2026年にパソコン価格が高騰する最大の原因は、世界的なメモリ不足です。生成AIの爆発的な普及によりAI用の特殊なメモリ需要が急増し、私たちが使う一般的なPC向けメモリの生産が後回しにされていることが背景にあります。この記事では、なぜメモリ不足が起きているのか、PC価格にどれほどの影響があるのか、そして日本市場特有の課題について詳しく解説します。
これまで私たちは「時間が経てばパソコンは安くなる」という常識の中で生きてきました。しかし、2026年を境にその常識は覆されようとしています。主要な市場調査会社が発する警告は一致しており、2026年のPC平均販売価格は大幅な上昇が予測されています。その中心にあるのが「メモリ不足」という深刻な問題なのです。

メモリ不足が起きている根本的な原因とは
2026年のPC価格高騰を理解するうえで、最も重要なキーワードがHBM(High Bandwidth Memory:高帯域幅メモリ) です。HBMとは、生成AIの学習や推論に不可欠なNVIDIA製GPU(H100やH200、Blackwellなど)に搭載される、極めて高速なデータ転送能力を持つ特殊なメモリのことです。
問題の本質は、このHBMの生産が一般のPCに使用されるDDR5メモリの生産能力を物理的に奪い取っている点にあります。半導体ウェハ(シリコンの円盤)の枚数には限りがあり、メーカーは利益率の高い製品を優先して製造します。現在、その最優先事項がまさにHBMとなっているのです。
HBM生産がPC用メモリを圧迫する3つの技術的要因
まず第一の要因として、ウェハ消費量の圧倒的な格差が挙げられます。HBMは複数のDRAMダイ(チップ)を垂直に積層し、TSV(Through-Silicon Via:シリコン貫通電極)技術を用いて接続する高度なパッケージング技術を必要とします。専門家の分析によれば、同じ容量のメモリを製造する場合、HBMは汎用DRAM(DDR5など)と比較して約3倍のウェハ面積を消費するとされています。これは、HBMのダイサイズがDDR5よりも35〜45%大きいこと、そして積層構造を作るためにベースとなるロジックダイが必要になることに起因します。つまり、同じ枚数のウェハを投入しても、HBMを作ると得られるメモリの総量はDDR5を作る場合の3分の1以下になってしまうのです。
第二の要因は歩留まり(良品率)の低さです。HBMの製造は極めて難易度が高く、微細なTSV加工や積層工程を含むため、歩留まりはDDR5に比べて20〜30%低いと報告されています。不良品が多く出るということは、良品を確保するためにさらに多くのウェハを投入しなければならず、結果として他の製品であるPC用メモリに回せるウェハが減少してしまいます。
第三の要因は生産リードタイムの長期化です。HBMの生産サイクルはTSV工程などの複雑なバックエンド工程を含むため、DDR5より1.5〜2ヶ月長くかかります。これが意味するのは、メーカーが一度HBMの生産にラインを割り当てると、市場でPC用メモリが不足したからといって急にDDR5の増産に切り替えることができないということです。供給の弾力性が完全に失われているのです。
「Capacity Crowding」現象とメモリメーカーの戦略転換
現在のメモリ市場では「Capacity Crowding(生産能力の混雑)」 と呼ばれる現象が発生しています。これは、限られたクリーンルームのスペースや製造装置のリソースに対し、HBM、サーバー用DDR5、モバイル用LPDDR5Xといった高付加価値製品の需要が殺到し、PC向けの汎用メモリが生産計画から押し出される状況を指します。
主要メーカーは2026年に向けて設備投資を増額していますが、その投資内容を精査すると、大半はHBM用のTSV設備や先端プロセスの開発に向けられています。工場の建屋を拡張したり新しい製造装置を導入したりしても、それは「AI用メモリ」を作るためのものであり、私たちが普段使うPCやスマートフォンのメモリを増産するためのものではないのです。
かつてメモリ業界はシェアを拡大するために価格を下げて競合を淘汰する「チキンレース」を繰り広げてきました。しかし、2026年に向かう現在の局面において、その力学は完全に変化しています。主要3社(Samsung Electronics、SK Hynix、Micron Technology)は、シェア拡大よりも収益性を最優先する「Profit First」戦略へと舵を切りました。
主要メモリメーカー各社の動向
