第2次カレーショックとは、2024年から2025年にかけて発生した、スパイス価格の高騰やコメ不足などの複合的要因によるカレーライスの急激な値上がり現象です。帝国データバンクが算出する「カレーライス物価指数」は2025年10月時点で1食あたり451円という過去最高値を記録し、前年同月比で約21.6%もの上昇となりました。この記事では、第2次カレーショックの原因となったスパイス価格高騰のメカニズム、国内のコメ・野菜事情、そしてカレー業界への影響について詳しく解説します。かつて「節約料理」の代名詞だったカレーライスが、なぜここまで値上がりしたのか、その構造的な背景を理解することで、私たちの食生活がどのような変化を迎えているのかが見えてきます。

第2次カレーショックとは何か
第2次カレーショックとは、日本の国民食であるカレーライスが、2024年から2025年にかけて歴史的な価格高騰に見舞われた現象を指します。この名称は、2022年から2023年にかけて起きた「第1次カレーショック」に続く、より深刻な価格上昇局面として専門家やメディアによって定義されました。
第1次カレーショックは、主にロシアによるウクライナ侵攻に端を発するエネルギー価格の高騰、油脂類の値上がり、そして急速な円安進行が主な原因でした。一方、現在進行している第2次カレーショックは、より複合的で構造的な問題を抱えています。気候変動による世界的なスパイス供給網の寸断、国内農業の衰退と異常気象が招いた「令和のコメ騒動」、そして長引く円安による輸入購買力の低下という、三重苦から四重苦が同時に押し寄せているのです。
帝国データバンクが独自に試算する「カレーライス物価指数」は、カレーライス一食分の調理コストを示す重要な指標です。ライス、カレールー、肉、野菜、油、光熱費を含めた総合的なコストを算出しており、家計への負担を可視化する上で極めて有用なデータとなっています。この指数は、2020年の平均を100とした場合、2025年10月には160台を突破する水準に達しました。金額ベースで見ると、2024年以前は300円台で推移していたものが、2024年度平均で365円、2025年3月には421円、そして同年10月には451円へと右肩上がりの急カーブを描いています。
特に注目すべきは、その上昇スピードです。2024年10月の価格371円と比較すると、わずか1年で80円もの値上がりを記録しています。これは約21.6%の上昇率であり、一般的な消費者物価指数の上昇率を遥かに上回る異常事態といえます。この数字は、カレーという料理がもはやかつてのような「節約料理」としての機能を失いつつあることを如実に物語っています。
コスト構造の内訳を見ると、全ての要素が値上がりしていますが、その寄与度は時期によって異なります。2023年までは、ルーの原料となる油脂や小麦粉、輸入肉の価格上昇が主導していました。しかし、2024年以降は「コメ」と「野菜」、そして「スパイス」の高騰が決定的な押し上げ要因となっています。2025年に入ってからは、一度落ち着くかに見えた価格が再び上昇に転じました。これは、新米価格の高止まりに加え、秋以降の天候不順による野菜価格の急騰、そして業務用カレールーの相次ぐ値上げが反映された結果です。
スパイス価格高騰の原因と世界的な供給危機
第2次カレーショックにおいて、最も複雑かつ深刻な要因がスパイス価格の高騰です。カレーの味と香りの根幹を成すスパイスは、その多くが熱帯・亜熱帯地域で生産されており、気候変動の最前線にさらされています。
クミンの価格高騰とインド・中国の生産事情
カレー特有の香ばしい香りを生み出すクミンは、近年のスパイス市場で最も劇的な価格変動を見せました。インドでは現地名で「Jeera」と呼ばれるこのスパイスは、世界最大の生産国であるインドにおいて深刻な供給危機に直面しています。
インドの主要産地であるグジャラート州とラジャスタン州は、2023年から2024年にかけて深刻な天候不順に見舞われました。クミンは非常に繊細な作物であり、収穫直前の雨や湿度は品質を劣化させ、収量を激減させます。2023年の雨期における雨量不足、それに続く収穫期の不規則な降雨は、クミンの生産に大打撃を与えました。これにより、インド国内のクミン先物価格は一時、100kgあたり6万ルピーを超える史上最高値を記録し、市場はパニック的な様相を呈しました。
