インフレ税とは、物価上昇によって現金や預金の購買力が低下し、その目減り分が実質的に政府へ移転する現象のことです。法律で定められた税金ではありませんが、インフレが進むと私たちが持っている「お金の価値」が下がり、その分だけ政府の借金負担が軽くなるため、見えない税金として機能します。インフレ税の計算方法はシンプルで、「インフレ率×保有現金額」が年間に失われる実質価値の目安となり、たとえば1,000万円の預金があり年3%のインフレが続いた場合、10年後には約744万円の購買力しか残らないというシミュレーション結果が導き出されます。
現代の経済システムにおいて、インフレ税は私たちの資産を脅かす最も強大な力の一つでありながら、最も認識されにくい現象として存在しています。一般的に税金といえば所得税や消費税のように、法律に基づいて政府から明示的に請求され、国民が支払うものを指します。しかし、インフレ税には納税通知書もなければ確定申告の必要もありません。それにもかかわらず、私たちの保有する現金や預金の購買力を確実に奪い去り、その富を政府や借入人へと移転させる極めて強力な経済的強制力を持っています。本記事では、インフレ税という現象について、その経済学的なメカニズムから私たちの生活に及ぼす具体的な影響、さらには歴史的なハイパーインフレの事例から得られる教訓、そして資産防衛策に至るまでを詳しく解説していきます。

インフレ税とは何か?わかりやすく解説
インフレ税の本質は、政府が通貨の発行量を増やすことで発生する「見えざる徴税」です。政府が財政支出を賄うために国債を発行し、それを中央銀行が通貨を増発して引き受けると、市中に流通する貨幣量が増大します。経済の実物成長、つまりモノやサービスの供給増加を超えて貨幣量が増えれば、貨幣1単位あたりの価値は希薄化し、物価は上昇します。この時、民間部門が保有している現金の実質的な購買力は低下し、この「保有貨幣の実質価値の減少分」が政府がインフレを通じて民間から徴収した「税金」に相当するのです。
通貨発行益(シニョリッジ)の仕組み
インフレ税の根源を理解するためには、「シニョリッジ(通貨発行益)」という概念を把握する必要があります。シニョリッジとは、歴史的には中世の封建領主(シニョール)が、貨幣の額面価値よりも安価なコストでコインを鋳造し、その差額を財政収入としていたことに由来する言葉です。現代の管理通貨制度においても、このメカニズムはより洗練され、かつ大規模化した形で機能しています。中央銀行が発行する紙幣やデジタルな準備預金の製造コストは、その額面に比べてごくわずかです。政府と中央銀行が通貨発行権を行使してベースマネー(マネタリーベース)を増大させると、それは政府にとっての新たな財源となります。
数式的に表現すると、インフレ税収入は「インフレ率×実質貨幣残高」として計算されます。これは通常の税金における「税率×課税ベース」のアナロジーで理解することができます。インフレ率が高くなればなるほど、あるいは人々がタンス預金などで多くの現金を保有していればいるほど、政府が得るインフレ税収は大きくなる構造を持っています。
富の移転メカニズム:債権者から債務者へ
インフレ税の本質的機能は、社会における富の再分配です。しかし、この再分配は福祉政策のような「富める者から貧しき者へ」という方向性とは限りません。インフレ税における富の移動は、明確に「債権者(貸している人)から債務者(借りている人)へ」と向かいます。
インフレの負担者となるのは現金や預金を保有する債権者です。インフレが発生すると手持ちの現金の価値は下がり、銀行預金もインフレ率を下回る金利しか付かない場合は実質的な価値が目減りします。これは現金という資産に対して課税されているのと全く同じ経済効果を持ちます。特に、資産の多くを預貯金で保有している高齢者層や、金融リテラシーを持たず現金のみを保有する層が、最も重い負担を強いられることになります。
一方、インフレの受益者となるのは政府や借入人といった債務者です。借金をしている側にとって、予期せぬインフレは福音となります。借金の元本額面は固定されていますが、貨幣の価値が下がれば実質的な返済負担が軽くなるからです。現代において最大の債務者は「国家(政府)」です。日本のように1,000兆円規模の公的債務を抱える政府にとって、インフレは借金の実質価値を圧縮し、将来の増税や歳出削減によらずに債務負担を軽減する手段となります。
「名目」と「実質」の違いが生む錯覚