Samsung Electronicsは長らくメモリの絶対王者でしたが、HBM市場ではSK Hynixに技術的な先行を許しました。巻き返しを図るためにHBM4などの次世代メモリへの投資を加速させる一方、DDR5のスポット価格が高騰しHBMに近い利益率が見込めるようになると、一部の生産能力をDDR5に戻して利益を最大化する動きも見られます。しかし、これはDDR5の供給不足を根本的に解決するものではなく、あくまで自社の利益最大化のための調整に過ぎません。Samsungは旧世代のDDR4生産ラインを急速に縮小しており、これが安価なメモリの供給源を断つ結果となっています。
SK HynixはNVIDIAへのHBM独占供給に近い地位を確立し、HBM生産に全力を注いでいます。同社の新規設備投資はほぼ全てAI向けに向けられており、汎用DRAMの増産には極めて消極的です。社内では「汎用DRAMの供給不足は2028年まで続く」との見通しを示したとも報じられており、PCゲーマーや一般ユーザーにとっては最も厳しいシナリオとなっています。
Micron Technologyはコンシューマー向けブランドの一部製品の縮小を示唆しつつ、サーバーや自動車向けの高付加価値製品へリソースを集中させています。これは自作PCユーザーや中小規模のBTOメーカーが安価なメモリを調達するルートがさらに狭まることを示唆しています。また、Micronの新しいファブが稼働するのは2027年以降であり、2026年の供給増には寄与しません。
DDR4の終焉がもたらす「強制アップグレード」
メモリ供給不足を加速させているもう一つの要因が、DDR4の急速なフェードアウトです。メーカー各社は生産効率の悪い旧世代のDDR4ラインを停止し、DDR5やHBMへの転換を急いでいます。DDR4は現在の多くのPCで使用されているメモリ規格ですが、これが入手困難になれば既存PCのメモリ増設や修理が困難になります。
スポット市場ではDDR4の価格も連れ高となっており、一部では数ヶ月で140%〜160%の上昇を記録しています。ユーザーは高価なDDR4を買って古いPCを延命するか、さらに高価なDDR5対応の最新PCに買い替えるかの二択を迫られることになります。これは実質的な「強制アップグレード」であり、市場全体のコスト負担を増大させています。
2026年のPC価格はどれほど上昇するのか
具体的にどれくらいの価格上昇が見込まれるのでしょうか。各調査機関のデータに基づく予測をお伝えします。
メモリ不足の影響により、2026年のPC平均価格は最大で8%上昇する可能性があるとされています。これは平均的な数値であり、特定のカテゴリではさらに大きな上昇が予想されます。大手PCベンダーは法人顧客に対して、2026年モデルの価格を15〜20%引き上げる可能性を示唆しています。これはメモリだけでなく、SSDや他のコンポーネントの価格上昇、さらには物流コストの上昇を含んだトータルのコスト増を反映したものです。
価格上昇のメカニズムを分解すると、まずメモリ(DRAM)コストの急騰があります。DDR5メモリのスポット価格は2025年後半から急騰しており、一部のモジュール(例:DDR5-6000 32GBキット)は数ヶ月で2倍以上の価格上昇が記録されています。PCの部品表に占めるメモリの割合は通常10〜15%程度ですが、2026年には20%を超えるとされています。
またストレージ(SSD/NAND)コストも連動して上昇しています。DRAMと同様にSSDに使用されるNANDフラッシュメモリも不足傾向にあります。AIサーバーにおける学習データの保存用として超大容量かつ高速なエンタープライズSSDの需要が爆発しており、NANDメーカーも生産能力をそちらへシフトさせています。NAND価格が短期間で246%上昇した事例も報告されており、今後も上昇が続くと警告されています。
製品カテゴリ別の影響分析
| カテゴリ | 影響度 | 想定される影響内容 |
|---|---|---|
| エントリー〜ミドルレンジPC | 非常に大きい | メモリ容量削減または大幅な価格引き上げ |
| ハイエンド・ゲーミングPC | 大きい | 絶対額で数万円単位の上昇 |
| 自作PCパーツ市場 | 非常に大きい | スポット価格の影響を直接受ける |
エントリー〜ミドルレンジPCは最も深刻な打撃を受けるセグメントです。メーカーはコスト高を相殺するためにメモリ容量を削減(例:16GB標準を8GBに戻すなど)するか価格を大幅に引き上げるかの苦渋の決断を迫られます。しかし、AI PC化の流れにおいてメモリ削減は製品競争力の低下を招くため、実質的には値上げが避けられません。低価格帯の製品ほど部材コストの上昇率が販売価格に与えるインパクトが大きくなるため、「安くてそこそこ使えるPC」が市場から消える可能性があります。
ハイエンド・ゲーミングPC・クリエイターPCは元々高価であるため価格上昇の「率」は低く見えるかもしれませんが、絶対額としての上昇幅は数万円単位になります。特に大容量メモリ(32GB/64GB)を搭載するモデルではメモリ単体の価格高騰がダイレクトに響きます。
