2025年の銀歯(歯科鋳造用金銀パラジウム合金)の値上げは、3月1日・6月1日・9月1日・12月1日の計4回にわたって施行されました。特に12月1日の改定では、1グラムあたりの告示価格が3,802円という過去最高水準に達し、歯科業界に大きな衝撃を与えました。この一連の価格改定は、ロシア・ウクライナ情勢の長期化や円安の進行、南アフリカの生産危機といった複合的な要因によって引き起こされ、日本の歯科医療における「脱メタル」の流れを決定的なものとしました。
本記事では、2025年に実施された銀歯の値上げについて、具体的な施行時期と改定内容、価格高騰の背景にある経済的要因、歯科医院経営への影響、そして代替材料として注目されるCAD/CAM冠やPEEK冠への移行状況まで、詳しく解説していきます。これから歯科治療を検討している方や、すでに治療中の方にとって、費用面での見通しを立てる上で参考となる情報をお届けします。

2025年銀歯値上げの施行時期と改定スケジュール
歯科用貴金属の保険請求価格は、市場価格の変動を反映させるために「随時改定」という仕組みが採用されています。年4回の素材価格調査を経て改定が行われる仕組みとなっており、2025年はこの随時改定がすべてのタイミングで引き上げ方向に作用しました。
2025年3月1日施行の第1回改定の内容
2025年最初の値上げは3月1日に施行されました。前年後半からの貴金属相場の上昇を受けた改定であり、この時点から患者負担増の兆候が現れ始めていました。3月の改定により、小臼歯の詰め物(インレー)は777点から813点へ引き上げられ、大臼歯の詰め物は956点から1005点へと上昇しました。被せ物(クラウン)においても、小臼歯が1218点から1273点へ、大臼歯が1519点から1596点へと改定されました。この時点での患者の窓口負担増加額は、3割負担の場合で約110円から230円程度となりました。
2025年6月1日施行の第2回改定の詳細
3月の改定からわずか3ヶ月後となる6月1日には、さらなる価格改定が実施されました。この改定において、金銀パラジウム合金の1グラムあたりの告示価格は3,299円へと引き上げられました。直前の価格である3,149円から比較すると、グラムあたり150円、率にして約2.1%の上昇でした。この時期には市場でパラジウムの供給不安が再燃しており、3,299円という告示価格でも歯科医院の仕入れ値をカバーしきれないケースが散見されるようになっていました。
2025年9月1日施行の第3回改定における変更点
夏場にかけての為替変動と資源価格の高騰を受け、9月1日には三度目の改定が行われました。この改定により、金銀パラジウム合金の告示価格は1グラムあたり3,445円に到達しました。6月時点の3,299円からさらに146円の上昇となり、治療費も再計算されました。小臼歯の銀歯(詰め物)は824点から848点へ、大臼歯は1020点から1053点へと引き上げられ、患者負担額は前回改定時からさらに70円から160円程度増加することとなりました。
2025年12月1日施行の第4回改定がもたらした衝撃
2025年を象徴する大規模な随時改定が、12月1日に施行されました。この改定幅は過去の例を見ても極めて大きく、歯科業界全体に衝撃を与えました。厚生労働省の決定により、金銀パラジウム合金の告示価格は1グラムあたり3,802円に設定されました。直前の9月価格である3,445円から一気に357円、率にして約10.4%もの引き上げとなりました。
歯科医院が材料店から購入する際の標準的な単位である30グラムパッケージに換算すると、10万3,350円から11万4,060円へと、一箱あたり1万円以上も公定価格が跳ね上がったことになります。この材料価格の急騰に伴い、診療報酬点数も大幅に書き換えられました。小臼歯の詰め物は906点(9月比+58点)、大臼歯の詰め物は1132点(9月比+79点)となり、被せ物に至っては小臼歯が1417点(9月比+90点)、大臼歯が1797点(9月比+125点)という高水準に達しました。
金額に直すと、大臼歯の銀歯を1本入れるだけで、9月以前と比較して窓口負担が約380円(3割負担の場合)増加することになりました。1本の治療でこれだけの差が出るため、複数の歯を治療中の患者にとっては、トータルで千円単位の負担増となり、家計への影響も無視できないレベルとなりました。
銀歯価格高騰の背景にあるマクロ経済的要因
2025年にこれほどまで歯科用金属の価格が高騰した原因は、日本の歯科医療制度の枠を超え、グローバルな資源市場の動向に深く根ざしています。金銀パラジウム合金の主成分である金、銀、パラジウムは、いずれも国際的な投機対象であり産業用資源でもあります。
