SS義塾は、2025年12月中旬に突如として受講生および保護者との連絡を絶ち、事実上の事業停止状態に陥りました。総合型選抜や学校推薦型選抜の指導を行っていた同予備校の音信不通は、受験シーズンの最も重要な時期に発生し、多くの受験生とその家族に深刻な影響を与えています。本記事では、SS義塾で何が起きたのか、運営会社の実態、被害状況、そして救済の動きについて詳しく解説します。

SS義塾とは何だったのか
SS義塾は、総合型選抜(旧AO入試)および学校推薦型選抜に特化した予備校として知られていました。運営母体は株式会社日本進学教育研究所であり、東京都港区北青山に本社を構え、「業界最大手予備校グループ傘下」を自称して全国から生徒を募集していました。同塾は「入試を作る大学教員があなただけの合格請負人になる」「総合型・推薦入試の『答え』を知っている」といった大胆なキャッチコピーを掲げ、急速に知名度を拡大していました。
2024年7月には累計塾生数3万人突破を記念し、「AOゼミナール」から「SS義塾」へとリブランディングを実施しました。官公庁や教育機関との連携強化を謳い、対外的な信用力の向上を図っていたとされています。2025年11月13日には、PR TIMESにて「2025年の総合型・学校推薦型選抜現役合格実績を公開している塾・予備校の中で最大」とするプレスリリースを配信していました。
しかし、その華やかな宣伝とは裏腹に、経営実態は脆弱なものでした。株式会社日本進学教育研究所は2024年5月に設立されたばかりの新しい法人であり、資本金は900万円と、従業員数538名を抱える企業としては極めて小規模な資本でした。設立からわずか1年半での事業停止は、この法人設立自体が延命措置の一環であった可能性を示唆しています。
音信不通の経緯と発覚の流れ
SS義塾の異変が表面化したのは2025年12月でした。受験生にとって最も精神的な重圧がかかるこの時期、受講生や保護者から「教室と連絡がつかない」「講師からの指導が途絶えた」「オンラインシステムへのアクセスが不安定である」といった報告が相次ぎました。
12月初旬には、講師や業務委託スタッフに対する給与未払いの情報が流れ始めました。内部からの情報によれば、「社内のLINEから突然追放された」「サーバーやデータにアクセスできない」といった、組織的な情報遮断とも取れる動きが確認されています。2025年12月11日には、代表者直通のホットラインとして、京都のラーメン店「魔界系ラーメン 三冠馬」の情報が公開されるという異常事態が発生しました。教育機関の問い合わせ先として飲食店が指定されたことは、ガバナンスの欠如を如実に物語っています。
2025年12月14日にはメディア各社が「音信不通」を報じ、保護者の動揺は決定的なものとなりました。SNS上では「人生の節目を台無しにされた」と憤る被害者の声が溢れ、多くの受験生が授業料を前払いしている中での連絡途絶であることが明らかになりました。
運営会社の組織構造と問題点
株式会社日本進学教育研究所の組織図には、「国内広域公益教育本部」「教育振興高大接続推進委員会」「SS義塾事業本部 第三経営企画部 難関大学進学対策室」といった重厚な部署名が並んでいました。これらの名称は、あたかも文部科学省の外郭団体や公的な研究機関であるかのような印象を消費者に与えることを意図したものと考えられます。「内閣省庁連携課」といった名称を含むリリースは、実在する公的機関との混同を招きかねない表現であり、優良誤認を誘発するマーケティング手法であったと指摘されています。
代表取締役会長兼HDグループCEOの苗田岳史氏は、教育事業のトップとしてだけでなく、京都市において「魔界系ラーメン 三冠馬」というラーメン店を経営するオーナー店主でもあることが確認されています。予備校経営が危機的状況にある中で、代表者個人の連絡先としてラーメン店の情報が紐づけられたことは、経営責任の観点から大きな疑問を呈されています。
