2027年4月から、銀行窓口での本人確認にマイナンバーカードのICチップ読み取りが義務化されます。これは改正犯罪収益移転防止法(犯収法)の施行に伴うもので、従来の運転免許証や健康保険証を目視確認してコピーを取るという方法は、原則として認められなくなります。この制度変更により、銀行で口座開設や各種手続きを行う際には、マイナンバーカードを持参し、暗証番号(PIN)を入力してICチップの情報を読み取らせることが必要となります。
この記事では、2027年4月に施行される銀行窓口での本人確認義務化について、その背景から具体的な手続きの変化、そして今から準備しておくべきことまで詳しく解説します。なぜマイナンバーカードへの一本化が進められているのか、従来の本人確認方法では何が問題だったのか、そして銀行窓口でどのような新しい手続きが求められるようになるのかを理解することで、2027年の「銀行窓口ショック」を避けるための備えができるようになります。

なぜ銀行窓口の本人確認方法が変わるのか
日本の金融システムにおける本人確認の実務は、長年にわたり「目視」と「記録の保管」によって支えられてきました。銀行窓口において顧客が提示する運転免許証や健康保険証を行員が手に取り、顔写真と目の前の顧客を見比べ、その券面をコピー機で複写して保管するという一連のプロセスは、数十年間にわたり疑う余地のない標準的な業務フローとして定着していました。
しかし、近年の犯罪手口の高度化により、このアナログな本人確認方法では対応しきれない状況が生まれています。特殊詐欺やマネーロンダリングの手口は精巧を極めており、身分証の偽造技術は「スーパーコピー」と呼ばれるレベルに達しています。従来の印刷技術による券面の確認では、肉眼はおろか、一般的な拡大鏡を用いたとしても真贋の判定が困難な事例が増加しているのです。
このような背景から、政府は物理的な券面の「見た目」ではなく、電子的に暗号化され改ざんが事実上不可能とされるICチップ内部の情報を読み取る手法への移行を決定しました。これは単なる事務の効率化ではなく、国家の治安維持と国際的な金融システムの信頼性を担保するための防衛策としての側面が強いものです。2027年4月の義務化は、日本の本人確認制度が「性善説に基づく目視確認」から「暗号技術に基づくゼロトラスト認証」へと完全に移行する歴史的な転換点と位置づけられます。
2027年4月改正犯収法の具体的な内容
対面取引におけるICチップ読み取りの義務化とは
2027年4月1日に施行される改正犯収法およびその施行規則における最大の変更点は、本人確認手法の厳格化です。これまでの実務で認められていた手法の多くが廃止、あるいは極めて限定的な例外扱いへと格下げされます。
銀行窓口等の対面取引においては、劇的な変化が生じます。従来、対面取引においては「本人確認書類の提示を受ける」ことが法の要件でしたが、改正後は「提示に加え、ICチップ情報の読み取りを行う」ことが義務付けられます。これは、単に行員が免許証を見て確認するだけでは不十分であり、専用のカードリーダー端末を用いて、ICチップに格納された氏名、住所、生年月日、顔写真等のデータを読み出し、その真正性を確認しなければならないことを意味します。
非対面取引(オンライン)における「ホ方式」の廃止
非対面でのオンライン口座開設等において、現在主流となっているのが「ホ方式」と呼ばれる手法です。これは、顧客がスマートフォンで運転免許証などの本人確認書類を撮影し、さらに自身の容貌(セルフィー)を撮影して送信するものです。利便性が高く広く普及していますが、この手法は2027年4月をもって原則廃止されます。画像データはAI技術、特にディープフェイク等の発達により偽造が容易になっており、セキュリティリスクが高いと判断されたためです。
公的個人認証サービス(JPKI)への一本化
法改正に伴い、推奨される本人確認手法は、マイナンバーカードのICチップに搭載された電子証明書を利用する「公的個人認証サービス(JPKI)」に一本化されます。現行法上の分類における「ワ方式」は、2027年4月以降、新たな法体系の中で整理され「ヲ方式」等への名称変更が予定されており、これが唯一の標準的な手法となる見込みです。
JPKIを利用することで、銀行は地方公共団体情報システム機構(J-LIS)のデータベースと連携し、提示されたカードが有効であるか、失効していないかをリアルタイムで確認できます。これにより、偽造カードによるなりすましや、死亡・転出により無効となったカードの不正利用を水際で阻止することが可能となります。
2027年4月義務化に向けた施行スケジュール