自作PCパーツ市場では、PCメーカーは長期契約によってある程度の価格安定性を確保していますが、自作PCユーザーが購入するリテール市場はスポット価格の影響を直接受けます。すでにDDR5メモリキットの価格が急騰しており、2026年には「手が届かない」価格帯に突入する恐れがあります。
Windows 10サポート終了とAI PCという需要の波
供給が細る一方で、2026年にはPC需要を爆発させる二つの巨大な波が押し寄せます。これが需給ギャップを極限まで広げる「パーフェクトストーム(完全なる嵐)」の正体です。
Windows 10サポート終了の影響
Microsoftは2025年10月14日をもってWindows 10のサポートを終了しました。世界中で稼働しているPCの約40%がWindows 10を使用していると推計されており、数億台規模のPCがセキュリティリスクに晒されることになりました。
企業はセキュリティコンプライアンスの観点からサポート切れのOSを使い続けることができません。そのため、2026年にかけて世界規模でのPCリプレース需要が発生しています。特にWindows 11のシステム要件(TPM 2.0や新しいCPUなど)を満たさない古いPCは廃棄され、新機種への入れ替えが必須となります。この「強制需要」は景気動向に関わらず発生するため、半導体メーカーにとっては強気の価格設定を維持する絶好の根拠となっています。
Microsoftは有償でのサポート延長(ESU:拡張セキュリティ更新プログラム)を提供していますが、その価格は年々倍増する設定(1年目61ドル、2年目122ドル、3年目244ドル)となっており、延命措置もコスト高です。結果として多くの企業が「ESUに金を払うくらいなら新しいPCを買ったほうがマシだ」と判断し、PC需要を押し上げメモリ不足に拍車をかけています。
AI PCという新たなハードウェア標準
PCメーカー各社は更新サイクルに合わせて「AI PC」のマーケティングを強化しています。NPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)を搭載しローカルで生成AIを動作させるAI PCは、従来機よりも高いスペックを要求します。
AIを快適に動作させるためには最低でも16GB、推奨で32GB以上のメモリが必要とされています。従来、ビジネスPCの標準が8GBであったことを考えると、1台あたりのメモリ搭載量は2倍から4倍に跳ね上がります。PCの出荷台数自体がそれほど増えなくても、1台あたりのメモリ容量が増えれば世界全体で必要とされるDRAMの総容量は激増します。供給が制限されている中でビット需要が倍増すれば、価格が高騰するのは経済の必然です。
日本市場特有の三重苦:円安・GIGAスクール・物流問題
ここまでの分析は世界共通の事象ですが、日本市場にはさらに事態を深刻化させる固有の要因が三重に重なっています。日本の消費者は世界のどの国よりも厳しい「PC購入の冬」を迎えることになるかもしれません。
GIGAスクール構想の更新需要
日本政府が推進した「GIGAスクール構想」により、2020年から2021年にかけて小中学生に1人1台の端末が配備されました。これらの端末(ChromebookやWindows PC)が2025年から2026年にかけて一斉に更新時期を迎えています。
GIGAスクール端末の更新需要は2025年度に474万台、2026年度に455万台と見込まれています。これに企業のWindows 10更新需要(推定1000万台超)が重なるため、2025〜2026年の日本国内PC市場はかつてない需要過多に陥っています。
問題は予算です。前回の導入時よりもPC価格は大幅に上昇しています。自治体の予算は限られていますが、円安と部材高騰のダブルパンチにより前回と同じ予算(1台4.5万円〜5.5万円程度)では同等のスペックの端末を調達することが極めて困難になっています。結果として教育現場ではスペックダウンを受け入れるか追加予算を確保するかの厳しい選択を迫られています。この大量の公的需要が市場の在庫を吸い上げることで、民間企業や個人向けのPC価格にも上昇圧力がかかる可能性があります。
為替(円安)による二重インフレ
日本のPC市場における価格決定メカニズムにおいて、為替レートは決定的要因です。PCの主要部品(CPU、GPU、メモリ、SSD、液晶パネル)はほぼ全て輸入品であり、ドル建てで取引されます。
グローバル市場でのドル建て部品価格の上昇に加え、円安による輸入コストの増大が上乗せされます。例えばメモリ価格がドルベースで20%上昇し、同時に円が対ドルで10%下落すれば、日本国内での価格上昇幅は30%を超えます。円安基調が継続あるいは悪化した場合、日本の消費者が感じる「値上がり感」は世界平均を大きく上回ることになります。これは輸入品であるiPhoneの価格が日本で高騰し続けている現象と同じ構造です。
