこの店に行っても大差ない」あるいは「最近、麻辣湯の質が落ちた」と感じるようになり、カテゴリー全体の魅力が減退していきました。経済学で言う「悪貨が良貨を駆逐する」現象が、麻辣湯市場で進行しているのです。
人的リソースの枯渇と管理不能なフランチャイズシステムも深刻な問題です。前述の「料理長不在」という発言は、飲食業界全体、特に急速に拡大した外国人オーナー系チェーンが直面している深刻な人手不足とマネジメント不全を象徴しています。
特に、言語や文化の壁がある外国人労働者が主戦力となる場合、日本の厳格な衛生基準(HACCPに準拠した管理など)や、日本独自のおもてなし文化(接客マナー)を教育し、徹底させるためのコストは極めて高くなります。急速なフランチャイズ展開を行った本部は、加盟店に対する指導や監査(スーパーバイジング)が追いつかず、現場は無法地帯化します。オーナーは利益を確保するために人件費を削り、教育不十分なスタッフのみでオペレーションを回そうとします。その結果が、「床での作業」や「異物混入」といった事故の発生です。これは偶発的なミスではなく、無理な拡大路線が招いた必然的な帰結と言えます。
コスト構造の悪化も閉店増加に拍車をかけています。麻辣湯の主要食材であるスパイス、春雨、羊肉などは輸入品が多く、歴史的な円安の影響をダイレクトに受けます。一方で、店舗は若者が集まる渋谷、新宿、池袋といった一等地に出店する必要があり、家賃負担は重くのしかかります。
さらに、麻辣湯の「量り売り」システムは、客単価の予測が難しいという側面を持っています。具材を多く取れば2,000円を超えることもあり、ランチとしては高額になります。消費者の財布の紐が固くなる中で、「予想外に高くなるリスク」がある食事は敬遠されやすくなっています。原材料費と家賃の高騰を価格に転嫁すれば客離れを招き、転嫁しなければ利益が出ないというジレンマに、多くの店舗が陥っているのです。
過去のブーム崩壊事例から学ぶ麻辣湯の行方
麻辣湯ブームの現状を客観的に評価するために、過去に日本市場を席巻し、その後急速に縮小した「タピオカ」「高級食パン」「唐揚げ」の事例との比較が有効です。
高級食パン専門店との比較では、「ハレ」から「ケ」への移行失敗という共通点が見えてきます。高級食パンブームの終焉は、それが「日常食(ケ)」として定着できなかったことに起因しています。当初は「自分へのご褒美」や「贈答品(ハレ)」として消費されましたが、日常的に食べるパンとして一斤800円から1000円は高すぎました。また、コンビニやスーパーが安価で高品質な代替品(PB商品)を開発したことで、わざわざ専門店に行く理由が失われました。
麻辣湯もこの轍を踏む可能性があります。一杯1500円前後の価格帯は、毎日のランチとしては「ハレ」の部類に入ります。七宝麻辣湯のように「健康管理のための日常食」としてブランディングに成功している例もありますが、多くの店舗にとっては、ブームが去った後の「日常使いの客」をどう繋ぎ止めるかが死活問題となっています。コンビニ各社が「麻辣湯風春雨スープ」の商品開発を強化し、手軽に数百円で類似の味が楽しめるようになれば、専門店の優位性は「具材の多様性」のみに絞られ、来店頻度は激減するでしょう。
唐揚げ専門店との比較では、家庭料理への回帰と原価高騰という問題が浮かび上がります。唐揚げ専門店の閉店ラッシュは、コロナ禍の中食特需の終了と、鶏肉価格の高騰が主な原因でした。家庭で簡単に作れる料理であることも、専門店の価値を維持する障壁となりました。
麻辣湯は、家庭で作るにはスパイスの調合が難しく、専門店の優位性は比較的高いと思われていました。しかし、近年ではKALDIや業務スーパーなどで「麻辣湯の素」や「火鍋の素」が容易に入手できるようになり、家庭での再現性が高まっています。また、デリバリー利用が定着したとはいえ、送料込みで2000円を超える出費は、物価高の現状では敬遠されがちです。「わざわざ店に行く」「わざわざ高く払う」だけの圧倒的な体験価値を提供できない店舗から順に、唐揚げ店と同じ運命を辿ることになります。
タピオカブームとの比較では、ファッション性と飽きという側面が共通しています。タピオカブームは、その「ファッション性」と「SNS映え」が原動力でしたが、それゆえに飽きられるスピードも速かったのです。麻辣湯もまた、Z世代にとっては「推し活」や「映え」の対象として消費されている側面が強くあります。