さらに市場を複雑化させたのが中国の動向です。従来、中国はクミンの輸入国でしたが、近年は新疆ウイグル自治区などでの生産拡大により、輸出国としての存在感を高めていました。2022年頃には、インドの不作を補う形で中国産クミンが市場に供給され、価格抑制の一因となっていました。しかし、2024年から2025年にかけて状況は一変します。中国国内でも不作が発生し、中国が再び輸入が輸出を上回る「ネット輸入国」へと転じたのです。中国のバイヤーがインド市場で大量の買い付けを行ったことで、インド国内の需給が逼迫し、国際価格が高止まりする結果を招きました。
2025年後半にかけては、インドでの作付面積減少や在庫の低水準が懸念されており、クミン価格は依然として不安定な状況が続いています。先物市場では投機的な動きも見られ、価格変動リスクは常態化しています。
ターメリックの供給不足と熱波・干ばつの影響
カレーの美しい黄色を作り出すターメリック(ウコン)もまた、気候変動の犠牲となっています。インドは世界のターメリック貿易の6割以上を占める圧倒的なシェアを持っていますが、その供給基盤が揺らいでいます。
2024年、インド南部の主要産地であるテランガナ州やアーンドラ・プラデーシュ州、マハラシュトラ州を襲ったのは、記録的な熱波と少雨でした。特にエルニーニョ現象の影響下でのモンスーンの不規則化は、作付けの遅れと生育不良を引き起こしました。ターメリックは生育期間が長く、水分を必要とする作物ですが、灌漑用水の不足と高温障害により、2023-2024年シーズンの生産量は前年比で大幅に減少しました。特にテランガナ州やアーンドラ・プラデーシュ州では、作付面積自体が20〜30%以上減少したとのデータもあります。
この供給減を受けて、インド国内のターメリック先物価格は2024年5月に100kgあたり20,430ルピーという過去最高値を記録しました。その後、一時的な調整局面はあったものの、低い在庫水準が相場を下支えしており、価格は高値圏で推移しています。日本のカレーメーカーにとっては、原材料コストのベースアップが避けられない状況です。
ブラックペッパーの構造的供給不足とベトナムの作目転換
カレーの辛味と風味を引き締めるブラックペッパー(黒胡椒)の価格高騰は、農業の構造変化に起因しています。世界最大のブラックペッパー生産国であるベトナムでは、農家の「胡椒離れ」が加速しています。長らく続いた胡椒価格の低迷により、多くの農家がより収益性の高いドリアンやコーヒー栽培へと転作しました。一度伐採された胡椒の木が再び収穫可能になるまでには数年を要するため、これは短期的な変動ではなく、構造的な供給能力の低下を意味します。
これまでは、過去の豊作時に積み上がった在庫が市場価格の調整弁となっていましたが、2024年時点でベトナムの在庫はほぼ底をついたと見られています。需給バランスが完全に「売り手市場」へと転換した結果、2024年の輸出価格は前年比で約50%上昇し、1トンあたり5,000〜6,000ドルを超える水準まで急騰しました。さらに、インドネシアやブラジルといった他の生産国でも天候不順による減産が報告されており、世界的な供給不足感が強まっています。専門家は、胡椒価格が今後10年にわたる長期的な上昇サイクルに入った可能性を指摘しており、「黒い金」と呼ばれた時代の再来が現実味を帯びています。
その他のスパイスと円安によるダブルパンチ
「スパイスの女王」と呼ばれるカルダモンや、コリアンダー、唐辛子といった脇を固めるスパイス群も、同様に産地の天候不順や政情不安の影響を受けています。グアテマラ産のカルダモンは、干ばつによる減産リスクに常に晒されています。そして、これら全ての輸入スパイスに重くのしかかるのが「円安」です。国際相場の高騰、つまりドル建て価格の上昇に、円安による為替コストの増加が加わることで、日本国内の調達価格は指数関数的に上昇しています。これは、企業のコスト削減努力では吸収しきれないレベルに達しており、最終製品への価格転嫁を不可避なものにしています。