インフレ税の恐ろしさは、多くの人々が「名目価値(額面)」と「実質価値(購買力)」の区別に無頓着である点に付け込むところにあります。これを経済学では「貨幣錯覚」と呼びます。たとえば、ある年に給料が3%上がったとします。多くの人は「給料が増えた」と喜び、消費を増やすかもしれません。しかし、その年に物価が5%上がっていたとしたら、実質的な賃金は2%低下しています。生活水準は下がっているにもかかわらず、額面が増えているために貧困化に気づきにくいのです。
さらに税制がこの問題を悪化させます。日本の所得税は累進課税制度を採用しており、税率は名目所得に基づいて決定されます。インフレによって名目所得が増えると、実質所得が変わらない場合でも、より高い税率の区分(ブラケット)に押し上げられて増税される現象が発生します。これを「ブラケット・クリープ」と呼びます。また、銀行預金の利息や株式の売却益に対しても、インフレ調整前の名目利益に対して約20%の税金が課されます。このように、インフレは既存の税制と結びつくことで、資産の実質価値を二重に毀損する性質を持っています。
インフレ税の計算方法をわかりやすく解説
インフレ税の影響を正確に測るためには、名目金利からインフレの影響を排除した「実質金利」や「実質リターン」を計算する必要があります。これには経済学者アーヴィング・フィッシャーにちなんだ「フィッシャー方程式」の考え方が用いられます。
基本となる計算式
簡易的な計算式としては「実質金利=名目金利-インフレ率」という引き算がよく使われます。しかし、より正確な資産価値の変化を計算するには「実質価値の残存率=(1+名目金利)÷(1+インフレ率)」という除算を用いた式が必要です。
具体例として、銀行預金の金利が0.001%(日本の大手銀行の普通預金金利の例)で、インフレ率が3%だった場合を計算してみましょう。この場合、実質価値の残存率は(1+0.00001)÷(1+0.03)で約0.97088となります。つまり、1年間で資産の実質価値は約97.1%になり、約2.9%がインフレ税として消滅したことになります。
年間のインフレ税負担額の算出方法
自分が年間どれくらいのインフレ税を負担しているかを計算するには、保有している現金性資産にインフレ率を掛けるだけで概算できます。たとえば、預貯金が1,000万円あり、年間のインフレ率が3%の場合、約30万円相当の購買力が1年間で失われる計算になります。これは目に見える税金ではありませんが、確実に資産を蝕んでいる「見えない税金」です。
インフレ税のシミュレーション:1,000万円の資産はどうなるか
読者が具体的にイメージしやすいよう、手元に1,000万円の現金(タンス預金、または金利ゼロと仮定した預金)があったと仮定します。この1,000万円が、異なるインフレ率のシナリオにおいて、10年後、20年後、30年後にどれだけの実質購買力を維持しているか、あるいは失っているかをシミュレーションしていきます。
シナリオA:インフレ率2%の場合(政府・日銀の安定目標値)
政府や日本銀行が目指している「物価安定目標2%」が達成され続けた場合を想定します。現在1,000万円の価値がある資産は、10年後には実質価値が約820万円に低下します。何も使わなくても、180万円分の「見えない税金」が徴収されたことになります。20年後には実質価値は約673万円となり、資産の3分の1が失われています。そして30年後には実質価値は約552万円にまで目減りします。人生100年時代において、老後資金として蓄えていた虎の子の価値が、30年でほぼ半減することを意味しています。
シナリオB:インフレ率3%の場合(現在の局面に近似)
コストプッシュインフレや円安の影響で、3%程度のインフレが定着した場合を想定します。10年後には実質価値は約744万円に低下し、250万円以上が消え去ります。20年後には実質価値は約554万円となり、わずか20年で価値が半分近くになります。30年後には実質価値は約412万円にまで下がり、当初の価値の半分以下、約4割しか残らない計算です。
シナリオC:インフレ率5%の場合(資産防衛必須レベル)
資源価格の高騰や通貨安が進行し、インフレが加速した場合を想定します。10年後には実質価値は約614万円となり、たった10年で資産の4割近くが失われます。20年後には実質価値は約377万円、30年後には実質価値は約231万円にまで激減します。当初の価値の4分の1以下となり、約77%がインフレ税として没収されたことになります。