ロシア・ウクライナ情勢の長期化による供給網への影響
価格高騰の最大の要因は、依然として解決の糸口が見えないロシア・ウクライナ情勢でした。パラジウムは、ロシアが世界生産の約40%を占める最大の供給国であり、この供給ラインの不安定化が市場を直撃しました。2025年においては、西側諸国による対ロシア経済制裁が継続・強化される中で、特に英国がロシア産パラジウムの輸入禁止措置に踏み切ったこと、およびG7諸国による制裁網の拡大が、市場心理を冷え込ませました。
ロシア側も対抗措置として輸出制限をちらつかせるなど、資源を外交カードとして利用する動きが見られ、将来的な供給途絶リスクを懸念した市場参加者による買いが価格を押し上げました。実質的にロシア産のパラジウムを西側諸国が直接調達することが困難となる中で、中国などを経由した迂回ルートも存在するものの、流通コストの増大や不透明性がリスクプレミアムとして価格に上乗せされる構造が定着しました。
南アフリカにおける生産危機と供給量の減少
ロシアに次ぐ世界第2位のパラジウム生産国である南アフリカ(世界シェア約30%)の状況悪化も、価格高騰に拍車をかけました。南アフリカでは、慢性的な電力不足による計画停電が鉱山操業に支障をきたしているほか、設備の老朽化、労働組合によるストライキの発生などが重なり、2025年のプラチナ族金属の生産量は前年比で減少しました。世界供給の7割以上を占める2大生産国が同時に供給不安に陥るという状態が、2025年のパラジウム市場を支配していたのです。
歴史的な円安が国内価格に与えた決定的影響
日本国内の告示価格決定において、ドル円相場の影響は決定的でした。貴金属は国際市場において米ドル建てで取引されるため、2025年も継続した円安基調は、輸入価格を押し上げる強力な要因となりました。ドル高・円安は、ドル建て資産である貴金属の日本円換算価格を自動的に引き上げます。たとえドル建ての国際価格が横ばいであったとしても、円安が進めば国内価格は上昇します。2025年は、米国の金利政策と日本の金融政策の乖離から円売り圧力が継続し、これが金銀パラジウム合金価格の高騰を下支えする主要因の一つとなりました。
自動車産業におけるパラジウム需要の底堅さ
パラジウムの主たる用途は、実は歯科用ではなく、ガソリン車の排ガス浄化触媒です。近年、電気自動車へのシフトが進んでいますが、2025年時点ではハイブリッド車の世界的な需要が底堅く、また各国の環境規制強化に伴い、一台あたりの触媒使用量が増加傾向にありました。電気自動車への完全移行までの過渡期において、内燃機関を持つ車の生産が続く限り、パラジウム需要は急減しません。この底堅い産業需要と脆弱な供給のギャップが、価格の高止まりを招きました。
歯科医院経営を脅かす「逆ザヤ」問題の深刻化
2025年の価格改定において、歯科医療関係者が最も強く懸念し悲鳴を上げたのが「逆ザヤ」問題です。これは保険診療の構造的な欠陥とも言える現象であり、地域医療の崩壊を招きかねない深刻な事態となりました。
逆ザヤが発生するメカニズムとその実態
「逆ザヤ」とは、歯科医院が材料業者から金属を購入する価格(仕入れ値)が、国から支払われる保険請求額(売値)を上回ってしまう状態を指します。2025年10月頃の市場データによると、金銀パラジウム合金30グラムの市場実勢価格は一時12万2,650円に達し、さらに上昇する気配を見せていました。しかし、当時の告示価格はこれよりも低く設定されていたため、歯科医師は金属を使って治療をすればするほど、その差額分だけ損失を被るという異常事態が発生しました。
愛知県保険医協会の試算によれば、大臼歯のフルメタルクラウンを1本作製する場合、技術料や人件費を考慮する以前に、材料費だけで約4,000円から5,000円の持ち出しが発生していたと報告されています。本来、診療報酬には歯科医師の技術料、技工士への委託料、設備維持費などが含まれているはずですが、それらがすべて金属代の補填に消え、さらに赤字が発生するという状況は、経営的に持続不可能でした。
歯科医療機関が直面した経営危機と閉院リスク
この状況に対し、各地の保険医協会や歯科医師会は限界を訴えました。材料費の支払いがキャッシュフローを圧迫し、特に資金力の乏しい小規模な個人開業医にとっては、閉院や倒産のリスクが現実のものとなりました。物価高や人手不足の影響を受け、2025年の企業倒産件数は増加傾向にあり、歯科医院も例外ではありませんでした。特に、自院の収益モデルが金属治療に依存していた医院ほど、この制度改定と価格変動の波に飲み込まれやすく、M&Aによる事業承継や廃業を選択せざるを得ないケースが増加しました。