特筆すべきは、危機発生時における経営陣の対応です。SS義塾側は「代表取締役直通ホットライン」を開設しましたが、その連絡先には苗田氏個人のGmailアドレスと共に、京都のラーメン店のURLが記載されていました。東京に本社を置き全国から生徒を集めていた企業の代表が、危機対応の拠点を物理的に離れた京都の飲食店に置いたことは、事実上の逃避と受け取られています。
総合型選抜ビジネスにおける問題の構造
SS義塾が急速にシェアを拡大した背景には、過激なマーケティング戦略がありました。同塾は自らを「医師に例えるならブラックジャック、弁護士に例えるなら古美門研介」になぞらえ、「勝つためには手段を選ばない」というイメージを意図的に作り上げていました。この比喩の本質は「アウトローであっても結果を出す」「倫理を無視してでも勝利する」というアンチヒーロー像であり、教育機関が自らをこのように定義することはコンプライアンス意識の欠如を自ら宣伝していたに等しいものでした。
料金体系については、一般的な学習塾と比較しても高額であったと推測されます。特に「合格確約コース」のような成果保証型のプランは通常よりも高額な設定がなされるのが通例です。多くの受験生保護者はこれらの費用を前払いしていました。学習塾ビジネスにおいて前受金は、見かけ上の資金繰りを良くする一方で、将来提供すべきサービスに対する負債でもあります。経営計画が杜撰であれば、集めた現金を広告宣伝費や別事業に流用し、実際の指導コストが発生する時期には資金が枯渇する「自転車操業」に陥りやすいのです。
華々しい広告の裏で、現場の講師たちは過酷な環境に置かれていたとされています。今回の騒動では、給与の未払いだけでなく、社内連絡網からの排除という強硬手段が取られました。「大学教授が入試を作る」という触れ込みでしたが、実際に指導にあたっていたのが本当に大学教授であったのかも疑問が残ります。講師自身もまた、生徒と同様に経営陣に裏切られた被害者であり、教育現場の崩壊は内部から進行していました。
受験生と保護者が受けた被害の実態
被害の核心は、金銭的な損失以上に、受験生が被った「時間の喪失」と「精神的なトラウマ」にあります。総合型選抜は、志望理由書の作成や面接練習など、長期間にわたる準備と指導者との信頼関係が不可欠です。12月という直前期に指導を打ち切られることは、これまでの努力を無に帰す行為に等しいものです。
SS義塾に全幅の信頼を置き、他塾を併用していなかった生徒は、出願書類の最終チェックを受ける場を失い、面接への自信を喪失したまま本番を迎えることになります。「大人に裏切られた」という経験は、多感な時期にある若者の社会に対する不信感を決定的なものにする恐れがあります。
金銭的被害についても深刻な状況です。多くの家庭が支払った授業料は、返還される見込みが極めて薄いとされています。倒産法制において、受講料の返還請求権は一般破産債権に分類されます。企業が破産した場合、残存資産はまず税金や従業員の未払い給与、担保権を持つ債権者への支払いに充てられるため、一般消費者である受講生への配当はゼロまたは極めて少額になることが通例です。
株式会社日本進学教育研究所の資本金が900万円と小規模であり、設立も新しいことから、会社としての資産蓄積はほとんどなかったと推測されます。代表者個人や別事業に資産が移転されていたとしても、それを法的に回収するには複雑な手続きと長い時間を要するため、即座の救済には繋がりません。
ブルーアカデミーによる緊急救済支援の内容
この絶望的な状況下で、同業他社である「ブルーアカデミー」(運営:CLEA株式会社)が緊急救済支援を表明しました。ブルーアカデミーは、SS義塾の事業停止が発覚した直後、「業界最速」での支援を発表しています。
支援の対象は、2025年12月時点でSS義塾に在籍していたことが確認できる高校3年生です。支援内容として、2026年1月末まで、ブルーアカデミーの集団講義に無料で招待されます。志望理由書や面接対策を含む総合的な指導が提供され、希望者が多い場合は準個別のオンライン添削会も実施を検討するとしています。高校2年生に対しては、入塾金の免除および初月無料での受け入れを行っています。