72の法則で資産半減期間を把握する
このシミュレーションから導き出される結論は明白です。たとえ「緩やかなインフレ(2%)」であっても、時間を味方につけた複利の効果により、資産の破壊力は凄まじいものになります。「72の法則」を使えば、資産価値が半減する年数を概算できます。計算式は「72÷インフレ率」です。インフレ率2%なら36年、インフレ率3%なら24年、インフレ率5%なら約14年で資産価値は半減します。現金保有は「安全」ではなく、「確実な損失」を生む選択肢となり得るのです。
住宅ローン借入者にとってのシミュレーション
一方で、インフレ税は借金をしている側には恩恵として作用します。たとえば3,000万円の住宅ローンを固定金利1.5%で借りているケースを考えてみましょう。インフレ率が3%で推移する場合、実質金利は「1.5%-3%=-1.5%」となります。金利を払っているにもかかわらず、実質的には毎年借金が軽くなっている状態です。もし給料(名目所得)がインフレに追随して年3%上昇するならば、毎月の返済額が変わらなくても、家計収入に占める返済の割合(負担感)は年々小さくなっていきます。10年も経てば、返済負担は劇的に軽くなっているでしょう。これが、インフレ局面において「借金をして実物資産を持つことが有効なインフレヘッジになる」と言われる理論的根拠です。ただし、変動金利で金利がインフレ率以上に急上昇しないことや、自身の賃金がインフレ並みに上昇することが前提となる点には注意が必要です。
歴史に学ぶインフレ税:国家はいかにして借金を帳消しにしてきたか
インフレ税は理論上の空論ではありません。歴史を振り返れば、国家が戦争や失政によって抱えた巨額の借金を帳消しにするために、インフレ税が度々利用されてきました。
ドイツ・ワイマール共和国のハイパーインフレ(1923年)
インフレの歴史を語る上で最も有名な事例が、第一次世界大戦後のドイツ・ワイマール共和国です。敗戦による巨額の賠償金支払いに追われた政府は、禁じ手である紙幣の大量増刷を行いました。その結果、マルクの価値は崩壊し、ハイパーインフレが発生しました。
当時のインフレの凄まじさを物語るエピソードは数多く残されています。労働者は給料を受け取ると、それを運ぶために手押し車やスーツケースが必要でした。ある労働者が現金を積んだ手押し車を置いて目を離した隙に泥棒が入りましたが、泥棒は中身の大量の札束を地面に捨てて、手押し車だけを盗んで逃げたといいます。紙幣よりも道具の方が価値があったのです。また、学生がカフェでコーヒーを注文した際、1杯目の価格は5,000マルクでしたが、飲み終わって2杯目を注文しようとした時には、価格が7,000マルクや14,000マルクに跳ね上がっていたという記録も残っています。紙幣の価値があまりに低いため、薪を買うよりも札束を燃やした方が安上がりであり、壁紙を買うよりも紙幣を壁に貼る方が安いという異常事態が発生しました。
最終的にドイツは、土地などの実物資産を担保とする新通貨「レンテンマルク」を発行し、旧通貨との交換比率を1兆対1とすることでインフレを収束させました。これは、旧通貨を持っていた人々の資産が実質的にゼロになったことを意味します。
ジンバブエのハイパーインフレ(2000年代)
より現代に近い事例として、2000年代のジンバブエがあります。ムガベ政権下の無謀な経済政策と紙幣増刷により、2008年11月には、インフレ率が前年同月比で89.7セクステリオン(10の21乗)パーセントという天文学的な数字を記録しました。
政府は桁が増え続ける価格に対応するため、高額紙幣を次々と発行し、ついには「100兆ジンバブエドル札」が登場しました。しかし、この100兆ドル札をもってしても、バスの運賃すら払えないことがありました。2008年7月時点で、1000億ジンバブエドル札で買えるのは「卵3個」程度でした。スーパーマーケットでは、棚にある商品の価格が1日に何度も書き換えられ、レジに並んでいる間に値上がりするため、客は商品を手に取ったら走ってレジに向かわなければなりませんでした。最終的にジンバブエ政府は自国通貨を放棄し、米ドルなどの外貨を公式通貨として採用することで事態を収拾しました。これにより、自国通貨建ての貯金を持っていた国民の資産は完全に無価値化しました。
日本の戦後インフレと預金封鎖(1946年)