2025年12月に同時進行したマイナ保険証への完全移行
銀歯の値上げによる混乱の最中、2025年12月にはもう一つの大きな制度変更が実施されました。それが「マイナ保険証」への完全移行です。
紙の健康保険証廃止と医療現場への影響
2025年12月2日をもって、従来の健康保険証の新規発行が停止され、マイナンバーカードを健康保険証として利用する「マイナ保険証」への一本化が本格的にスタートしました。これにより、12月以降に歯科医院を受診する患者は、原則としてマイナンバーカードを持参し、顔認証カードリーダーでの受付を行うこととなりました。マイナンバーカードを持たない、あるいは紛失した患者に対しては「資格確認書」が発行されましたが、この移行期において現場では大きな混乱が生じました。
受付業務の逼迫と二重の説明負担
歯科医院の受付では、12月1日からの銀歯値上げに伴う治療費の変更についての説明に加え、マイナ保険証の使い方や、従来の保険証が使えなくなることへの説明対応に追われました。また、マイナ保険証の電子証明書には有効期限(発行から5回目の誕生日まで)があり、更新手続きを忘れている患者が資格確認できないといったトラブルも発生しました。医療DXの推進は長期的にはメリットがあるものの、2025年12月というタイミングにおいては、価格改定の事務負担と重なり、現場のリソースを大きく圧迫する要因となりました。
加速する「脱メタル」の流れとCAD/CAM冠・PEEK冠の台頭
2025年の金銀パラジウム合金価格高騰は、結果として日本の歯科医療における「脱メタル(メタルフリー)」の流れを決定的にしました。高すぎて使えない金属の代わりに、保険適用範囲が拡大された白い材料への転換が急速に進みました。
CAD/CAM冠の保険適用拡大と普及の加速
ハイブリッドレジンブロックを削り出して作る「CAD/CAM冠(キャドキャムかん)」は、2025年において、事実上ほぼすべての歯に対して保険適用が可能となりました。かつては小臼歯のみや金属アレルギー患者のみといった厳しい制限がありましたが、2025年の時点では、治療する歯の反対側(左右対側)に上下の奥歯がしっかり噛み合っている(咬合支持がある)ことを基本条件として、第一大臼歯・第二大臼歯(奥歯)への使用が広く認められるようになりました。
反対側の支持がない場合でも、金属アレルギーの診断書があれば適用可能となっています。さらに、従来品よりも強度を高めた「CAD/CAM冠用材料(V)」が導入され、大臼歯の強い咬合力にも耐えうるとして、全ての大臼歯への適応を後押ししました。これにより、「銀歯は高いし目立つから嫌だ」という患者のニーズと、「銀歯は赤字になるから避けたい」という医院側の事情が合致し、CAD/CAM冠の普及率は爆発的に向上しました。
エンドクラウンの臨床現場への本格導入
2024年6月の改定で保険収載された「エンドクラウン」は、2025年に入ってから臨床現場での採用が本格化しました。エンドクラウンとは、神経を取った後の歯に対し、従来の「土台(コア)+被せ物(クラウン)」という二重構造ではなく、歯の根元の空洞(髄室)までを一体化したブロックで埋める修復方法です。
エンドクラウンのメリットとして、歯質を削る量を最小限に抑えられるほか、部品点数が減るため技工作業の効率化にもつながる点が挙げられます。また、金属を一切使用しないため、パラジウム相場の変動リスクを受けず、安定した経営が見込める点も普及の要因となりました。
PEEK冠が提供する新たな治療選択肢
2025年には「PEEK冠(ピークかん)」の存在感も増しました。PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)は、スーパーエンジニアリングプラスチックの一種で、航空機部品や人工関節にも使われる極めて強度の高い素材です。PEEK冠はCAD/CAM冠よりも割れにくく、金属に近い強度を持つため、最後臼歯(一番奥の歯)など過酷な環境に適しています。
色調はアイボリー(象牙色)単色であり、天然歯のような透明感やグラデーションを持つCAD/CAM冠には審美性で劣りますが、「銀歯よりは目立たず、とにかく壊れない」という実用性を重視する患者層に支持されました。2025年の歯科治療は、前歯や見える位置の奥歯にはCAD/CAM冠、噛む力が強い一番奥の歯にはPEEK冠というように、素材の特性に応じた使い分けが保険診療の中で確立された年でもありました。
2026年診療報酬改定に向けた展望と歯科医療の未来
2025年の混乱を経て、業界の視線はすでに2026年(令和8年度)の次期診療報酬改定に向けられています。ここでは、金銀パラジウム合金という材料そのものの存続に関わる議論が進められています。