令和のコメ騒動とカレーライスへの影響
第2次カレーショックを決定づけた国内要因の筆頭が、2024年から顕在化した「コメ」の価格高騰です。カレーライスにおいて、重量ベースで最も大きな割合を占めるライスの値上がりは、コスト構造を根底から覆しました。
2023年の夏、日本列島を襲った記録的な猛暑は、イネの生育に甚大な被害をもたらしました。特に深刻だったのが、高温障害による「白未熟粒」の増加です。これは「チョーク粒」とも呼ばれ、高温によりデンプンの蓄積が不十分となり、米粒が白く濁ったり割れやすくなったりする現象です。これにより精米歩留まりが低下し、市場に流通する「一等米」の比率が激減しました。
流通量の減少は直ちに価格に反映され、2024年にはスーパーマーケットの店頭からコメが消える騒動が発生しました。これまで比較的安価に安定供給されていた業務用米も入手困難となり、カレー店を含む外食産業は、より高価な銘柄米を使わざるを得ない状況に追い込まれました。
供給が細る一方で、需要は堅調でした。コロナ禍からの回復に伴う外食需要の増加、そして過去最高ペースで訪日する外国人観光客によるコメ消費の拡大が、需給の逼迫に拍車をかけました。帝国データバンクの分析によれば、カレーライスにおける「ご飯(ライス)」のコストは、5年前と比較して約1.4倍に上昇しています。2025年に入り、新米が流通し始めても、生産コストの上昇を背景に農協などの買取価格が大幅に引き上げられたため、末端価格は高止まりを続けています。
かつては「おかわり自由」「大盛り無料」が当たり前だったカレー店において、ライスのコスト管理は今や死活問題となっており、サービスの縮小や有料化が相次いでいます。
野菜と肉の価格高騰がカレーに与える影響
カレーの具材として欠かせないジャガイモ、ニンジン、タマネギといった「根菜類」の国内最大の供給基地である北海道が、近年の気候変動の最前線となっています。2024年の北海道は、猛暑、干ばつ、そして収穫期の台風や豪雨といった極端な気象現象に見舞われました。これにより、野菜の生育不良や腐敗が多発し、出荷量が大きく落ち込みました。
特にタマネギは、カレーの甘みとコクを出すためのベース食材として大量に使用されるため、その価格高騰の影響は甚大です。帝国データバンクのデータでは、カレー具材の価格は過去10年で初めて1食あたり210円を超え、最高値を更新しました。
欧風カレーの主役である牛肉もまた、価格上昇が止まりません。これまで日本のカレー店や家庭で広く使われてきたのは、比較的安価な米国産やオーストラリア産の輸入牛肉でした。しかし、円安の進行に加え、世界的な食肉需要の増加、飼料穀物価格の高騰、そして輸送コストの上昇が重なり、輸入牛肉の価格は高騰しています。5年前と比較して、肉・野菜のカテゴリー全体で1.3倍の価格上昇が見られます。
このため、多くの飲食店ではビーフカレーの値上げ幅を大きくするか、あるいは原価の比較的安い鶏肉を使ったチキンカレーや豚肉を使ったポークカレー、あるいはキーマカレーへとメニューの主軸を移す動きが加速しています。
カレー業界の苦境と倒産・値上げの現状
原材料費、光熱費、人件費という「コストの三重苦」は、カレー関連企業や飲食店をかつてない窮地に追い込んでいます。
帝国データバンクの調査によれば、2024年度のカレー店の倒産件数は13件となり、2年連続で過去最多を更新しました。これはインド料理店なども含む数字であり、負債1000万円以上の法的整理に限った統計です。統計に表れない個人店の廃業や閉店を含めると、その数はさらに膨大なものになると推測されます。
カレー店は従来、ラーメン店などと比較して少ない設備投資で開業でき、安価なコメと保存の効くスパイスを使用するため、利益率を確保しやすい業態とされてきました。しかし、その前提条件であった「安いコメ」と「安定したスパイス相場」が同時に崩壊したことで、ビジネスモデルそのものが破綻の危機に瀕しています。特に、薄利多売でランチ需要を支えてきた中小規模の店舗や、ナンやライスのおかわり自由を売りにしていたインド・ネパール料理店にとって、現在のコスト環境は致命的です。