私たち日本人にとって、決して忘れてはならない教訓が、第二次世界大戦直後の日本で起きた「預金封鎖」と「新円切替」です。戦時中の莫大な戦費調達(国債発行)により、政府の借金は膨れ上がり、市中には貨幣が溢れていました。一方で、空襲により生産設備は破壊され、極端なモノ不足に陥っていました。この「カネ余り・モノ不足」が、激しいインフレを引き起こしました。
日本政府がこの事態を収拾し、国の借金を整理するために1946年(昭和21年)2月に行ったのが、強烈な政策パッケージでした。まず「預金封鎖(金融緊急措置令)」として、政府は突如として国民の銀行預金の引き出しを厳しく制限しました。生活費として世帯主なら月300円、家族1人につき月100円までしか引き出せないようにし、それ以外の預金は凍結されました。次に「新円切替」として、流通していた古いお札(旧円)の強制通用力を停止し、新しいお札(新円)を発行しました。旧円は一定期間内に銀行に預け入れなければ無効となるとされ、強制的に銀行へ回収されました。これにより、タンス預金として隠されていた資産もすべてあぶり出され、封鎖預金の中に組み込まれました。そして「財産税の賦課」として、国民の資産を完全に把握・凍結した上で、政府は預金、不動産、株式などの資産総額に対し、25%から最高90%という極めて高率な税金をかけました。この税金は、凍結された預金から天引きされたり、不動産を物納させる形で徴収されました。
この一連の措置により、富裕層を含む国民の資産の大部分が国家に没収され、戦時国債などの国の借金の処理に充てられました。また、これと並行して進んだ激しいインフレにより、残った預金の実質価値も紙屑同然になりました。昭和20年の大卒初任給が80円~90円程度だったのが、昭和22年には数千円単位に、昭和24年には1万円近くにまで跳ね上がっています。数年前の「100円」の価値は、見る影もなくなっていました。
現代日本におけるインフレ税と政府の財政事情
現代において、戦後直後のような強権的な預金封鎖が行われる可能性は低いと考えられます。しかし、形を変えた「見えざる預金封鎖」、すなわちインフレ税による債務圧縮は、現在進行形で進んでいる可能性が高いと言えます。
膨張する「国の借金」の現状
現在、日本の公的債務(国の借金)は1,270兆円を超え、GDP比で250%以上に達しています。これは先進国の中で突出して最悪の水準です。通常であれば財政破綻してもおかしくないレベルですが、日本は自国通貨建ての国債であり、国内の民間金融資産がそれを支えている構造のため、表面的な破綻は免れています。しかし、この借金を正攻法である「増税」や「歳出削減」だけで返済することは、政治的にほぼ不可能です。消費税を数%上げるだけで大論争になる中で、借金を大幅に減らすほどの増税は国民生活を崩壊させます。そこで浮上するのが「インフレ税による解決」です。もし物価が2倍になれば、貨幣の価値は半分になります。これは、政府が抱える巨額の借金の実質的な負担価値も半分になることを意味します。政府にとって、インフレは「国民に増税の通知を送ることなく実施できる、実質的な借金棒引き」なのです。
物価水準の財政理論(FTPL)とは
現代のインフレを読み解く重要な鍵として、ノーベル経済学賞受賞者クリストファー・シムズ教授らが提唱する「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level:FTPL)」があります。従来の経済学では「中央銀行がお金を刷りすぎるとインフレになる」とされてきました。しかし、FTPLでは視点を変え、「物価水準は、政府の債務と、将来の財政収支(税収-支出)の現在価値が一致するように決まる」と考えます。
この理論が示唆するのは、「政府が将来の増税や歳出削減で借金を返済する気がある(あるいは能力がある)」と人々が信じている間は、いくら借金が増えてもインフレにはならないということです。しかし、人々が「この借金はもう通常の増税では返せない」「政府には財政再建の意志がない」と感じ取った(財政規律への信認が失われた)瞬間、物価水準が跳ね上がることで調整が起きると考えます。つまり、借金の実質価値を下げるために悪性のインフレが発生するのです。
シムズ教授は日本に対し、「インフレ目標を達成するためには、財政ファイナンス(借金をインフレで溶かすこと)が有効である」といった趣旨の提言を行っています。現在の日本の状況は、意図的か否かに関わらず、この理論が予測する「財政要因によるインフレ」の様相を呈し始めています。
金融抑圧という政策手法