ブームのサイクルとして、SNSでの露出がピークアウトし、「まだ麻辣湯食べてるの?」という空気が醸成され始めると、客足は一気に引きます。特に、次なるトレンド(アサイーボウル、グリークヨーグルト、新たな韓国スイーツなど)が出現した場合、若年層の回遊性は非常に高く、麻辣湯は瞬く間に「過去の流行」へと追いやられるリスクがあります。
閉店が増加している店舗に見られる共通の兆候
麻辣湯ブームが終わりに近づく中、近い将来閉店する可能性が高い店舗には共通の兆候が見られます。
QSC(品質・サービス・清潔さ)の著しい低下は、マネジメント崩壊の初期症状です。店内が不潔である(床がベタつく、テーブルが拭かれていない)、トングやボウルが汚れている、具材の補充が遅い、野菜の鮮度が悪い(しなびている)といった状態が見られる店舗は、経営が危機的状況にある可能性が高いと考えられます。
極端な値引きキャンペーンの乱発も危険なサインです。新規客を獲得しようと、採算度外視の割引やクーポン配布を頻繁に行っている店舗は、キャッシュフローが悪化している証拠であり、自転車操業に陥っている可能性があります。
レビュー欄の荒れも注目すべきポイントです。Googleマップや食べログ、SNSの口コミにおいて、「味が変わった」「店員の態度が悪い」「虫がいた」といったネガティブな投稿が急増し、それに対する店側の返信がない、あるいは定型文のみである場合、店舗運営に問題が生じていることを示唆しています。
テナント募集情報の出現も見逃せない兆候です。居抜き物件サイトなどに、明らかに麻辣湯店と思われる内装の物件情報が出回り始めている場合、その地域では既に閉店の波が始まっている可能性があります。
生き残るブランドと淘汰されるブランドの条件
今後、麻辣湯市場は「全滅」するのではなく、「適正規模への縮小」と「質の選別」が進むと予測されます。
生き残る「勝ち組」の条件としては、まず七宝麻辣湯モデルが挙げられます。日本人の衛生観念に適合し、徹底した管理体制を敷いているブランドは、ブーム後も安定した経営を続けられる可能性が高いです。
付加価値追求型の店舗も生き残りが期待されます。単なる「辛いスープ」ではなく、「薬膳」「美肌」「腸活」といった健康価値を明確に言語化し、機能性食品としてのポジションを確立した店舗は、差別化に成功しています。
コミュニティ密着型の店舗も強みを持っています。SNSのバズりに頼らず、地域住民や近隣オフィスワーカーをリピーターとして囲い込んでいる店舗は、ブームに左右されにくい安定した顧客基盤を持っています。
淘汰される「負け組」の条件としては、まず流行便乗型が挙げられます。ブームを見て安易に参入した、コンセプトの薄い店舗は、ブーム終焉とともに存在意義を失います。
衛生意識欠如型の店舗も淘汰は避けられません。「本場のやり方」を言い訳に、日本の衛生基準を軽視する店舗は、一度スキャンダルが発生すれば致命傷となります。
高コスト体質型の店舗も厳しい状況に置かれています。一等地の家賃と原材料費の高騰を吸収できず、価格転嫁もできずに収益性が悪化した店舗は、早晩経営が立ち行かなくなります。
麻辣湯は「定番」として定着するのか
麻辣湯ブームは、間違いなく一つの曲がり角を迎えています。2024年から2025年にかけて発生した衛生スキャンダルは、消費者の無邪気な熱狂を冷めさせ、厳しい選別の目を向けさせる契機となりました。SNS映えや目新しさだけで集客できた「ボーナスタイム」は終了し、これからは味、衛生、サービス、価格のバランスという、飲食店としての本質的な実力が問われる「冬の時代」に突入しています。
しかし、これは必ずしもネガティブなだけの現象ではありません。過去のラーメンブームやカレーブームがそうであったように、ブームの沈静化と質の低い店舗の淘汰は、その料理ジャンルが日本の食文化として定着するための通過儀礼でもあります。一過性の流行として消費されることを拒み、真摯に品質と向き合う店舗だけが生き残ることで、麻辣湯は「ブーム」から「定番」へと進化する可能性を秘めています。
麻辣湯という料理が持つ本質的な魅力、すなわちヘルシーさ、カスタマイズ性、スパイスの奥深さは、ブームが去った後も色褪せるものではありません。問題は、その魅力を正しく伝え、安心・安全な形で提供できる店舗がどれだけ残るかということです。消費者としては、単に「流行っているから」という理由ではなく、衛生管理や接客の質、長年の実績などを総合的に判断して店舗を選ぶことが、自分自身を守ることにも、良質な店舗を支えることにもつながります。
麻辣湯ブームの終焉は、「本物」だけが生き残る時代の入り口でもあるのです。


コメント