ブルーアカデミー代表の中村京香氏は、この支援の動機について、過去に自身が関わった塾での倒産経験と、その際に救えなかった顧客への思いを挙げています。「目の前の受験生の人生を守ること」を最優先とし、採算度外視での決定を下したとされています。この動きは、SS義塾によって地に落ちた「総合型選抜予備校業界」の信頼を辛うじて繋ぎ止める役割を果たしています。
ブルーアカデミー側は、SS義塾およびその運営主体との資本・利害関係を一切否定しており、純粋な人道的見地に基づいた支援であることを強調しています。
法的措置と被害者の動き
被害規模の大きさから、弁護士による被害対策弁護団の結成が模索されています。被害者たちはSNSやオープンチャットを通じて情報を共有し、集団訴訟に向けた準備を進めています。
法的措置の焦点は主に3点に集約されます。第一に、債務不履行および損害賠償請求です。契約通りの役務が提供されなかったことに対する返金および賠償を求めるものです。第二に、不法行為(詐欺)の立証です。破綻の直前まで「業界最大手」「合格実績最大」と宣伝を行い、生徒を募集していた行為が詐欺罪に該当するかどうかが焦点となります。第三に、法人格否認の法理の適用です。会社という法人格が形骸化しており、実質的に代表者個人の事業と同一視できる場合、苗田氏個人の資産を差し押さえの対象とできるかが検討されています。
しかし、資産がなければ回収できないという現実的な壁が立ちはだかります。被害者の会や弁護団の活動は、資産の隠匿を防ぎ、少しでも多くの被害回復を目指すための厳しい戦いになることが予想されます。
総合型選抜市場が抱える構造的な問題
SS義塾の事件は、近年の大学入試改革に伴い急拡大した総合型選抜市場が抱える構造的な問題を浮き彫りにしました。学習塾の開設には法的な許認可や資格要件がほとんど存在しないため、教育理念や経営基盤を持たない事業者でも容易に参入が可能です。総合型選抜はペーパーテストの点数という客観的な指標が見えにくいため、「独自のノウハウ」「コネクション」といった実体のない価値を売り文句にしやすいという特徴があります。
受験生や保護者は「合格」という結果に対して極めて強い不安を抱えています。SS義塾はこの不安につけ込み、「大学教授が味方になる」「答えを知っている」という言葉で誘引していました。情報の非対称性を悪用し、高額な契約を結ばせる手法は、悪質な商法と構造が類似しているという指摘もあります。
教育は本来、学習者の成長を支援するものであり、合格という結果のみを商品化するものではありません。しかし、成果主義が極まった受験市場において、倫理観よりも売上を優先する事業者が淘汰されずに生き残ってしまう土壌があることも事実です。
2026年度入試における総合型選抜の変化
総合型選抜を取り巻く環境は、2026年度入試から大きく変わる見込みです。文部科学省は2025年6月に「令和8(2026)年度大学入学者選抜実施要項」を公表し、これまで「2月以降に行う」とされていた学力試験を、年内入試においても条件付きで認める方針を示しました。
これまでの大学入学者選抜実施要項では、一般選抜・総合型選抜・学校推薦型選抜を問わず、各大学が実施する個別学力検査は2月1日から3月25日までの間に実施することが定められていました。しかし、大学団体から「総合型選抜は調査書に加え、小論文や面接などの評価方法を組み合わせて選抜を行うこととし、その評価方法の一つとして、教科科目に係る基本的な知識を問うテストで基礎学力を把握することも認めていただきたい」との提案がなされ、高校関係団体からも大きな反対がなかったことから、方針転換が進みました。
この変更により、「推薦入試=学力試験なし」という従来の認識は通用しなくなります。一般選抜よりも早い時期、具体的には9月以降に学力試験が実施される可能性があり、受験生は早めの準備が求められます。各大学は「教科・科目に係る個別テスト」の実施教科・科目、評価方法、その他入学者選抜に関する基本的な事項を選抜区分ごとに決定し、7月31日までに発表することになっています。
この制度変更は、「学力がいらない入試」と揶揄されることもあった総合型選抜の性質を根本から変える可能性を秘めています。総合型選抜が一般選抜の前哨戦としての性格を強める中、SS義塾のような「コネ」や「答え」を売りにする予備校のビジネスモデルは、今後ますます成り立ちにくくなると予想されます。一方で、この変化に対応できない予備校が淘汰されていく過程で、同様のトラブルが発生するリスクも否定できません。