政府がインフレ税を効率的に徴収するために用いる手法が「金融抑圧」です。これは、政府と中央銀行が連携して、金利を意図的に低く抑え込み、インフレ率を下回る状態(実質金利マイナス)を長期間維持する政策です。通常、インフレになれば中央銀行は金利を上げて物価を冷やそうとします。しかし、現在の日本政府は金利を急激に上げられません。金利が1%上がるだけで、保有する膨大な国債の利払い費が数兆円単位で増加し、財政が破綻の危機に瀕するからです。
したがって、政府は「物価は上がるが、金利は上げない(あるいは少ししか上げない)」という状態を可能な限り長く続けようとします。この「インフレ率>金利」という環境下こそが、インフレ税が最も効率よく徴収されるボーナスタイムです。預金者は、インフレ率以下の金利しか受け取れないため、預けている資産を実質的に目減りさせ続け、その減少分が政府の利払い負担軽減(=実質的な債務削減)に直結します。
インフレ税が私たちの生活に与える影響
インフレ税の影響は、抽象的なマクロ経済の話だけではありません。日本の消費者の生活にはっきりとその爪痕が現れています。
シュリンクフレーション(ステルス値上げ)の実態
企業も原材料費や人件費の高騰(コストプッシュインフレ)に直面していますが、急激な値上げは客離れを招くリスクがあります。そこで横行するのが、価格を据え置いたまま(あるいは微増にとどめ)、商品の内容量を減らす「シュリンクフレーション(ステルス値上げ)」です。これは「同じ金額で買える量が減った」ことを意味し、通貨価値の毀損(インフレ税)を最も身近に感じる現象です。
具体的には、カルビーのポテトチップスでは主要商品の内容量変更や価格改定が相次いで実施されています。以前と比較して、同じパッケージサイズでも中身が減量されるケースや、価格そのものの引き上げが行われています。消費者は「袋を開けたら中身がスカスカだった」という体験を通じて、円の購買力低下を実感しています。
また、明治のチョコレート製品ではカカオ豆の歴史的な価格高騰(天候不順や供給不足による)を受け、複数回の値上げと内容量変更が実施されています。「きのこの山」や「たけのこの里」、板チョコなどが対象となり、数十パーセントの実質値上げとなっています。これは単なる企業の値上げではなく、輸入原材料を購入する「円の力」が弱まっていることの証左でもあります。
山崎製パンでは2025年1月1日出荷分から、「ロイヤルブレッド」「薄皮つぶあんぱん」など計290品目の価格を平均5.6%値上げしました。理由は原材料、包装資材、エネルギーコストの上昇です。毎日の食卓に欠かせないパンの値上げは、家計へのインフレ税負担を直接的に重くしています。
年金のマクロ経済スライドによる影響
現役世代だけでなく、年金受給者もインフレ税のターゲットとなっています。日本の公的年金制度には「マクロ経済スライド」という自動調整メカニズムが組み込まれています。これは、少子高齢化に合わせて、年金の給付水準を物価や賃金の伸びよりも低く抑える仕組みです。
本来、インフレで物価が3%上がれば、生活水準を維持するために年金も3%増えるべきです(物価スライド)。しかし、マクロ経済スライドが発動されると、「物価上昇率-調整率(スライド調整率)」しか年金が増えません。2024年度の年金額改定では、名目額は2.7%引き上げられましたが、当時の物価上昇率には届いていませんでした。その結果、実質的な年金価値は目減りしました。これは、政府が高齢者に対して「インフレ分を全額補填しません」と宣言しているに等しく、実質的な年金カット(インフレ税の徴収)が行われていることを意味します。この傾向は今後も続き、インフレが進めば進むほど、年金の実質価値は徐々に削り取られていく構造にあります。
インフレ税から資産を守る方法
インフレ税が「現金保有者に対する罰則」である以上、そこから逃れる唯一の方法は、資産を「現金・預金」という形から、インフレに強い「実物資産」や「リスク資産」へと避難させることです。政府自身も「新NISA」などを通じて「貯蓄から投資へ」のシフトを促していますが、これは裏を返せば「国はもう現金の価値を保証できないから、自分自身で守ってほしい」という警告とも受け取れます。
株式投資によるインフレ対策
株式は、企業が発行する所有権です。企業は原材料コストや人件費が上がれば、それを製品価格やサービス価格に転嫁(値上げ)することで利益を守ろうとします。利益が増えれば株価も上昇するため、株式は長期的にはインフレヘッジ(防御)の役割を果たします。