デジタル庁および警察庁、金融庁の発表によれば、この義務化に向けたスケジュールは段階的に進行します。
2026年度までの期間は、銀行および関連事業者におけるシステム改修、カードリーダーの配備、行員へのオペレーション教育の実施期間として位置づけられています。2026年中には次期マイナンバーカード(新暗号アルゴリズム対応)の発行開始が予定されています。そして2027年4月1日に改正犯収法が完全施行され、これ以降、旧来の手法である目視確認のみや画像送信のみでの本人確認は法的効力を失います。
銀行窓口での手続きはどう変わるのか
「コピーをとる」業務の消滅
これまで銀行の窓口業務といえば、顧客から預かった免許証をバックヤードの複合機でコピーし、そのコピー用紙に「原本確認済」のスタンプを押し、稟議書と共に保管するという作業が日常風景でした。しかし、2027年以降、このプロセスは根本から変わります。
改正法下では、本人確認の証跡(エビデンス)として保存すべきは「紙のコピー」ではなく、「ICチップから読み取った電子データ」および「確認日時や検証結果のログ」となります。これにより、銀行店舗からは物理的な紙の保管コストが大幅に削減される一方、高度なセキュリティ対策が施されたデジタルデータの保管サーバーへの投資が必要となります。
新しい窓口での手続きフロー
2027年4月以降、銀行窓口に来店した顧客は、新しい手続きフローを経験することになります。
まず、顧客はカウンターに設置されたカードリーダーに、自身のマイナンバーカード(またはIC付き運転免許証)をセットします。次に、手元のピンパッド(暗証番号入力端末)またはタブレット画面上で暗証番号を入力します。マイナンバーカードの場合は「利用者証明用電子証明書」の4桁の数字、または「券面事項入力補助用」の4桁の数字が求められます。
その後、銀行のシステムがICチップにアクセスし、電子証明書の有効性を確認すると同時に、基本4情報である氏名・住所・生年月日・性別と顔写真データを読み出します。システムが読み出した真正な顔写真データと、窓口のタブレットカメラで撮影したその場の顧客の顔、あるいは行員が目視する目の前の顧客を照合し、同一人物であることを確認します。
認証が成功すれば、氏名や住所などの情報が自動的に申込書フォームに入力され、手書きの手間が省かれます。これはいわゆるカメカメ入力の自動化と呼ばれるものです。
銀行員の役割はどう変化するか
この変化により、行員に求められるスキルも変容します。これまでは「偽造を見抜く目利き」や「正確なコピー作業」が求められましたが、今後は「デジタル機器の操作サポート」や「暗証番号を忘れた顧客への対応」が主業務となります。特に、高齢者などがPIN入力でつまづいた際に、適切に役所の窓口へ案内したり、冷静に事情を説明したりするコミュニケーション能力が、これまで以上に重要となります。
ICチップによる本人確認が安全な理由
公的個人認証(JPKI)の技術的な仕組み
なぜICチップ読み取りが安全なのか、その技術的裏付けを理解することは重要です。マイナンバーカードのICチップ内には、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が発行した電子証明書が格納されています。これは公開鍵暗号基盤(PKI)技術に基づいており、銀行の端末がICチップにアクセスすると、チップ内部の秘密鍵を用いて「署名」データが生成されます。
銀行側はこの署名を、対応する公開鍵を用いて検証します。もしチップが偽造されたものであれば、正しい秘密鍵を持っていないため、検証は失敗します。この秘密鍵はICチップの耐タンパ領域(外部から読み出し不可能な領域)に厳重に保管されており、物理的に破壊しても取り出すことは不可能とされています。したがって、検証に成功したということは、そのカードが正規に発行された「本物」であることが数学的に証明されたことになります。
券面事項入力補助アプリケーションの活用
銀行実務では、JPKIだけでなく「券面事項入力補助アプリケーション(AP)」も多用されます。これは、マイナンバーカードの表面に記載されている氏名、住所、生年月日、性別の4情報を、4桁の暗証番号を入力することでテキストデータとして読み出せる機能です。2027年の義務化においては、このアプリケーションを利用して顧客情報をシステムに自動連携させることで、入力ミス(誤記)を根絶し、かつ本人確認の厳格化を同時に達成する運用が標準化されると考えられます。
運転免許証のICチップとマイナンバーカードの違い