金パラ使用の原則禁止とコバルトクロム合金への転換
2026年改定では、入れ歯(義歯)の留め金(クラスプ)や補強用バーにおける金銀パラジウム合金の使用が原則禁止される方向で議論が進んでいます。これに代わって標準材料となると見られているのが「コバルトクロム合金」です。コバルトクロムは金銀パラジウム合金に比べて材料費が圧倒的に安く、例えば補強用バーの場合、金銀パラジウム合金では約2万円近い材料費がかかるものが、コバルトクロムなら数百円で済む計算になります。この転換により、年間約170億円から200億円規模の医療費削減効果が見込まれており、財政圧迫に苦しむ保険制度にとって魅力的な選択肢となっています。
診療報酬改定における重点配分への期待
2026年改定では、診療報酬本体のプラス改定(+3.09%)が決定しており、これは30年ぶりの高水準です。物価高騰・賃上げ対応という名目のもと、特に歯科領域においては、貴金属価格の高騰という特殊事情を鑑みた重点的な配分が期待されています。ただし、その配分は「金属の価格を上げる」ことではなく、「金属を使わない技術を高く評価する」方向に向かうことが見込まれています。歯科医師や技工士の技術料を引き上げ、材料費への依存度を下げることで、相場変動に左右されない強靭な歯科医療提供体制の構築が目指されています。
デジタルデンティストリーの保険適用拡大と産業構造の転換
2026年に向けては、3Dプリンターを用いた義歯製作など、デジタル技術の保険適用拡大がさらに進む見通しです。政府の方針においても、医療DXの推進は重要課題とされており、型取りから製作までをフルデジタルで行うことで、材料ロスの削減、納期短縮、そして感染リスクの低減を図る動きが加速しています。銀歯のような「鋳造(キャスト)」というアナログ技術から、CAD/CAMや3Dプリントという「デジタル製造」への産業構造の転換が、診療報酬改定を通じて強力に誘導されることになります。
2025年銀歯値上げについてよくある疑問への回答
銀歯の値上げについて、多くの患者が疑問に思う点について解説します。
まず「なぜ銀歯だけがこんなに値上がりしたのか」という疑問についてですが、これは銀歯の主成分であるパラジウムという金属が、世界的に供給が逼迫しているためです。パラジウムの主要生産国であるロシアが経済制裁の対象となり、また第2位の生産国である南アフリカも電力不足や労働争議で生産が減少しました。さらに円安が進んだことで、輸入価格が押し上げられました。
「今後も銀歯は値上がりし続けるのか」という点については、2026年以降は金銀パラジウム合金の使用自体が制限される方向で議論が進んでおり、値上げというよりも「銀歯が使われなくなる」方向に進む可能性が高いと言えます。
「銀歯以外で保険適用になる白い歯はあるのか」という疑問については、2025年時点で条件を満たせばほぼすべての歯にCAD/CAM冠という白い被せ物を保険適用で入れることが可能です。また、PEEK冠やエンドクラウンなど、複数の選択肢が保険診療の中で使えるようになっています。
まとめ:2025年が歯科医療にもたらした変革の意味
2025年の一連の銀歯値上げは、単なるインフレの影響として片付けることはできません。それは、戦後の日本の歯科医療を支えてきた「安価で加工しやすい金銀パラジウム合金」というシステムが、もはやグローバル経済の中では維持不可能であることを明らかにした出来事でした。
12月1日のグラム単価3,802円という数字は、歯科医院経営者にとっては「金属からの撤退」を決断させるきっかけとなり、患者にとっては「銀歯はもはや安い治療ではない」という認識を植え付ける機会となりました。逆ザヤによる経営危機は、結果として、本来であればもっと緩やかに進むはずだった「メタルフリー化」を、数年前倒しで実現させる推進力として機能しました。
これから歯科治療を受ける患者にとって重要なのは、「いつ銀歯が値上げされるか」という情報だけではありません。「銀歯以外の選択肢が、保険診療の中でどれほど充実してきているか」を知ることこそが、自身の健康と経済的な利益を守る鍵となります。条件さえ合えば、ほぼ全ての歯を保険適用で白く、かつ金属アレルギーの心配のない材料で治すことが可能になっています。
私たちは今、歯科医療における「金属の時代」の終わりと、「デジタルと新素材の時代」の始まりを目撃しています。2025年は、その不可逆的な変化が決定的となった歴史的な一年として、長く記憶されることになるでしょう。

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