予備校選びで注意すべきポイント
本件を教訓として、受験生および保護者は予備校選びにおいていくつかの視点を持つ必要があります。
まず、過剰な広告への警戒が重要です。「絶対合格」「コネがある」「答えを知っている」といった、入試の公平性を揺るがすような宣伝文句を掲げる塾は避けるべきです。まともな教育機関であれば、そのような不正を匂わせる表現は決して用いません。大学入試における合否は、あくまで受験生本人の資質と努力によって決まるものであり、予備校が「答え」を持っているかのような宣伝は根拠のない誇大広告です。
次に、経営実態の確認が必要です。豪華なオフィスやウェブサイトに惑わされず、設立年数や資本金、代表者の経歴の整合性を確認するリテラシーが求められます。組織図に公的機関を連想させる名称が並んでいる場合は、特に注意が必要です。実際のところ、権威ある名称を並べることで信頼性を演出しようとする手法は、実態の乏しい事業者がしばしば用いる手口です。
さらに、契約内容の精査も欠かせません。高額な前払いを要求される場合、倒産時の保全措置があるか、中途解約時の返金規定はどうなっているかを確認し、リスクを分散することが自己防衛となります。一括前払いを避け、分割払いを選択することも有効な対策です。安さだけで判断してしまうと「思ったよりサポートが少なかった」「追加料金がかさんで結局は割高になってしまった」といった失敗に繋がるケースも少なくありません。授業料だけでなく、受験までにかかるトータル費用を確認することが大切です。
講師やサポート体制の確認も重要な判断材料となります。講師に経験や実績があるか、過去に合格者を多く輩出しているか、総合型選抜専門のプロ講師が在籍しているかといった点を事前に調べておくべきです。実際に体験授業を受けて、自分との相性を確認することも有効な方法です。サポート体制が整っていないと、円滑なコミュニケーションが取れなかったり、質問しにくかったりと、期待した効果が得られない可能性があります。
教育産業における今後の課題
教育産業界においては、自主的なガイドラインの策定や、悪質な事業者を排除する仕組み作りが急務です。また、被害に遭った生徒を受け入れるセーフティネットの構築を、業界全体で制度化することも検討されるべきでしょう。今回のブルーアカデミーのような取り組みが個別の善意に留まらず、業界標準の対応として確立されることが望まれます。
総合型選抜塾の本来の役割は、生徒一人ひとりの個性や経験、将来性といった「形のないもの」を見つけ出し、大学に評価される形に磨き上げることにあります。単に「合格させる」ことを商品とするのではなく、受験生の成長を支援するという教育の本質に立ち返った事業者が増えることが、業界の健全化には不可欠です。
行政による監督強化も議論されるべきでしょう。現状では学習塾の開設に特別な許認可は不要であり、経営者の資質や財務基盤を事前に審査する仕組みがありません。消費者保護の観点から、一定規模以上の前受金を扱う教育事業者に対しては、信託保全の義務化や情報開示の強化といった規制が検討されてもよいでしょう。
SS義塾の音信不通事件は、教育の名を借りた無責任な経営が、若者の未来をいかに簡単に脅かし得るかを示した事例です。株式会社日本進学教育研究所および苗田岳史氏には、公の場での説明責任と、可能な限りの被害弁済が求められています。ラーメン店という別事業の存在が明らかになっている以上、「倒産したから終わり」という幕引きは社会的に許されるものではありません。
被害に遭った受験生は、ブルーアカデミー等の救済措置を活用し、最後まで受験を諦めないでください。一つの予備校の裏切りによって、皆さんの価値が損なわれることはありません。この困難な経験を乗り越え、自らの力で未来を切り拓くことが、今できる最善の選択です。


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