義務化の対象には運転免許証のICチップも含まれます。運転免許証の場合、2組の4桁の暗証番号(暗証番号1、暗証番号2)が設定されています。暗証番号1を入力すると本籍地以外の情報が、暗証番号2を入力すると本籍地情報と顔写真が読み出せる仕様となっています。
しかし、マイナンバーカードに比べて運転免許証の暗証番号を記憶している国民は極めて少なく、実務上は「暗証番号がわからない」というトラブルが頻発することが予想されます。そのため、政府はマイナンバーカードへの一本化を強く推進している側面があります。
2026年問題:次期マイナンバーカード導入による課題
次期マイナンバーカードの仕様変更
2027年の義務化を前に、銀行システム担当者を悩ませているのが、2026年に予定されている「次期マイナンバーカード」の導入です。2026年から発行される次期マイナンバーカードでは、セキュリティ強度を高めるために、搭載される暗号アルゴリズムが刷新される予定です。また、券面からは性別表記が削除され、氏名にフリガナが追加されるなどのレイアウト変更も行われます。さらに、電子証明書の有効期限が従来の5年から、カード自体の有効期限と同じ10年(未成年者は5年)に延長される等の利便性向上も図られます。
新旧カード混在期間への対応
銀行にとって深刻なのは、2026年以降、窓口には「現行のカード(旧暗号)」と「次期カード(新暗号)」の両方が持ち込まれるという点です。現行カードは有効期限が切れるまで使用可能であるため、最大で10年近く、新旧の仕様が混在する期間が続くことになります。
銀行のカードリーダーおよび検証システムは、挿入されたカードがどちらのタイプかを瞬時に判別し、それぞれの暗号アルゴリズムに対応した処理を行わなければなりません。これには、専用ライブラリの更新や、場合によってはハードウェア(カードリーダー)の買い替えが必要となる可能性があり、2027年の義務化対応と合わせて、金融機関には多大なIT投資負担がのしかかります。
磁気ストライプの継続とキャッシュカード一体化の可能性
次期マイナンバーカードにおいても、裏面の磁気ストライプは継続して搭載される見込みです。これは、一部の自治体サービスや、将来的な銀行キャッシュカードとしての利用(ワンカード化)を見据えた措置です。しかし、セキュリティの観点からは磁気ストライプは脆弱であり、あくまで過渡期のレガシー対応として残されるものです。
暗証番号(PIN)をめぐる実務上の課題
「暗証番号忘れ」という最大のボトルネック
2027年の義務化がスムーズに進むかどうかの最大の鍵は、「暗証番号」にあります。現状のマイナンバーカード普及率は高いものの、その多くはポイント目的などで取得されており、設定した4桁の暗証番号を正確に記憶している利用者は必ずしも多くありません。
銀行窓口で「暗証番号を入力してください」と求めた際、「忘れた」「紙を家に置いてきた」という回答が返ってくるケースは非常に多いと予想されます。さらに、3回連続で入力を間違えるとICチップにロックがかかり、一切の利用ができなくなります。銀行窓口ではロックの解除ができないため、行員は「市役所に行ってロック解除の手続きをしてから、また来てください」と案内せざるを得ません。これは顧客にとって極めて不便であり、窓口でのクレームやトラブルの温床となることは避けられません。
ICチップ読み取りができない場合の代替措置
すべての顧客が有効なICチップ付きカードを持っているわけではありません。ICチップが破損していたり、磁気不良を起こしていたりする場合もあります。また、高齢者の中にはマイナンバーカードの取得を拒否する層も存在します。
改正法では、こうした「ICチップ読み取りができない場合」の代替措置(フォールバック)についても規定していますが、その内容は従来よりも格段に厳格です。具体的には、「本人確認書類の原本の提示」に加え、「顧客の住居宛に転送不要郵便を送付し、その到達を確認する」といった手法や、「住民票の写しの原本を送付させる」といった手法が検討されています。
つまり、ICチップを使わない場合、即日での口座開設は不可能となり、郵便のやり取りを含めた数日間のリードタイムが発生することになります。これは、事実上「ICチップがなければまともな金融サービスを受けられない」状況を作り出すものであり、マイナンバーカード利用への強力な誘導策となっています。
顔認証マイナンバーカードの扱い
認知症の高齢者など、暗証番号の管理が困難な人向けに導入された「顔認証マイナンバーカード」は、暗証番号の設定が不要な代わりに、暗証番号を用いるサービスの利用が制限されています。