インフレに強いセクターとしては、銀行(金利上昇恩恵)、商社(資源高恩恵)、保険、重厚長大産業(インフレに伴う設備投資需要)などが挙げられます。逆に、コスト高を価格転嫁できない企業や、デフレ時代に強かった一部の小売業は苦戦する傾向があります。
インフレ対策として株式投資を行う際、新NISA(少額投資非課税制度)の活用は必須です。通常、投資利益には約20%の税金がかかりますが、NISAならゼロです。インフレ税で資産を削られ、さらにキャピタルゲイン税まで取られては、実質資産を守ることは困難です。NISAは国民に残された数少ない「非課税の聖域」といえます。
金(ゴールド)への投資
歴史上、通貨の価値が揺らいだ時、あるいは国家の信用が低下した時に、常に最後の逃避先として輝きを増してきたのが「金(ゴールド)」です。金は「誰の債務でもない」という最大の特徴を持ちます。株式は企業の倒産リスク、国債は国の破綻リスクがありますが、金そのものの価値はゼロになりません。円安・インフレが進行する中で、円建ての金価格は歴史的な高値を更新し続けています。金自体は利息を生みませんが、通貨の価値が下がる分だけ相対的に価格が上がるため、資産の保全(購買力の保存)として極めて有効です。資産運用の専門家は、ポートフォリオの10%~20%程度を金(現物やETF)で持つことを、インフレ税に対する強力な保険として推奨しています。
不動産投資のメリット
不動産もまた、インフレに強い資産の代表格です。実物資産としての価値という点では、建物や土地の価格は、建材費や人件費の上昇に伴い上がります(再調達コストの上昇)。インカムゲインの観点では、物価が上がれば、タイムラグを経て家賃も上昇傾向になります。さらに借金の目減り効果として、ローンを組んで不動産を購入している場合、インフレによって借金の実質負担が軽減されるため、資産形成のスピードが加速します。これは「レバレッジを効かせたインフレヘッジ」となります。ただし、日本の場合は人口減少による空き家問題や需給悪化リスクがあるため、すべての不動産が上がるわけではありません。都心部や駅近など、需要が底堅いエリアの物件を選別することが不可欠です。
外貨資産への分散
日本のインフレ税(円の価値下落)から逃れる最も単純かつ効果的な方法は、資産の一部を「円以外」の通貨にすることです。もし円安が進んで輸入品の価格が上がっても、米ドルなどの外貨資産を持っていれば、円換算での資産額が増えるため、購買力の低下を相殺できます。S&P500や全世界株式(オール・カントリー)への投資信託を購入することは、実質的に外貨建て資産(米国の企業や世界の企業の株式)を持っているのと同じ効果があります。これは、日本という国に全財産を賭ける「一本足打法」からの脱却を意味します。
まとめ:インフレという現実を受け入れ行動する
本記事で詳述してきた通り、インフレ税は法律で定められた税金ではありませんが、現金を持つすべての人に対する強制的な徴収システムです。歴史的な事例や経済理論(FTPL)、そして現在の日本の財政状況を鑑みれば、このシステムは一過性のものではなく、今後数年から数十年にわたり稼働し続ける可能性が高いと言わざるを得ません。
かつてのデフレ時代(失われた30年)には、「現金を銀行に置いておく」ことが正解でした。モノの値段が下がるので、現金の価値が相対的に上がっていたからです。しかし、パラダイムシフトは既に起きています。インフレ時代において、現金は安全資産ではなく、「持っているだけで腐っていく生鮮食品」のようなものになりつつあります。
私たちに必要なアクションは3点に集約されます。第一に「認識の転換」として、物価上昇を単なる「不運な値上げ」と捉えるのではなく、国家財政と連動した構造的な「富の移転(インフレ税)」であると正しく認識することです。第二に「現状の直視」として、シミュレーションで示した通り、何もしなければ10年後、20年後に自分の資産価値が数割削り取られる未来を直視することです。第三に「具体的な行動」として、NISAを活用した株式投資、金(ゴールド)や不動産といった実物資産への分散、外貨資産の保有、そしてインフレに負けない稼ぐ力を身につけるための自己投資を行うことです。
インフレ税の徴収から身を守るための「盾」を用意するのは、国でも会社でもなく、あなた自身です。


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