家庭用カレールーの市場でも、値上げの波は容赦なく押し寄せています。ハウス食品、エスビー食品、江崎グリコといった大手メーカーは、2024年から2025年にかけて相次いで価格改定を発表しました。ハウス食品は、2025年5月および8月の納品分から、家庭用ルウ製品やレトルト製品など計192品目の希望小売価格を約8〜15%引き上げることを決定しました。エスビー食品も同様に、業務用香辛料製品の大幅な値上げを実施しています。
これら値上げの理由は、原材料価格の高騰だけでなく、物流業界の「2024年問題」に伴う輸送費の上昇や、人手不足による人件費の増加、包装資材の値上がりなど、サプライチェーン全体にわたるコスト増を反映したものです。
カレー店が生き残るための戦略と対策
この過酷な環境下で生き残るため、飲食店側も様々な対策を講じています。
高付加価値化戦略は、単なる値上げによる客離れを防ぐための有効な手段です。CoCo壱番屋のように「スパイスカレー」や、国産牛などの高級食材を使用した高単価メニューを期間限定で投入し、客単価の向上を図る動きが見られます。これにより、既存客には「プチ贅沢」を提供し、値上げへの抵抗感を和らげる狙いがあります。
メニューの再構築も重要な戦略です。原価率の高い牛肉メニューの比率を下げ、比較的安定している鶏肉や野菜中心のメニュー構成へとシフトしています。また、ライスの量を「小盛り」「普通」「大盛り」で細かく価格設定し、無料サービスを廃止することで、廃棄ロスの削減と収益性の確保を徹底する店舗が増えています。
正直なコミュニケーションも注目されています。価格据え置きで量を減らすいわゆる「ステルス値上げ」が消費者の反感を買うリスクがある中、多くの個人店では、SNSや店頭の張り紙を通じて、原材料高騰の窮状を正直に伝え、価格改定への理解を求める姿勢を強めています。「苦渋の決断」としての値上げに対し、常連客からの応援が得られるかどうかが、存続の鍵となっています。
消費者のカレーに対する意識の変化
第2次カレーショックは、消費者のカレーに対する認識をも変えようとしています。これまでカレーライスは、給料日前でもお腹いっぱい食べられる「節約料理」の代名詞でした。しかし、スーパーでカレールー、肉、野菜、米を買い揃えると、一鍋あたりのコストが以前とは比較にならないほど高くなっていることに、多くの家庭が気づき始めています。
レトルトカレー市場においては、低価格帯の商品と、1食500円を超えるような高価格帯の商品への二極化が進んでいます。高価格帯には名店監修や具材豪華系の商品が並び、消費者の選択肢は明確に分かれつつあります。外食としてのカレーも、1000円の壁を突破することが当たり前となりつつあり、「日常食」から、あえて選んで食べる「嗜好品」としての側面が強まっています。
2026年以降のカレーライスの将来展望
2026年に向けて、カレーライスを取り巻く環境が劇的に好転する兆しは、残念ながら見当たりません。
気候変動による生産地のダメージは構造的なものであり、短期間での回復は困難です。インドやベトナムでの農業生産が安定を取り戻すには、品種改良や灌漑設備の整備など長期的な投資が必要です。また、新興国の経済成長に伴う世界的なスパイス需要の拡大は続くため、需給バランスは引き締まった状態が続くと予想されます。
国内のコメや野菜についても、温暖化の影響が常態化する「ニューノーマル」の時代に入っています。猛暑や豪雨が頻発する中で、かつてのような「安くて品質の揃った農産物」を安定的に享受することは難しくなっています。消費者は、価格変動を受け入れつつ、冷凍野菜の活用や、食材の無駄をなくす工夫など、食生活の防衛策をアップデートしていく必要があります。
帝国データバンクの予測では、2025年冬にかけてカレーライス物価は再び過去最高水準で推移する可能性が高いとされています。私たちは今、「カレーライスは高級品になりうる」という新しい現実を受け入れ、その価値を再定義する時期に来ているのかもしれません。一皿のカレーライスに込められた、世界中の農業の現状と経済のうねりを理解することこそが、この第2次カレーショックを乗り越える第一歩となるでしょう。

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