銀行窓口での本人確認において、このカードがどのように扱われるかは重要な論点です。暗証番号入力による「券面事項入力補助アプリケーション」の利用はできないため、銀行側は「機器による顔認証(ICチップ内の顔写真データとカメラ画像の照合)」を行うことで、暗証番号なしでの本人確認を完結させるシステムを構築する必要があります。もし銀行のシステムが「暗証番号入力必須」の仕様であれば、顔認証マイナンバーカード利用者は窓口取引ができなくなるリスクがあります。
マイナンバーカード義務化に対する反対意見と社会的課題
日本弁護士連合会(日弁連)等の反対姿勢
このドラスティックな制度変更に対しては、法曹界や市民団体から強い懸念の声が上がっています。日弁連は、マイナンバーカードへの一本化や健康保険証の廃止、そして銀行口座との紐付け義務化に対して、一貫して反対の立場を表明しています。
彼らの主張の根幹は、「プライバシー権の侵害」と「自己情報コントロール権の喪失」にあります。国家があらゆる個人情報をマイナンバーを通じて一元管理することへの警戒感、そして情報漏洩時のリスクの甚大さが指摘されています。また、マイナンバーカードの取得は法律上「任意」とされているにもかかわらず、生活に不可欠な銀行口座の開設において事実上の必須アイテムとすることは、実質的な強制(義務化)にあたり、法の趣旨に反するという批判も根強く存在します。
デジタル弱者の排除リスク
高齢者や障害者、あるいは何らかの事情でカードを取得できない人々が、金融サービスから排除される懸念もあります。特に、ICチップ読み取りができない場合の代替措置が「転送不要郵便の送付」などの手間のかかるものに限定されれば、ITリテラシーの低い層や移動困難者にとって、口座開設のハードルは著しく高くなります。これは「誰一人取り残さないデジタル社会」という政府の標語とは裏腹に、新たな格差を生む可能性があります。
金融機関現場の負担増
全国銀行協会などの業界団体は、マネーロンダリング対策の重要性は理解しつつも、現場の負担増について懸念を表明しています。システム改修コストはもちろんのこと、窓口で顧客に「なぜ免許証のコピーではだめなのか」「なぜ暗証番号が必要なのか」を説明し、納得してもらうためのコスト(感情労働の負荷)は計り知れません。特に地方銀行や信用金庫など、高齢者の利用客が多い金融機関において、その影響は甚大であると予想されます。
2027年4月に向けて今から準備しておくべきこと
マイナンバーカードの暗証番号を確認する
2027年の「銀行窓口ショック」を避けるために、一般消費者が今からできることがあります。第一に、自身のマイナンバーカードの「暗証番号」を確認することです。もし忘れているなら、今のうちに役所で再設定を行っておくべきです。暗証番号を3回間違えるとロックがかかり、役所での手続きが必要になるため、事前の確認が重要です。
カードの有効期限と電子証明書の期限を確認する
第二に、マイナンバーカードが手元にあるか、有効期限が切れていないかを確認することです。特に電子証明書の有効期限はカード券面に印字されていない場合も多く(手書き欄があるのみ)、知らぬ間に失効しているケースがあります。電子証明書が失効していると、ICチップによる本人確認ができなくなるため、注意が必要です。
家族、特に高齢の親族のカード状況を把握する
第三に、家族、特に高齢の親族のカード状況を把握することです。いざ相続や預金管理で銀行窓口を訪れた際に、暗証番号がわからず立ち往生する事態は避けなければなりません。高齢の家族がマイナンバーカードを持っているか、暗証番号を覚えているか、電子証明書の有効期限は切れていないかなど、今のうちに確認しておくことをお勧めします。
まとめ:デジタル認証時代への備え
2027年4月の改正犯収法施行は、日本の金融実務において「アナログ認証の終焉」を告げるものです。偽造身分証による犯罪被害を防ぐという大義名分の下、ICチップによる暗号学的認証は絶対的なスタンダードとなります。もはや「顔なじみだから」「免許証のコピーがあるから」という理由は通用しません。
この変化は、セキュリティの向上という明確なメリットをもたらす一方で、利便性の一時的な低下や、デジタル化についていけない層への摩擦というコストを社会全体に要求します。来るべき2027年、銀行窓口は単なる手続きの場から、高度なデジタルID認証の最前線へと姿を変えます。その変化の本質を理解し、準備を整えておくことこそが、デジタル社会を生き抜くための賢明な防衛策となるでしょう。

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