物流コスト増の影響
日本国内の物流業界が直面している「2024年問題」(トラックドライバーの時間外労働規制強化)もPC価格を押し上げる間接的な要因となっています。
PCや周辺機器は物理的な輸送を伴います。ドライバー不足と人件費の高騰により国内の輸送コストは上昇を続けています。BTOメーカーや家電量販店はこの物流コスト増を製品価格や送料に転嫁せざるを得ません。特に海外工場から日本の港、そして倉庫、エンドユーザーへの配送という長いサプライチェーン全体でコストが積み上がっていくため、最終価格への影響は無視できません。
メモリ不足はいつまで続くのか
この「メモリ不足によるPC高騰」はいつ解消されるのでしょうか。専門家の見方は厳しく、短期的な解消は望めません。
主要メーカーは供給不足が2028年まで続く可能性を示唆しています。新しい製造工場が本格稼働し供給量が増加するのは早くても2027年以降、場合によっては2028年になると予測されています。半導体工場の建設には数年単位の時間がかかるため、今の供給不足を解決する「即効薬」は存在しません。
AIデータセンターへの投資意欲は衰えを知らず、少なくとも今後数年はHBMへの需要集中が続くと見られます。したがって2026年は「価格のピーク」を迎える年となり、高止まりした状態が2027年まで続く「ロング・クライシス」となる公算が高いです。
消費者と企業が取るべき行動
以上の分析に基づき、どのような行動を取るべきかを考えてみましょう。
まず重要なのは「待つ」ことがリスクであるという認識です。「もう少し待てば安くなる」という従来の家電製品の常識は2026年には通用しません。必要なリソース(メモリ、SSD、PC本体)がある場合は、価格がさらに上昇する前に可能な限り早期に購入・確保することが経済的に合理的です。
次にスペックの妥協は避けるべきという点です。価格高騰を受けてメモリ容量を削った低スペック機を選びたくなる誘惑に駆られるかもしれません。しかし、AI機能の実装が進むWindows 11環境においてメモリ不足は致命的な生産性低下を招きます。初期投資が高くても16GBないし32GBのメモリを搭載したモデルを選ぶことが、結果として製品寿命を延ばすことにつながります。
また中古・リファービッシュ市場の活用も有効な選択肢です。新品価格の高騰に伴い中古PC市場の重要性が増しています。Windows 11に対応した比較的新しい中古機に新品のSSDやメモリを増設して延命する「ハイブリッドな調達」も個人ユーザーや中小企業にとっては有効な自衛策となります。ただし、中古市場でもDDR4メモリなどの価格上昇が波及する可能性があるため早めの行動が推奨されます。
さらに日本のセール時期を狙うことも重要です。日本特有の商習慣である「決算セール(3月・9月)」や「ボーナス商戦(6月・12月)」を活用することで、少しでも有利な条件で購入できる可能性があります。BTOメーカーは部材の在庫状況に応じてスポット的なセールを行うことがあるため、これらのタイミングを見逃さないようにしましょう。
まとめ:パラダイムシフトへの適応が求められる時代
2026年のPC市場で起きようとしていることは単なる「値上げ」ではありません。それは「汎用計算機(従来のPC)」から「AI特化型端末」への移行期における、産業構造的なコスト再編です。
AIという新たな価値を創造するためのコスト(HBM、NPU、大容量SSD)を誰が負担するのか。現在はそのコストがサプライチェーン全体に分散されつつ、最終的にはエンドユーザーである消費者や企業に転嫁されるフェーズにあります。半導体メーカーはもはや安価な部品を大量に供給する存在ではなく、AIという巨万の富を生む市場に最適化し、PC市場をその「従属変数」として扱うようになっています。
日本においてはWindows 10サポート終了とGIGAスクール更新という国内事情、そして円安というマクロ経済要因が重なり、世界でも類を見ないほど厳しいPC購入環境となることが予想されます。メモリ不足でパソコンが高騰するというニュースの背後には、AI革命に向けた半導体メーカーの壮絶なリソース配分戦略と、それに取り残されまいとするPC業界の構造変化が存在するのです。
私たちはもはや「安くて高性能なPCが毎年出る」という幻想を捨て、この新しいコスト構造を前提とした賢明なIT投資戦略を練る必要があります。2026年はPCという道具の価値と価格が再定義される、歴史的な転換点となるでしょう。

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