CoCo壱番屋が「高い」とブーイングされる理由は、トッピングを追加すると1,000円を超えやすい積み上げ式の価格設定と、2024年8月に実施された地域別価格廃止による全国一律値上げにあります。かつて手軽なランチの代表格だったカレーライスが、気づけば高級ランチ並みの価格になっていることへの消費者の心理的抵抗が、SNSやニュースコメント欄での批判的な声となって表れています。しかし興味深いことに、こうした「高すぎる」という世間の声とは裏腹に、運営会社の株式会社壱番屋は2025年2月期において過去最高益を更新しました。この記事では、ココイチに対するブーイングの正体と、それでも利益が増え続ける経営構造の秘密を詳しく解説します。

CoCo壱番屋が高いと言われる最大の理由は「積み上げ式価格」にある
CoCo壱番屋の価格設定システムは「ビルディング・ブロック方式」と呼ばれる独特の仕組みを採用しています。これは、ベースとなるカレーソースとライスの量を選び、そこに好みの具材をトッピングしていくスタイルです。この方式は顧客に無限に近いカスタマイズの自由度を提供する一方で、会計時の総額が事前の想定を大きく上回りやすいという特徴を持っています。
2024年8月の価格改定以降、ベースとなるポークカレー(ライス300g)の価格は全国統一で646円(税込)となりました。この時点では600円台であり、心理的なハードルはさほど高くありません。しかし、ココイチの代名詞とも言える人気トッピング「ロースカツ」を352円で追加すると、合計金額は998円となり、1,000円札一枚で支払えるギリギリのラインに到達します。さらに彩りや栄養バランスを考慮して「ハーフ野菜」を136円、「チーズ」を264円で追加すると、総額は瞬く間に1,200円から1,400円台へと跳ね上がります。
実際、外食に関する調査では、カレーに1,000円以上支払うことに抵抗を感じる消費者が8割以上にのぼるというデータもあります。この「1,000円の壁」は、ラーメンやかつ丼などの日常食に共通して見られる心理的なボーダーラインです。消費者が抱くブーイングの正体は、「贅沢をしている感覚がないのに、支払額が贅沢な食事と同等になっている」という認知的不協和にあります。高級レストランでステーキを食べるのであれば、1,500円や2,000円の支出は納得のいくものです。しかしココイチでの食事はあくまで「日常的なカレーライス」の延長線上にあると認識されているため、その体験価値と支払額のギャップが「割高感」として強く意識されてしまうのです。特にかつてポークカレーが400円台や500円台で提供されていた時代を知る層にとっては、現在の価格設定は過去の記憶と比較した際の「アンカリング効果」により、実勢価格以上に高く感じられる傾向があります。
2024年8月の地域別価格廃止がブーイングを加速させた
2024年8月1日に実施された価格改定は、ココイチの歴史においても大きな転換点となりました。特筆すべきは、これまで導入されていた「地域別価格」の廃止と、全国統一価格への移行です。従来ココイチは、賃料や人件費が高い東京、神奈川、大阪などの大都市圏と、それ以外の地域で異なる価格を設定していました。これは地域の経済格差に配慮した合理的なシステムでした。
しかし原材料費の高騰や物流コストの上昇は全国的な課題となり、地域ごとの価格差を維持することが困難になりました。壱番屋は経営効率化の観点から価格の一本化を決断しましたが、その結果、地方在住の消費者にとっては実質的な大幅値上げとなって跳ね返ることになりました。具体的には、東京などの大都市圏ではポークカレーの値上げ幅が55円(591円から646円)であったのに対し、それ以外の地域では76円(570円から646円)もの値上げとなったのです。
この価格戦略は地方部における「ココイチ離れ」を加速させる要因の一つとなりました。都市部の給与水準と比較して相対的に可処分所得が低い傾向にある地方部において、76円のベースアップに加え、トッピング価格も平均13.5%引き上げられたことは、家計に対するインパクトが非常に大きいものでした。SNS上で見られる「こんなに高くなってはもう行けない」という悲痛な声の一部は、こうした急激な価格変動に直面した地方ユーザーからのものだと考えられます。
ブーイングしているのは誰か:客層の入れ替わりという現実
ネット上での批判的なコメントと、実際の店舗における客足の動向を照らし合わせると、興味深い事実が浮かび上がります。データによれば、2024年9月以降、客数は前年同月比ですべてマイナスを記録しており、確かに「客離れ」は起きていました。しかし離れているのは主に価格感度が高い「若年層」や、単に空腹を満たすためのランチ需要としてココイチを利用していた「ライトユーザー」である可能性が高いのです。
一方で50代以上の中高年層においては、ココイチの利用頻度が維持、あるいは相対的に高まっているという調査結果があります。彼らは若年層に比べて経済的な余裕があり、数百円の値上げよりも「いつもの味」「自分好みに調整できる安心感」を重視する傾向があります。つまり現在ネット上で展開されているブーイングは、ココイチがターゲットから外した層からの別れの挨拶であり、現在のココイチを支えているのは価格上昇を許容できるロイヤルユーザーたちなのです。この「客層の新陳代謝」こそが、客数減でも利益増を達成できる構造の基盤となっています。
競合他社と比較するとCoCo壱の「相対的割高感」が際立つ
ココイチが「高い」と批判される背景には、日本の外食市場、特にカレーを提供する競合チェーンがあまりにも安価であるという事情があります。
松屋との価格差は歴然
牛丼チェーン大手でありながらカレーに対する並々ならぬこだわりを持つことで知られる松屋、および同社が展開するカレー専門店「マイカリー食堂」は、ココイチにとって最大の価格競争相手です。松屋のカレーメニューはその圧倒的なコストパフォーマンスで知られており、2024年時点においてオリジナルカレーは400円台後半、ビーフカレーなどの期間限定商品でも500円台から700円台で提供されていました。
さらに衝撃的なのはマイカリー食堂の存在です。同店では揚げたてのロースカツを乗せた「ロースかつカレー」を500円台から600円台という驚異的な低価格で提供している店舗があります。ココイチで同様のメニュー(ポークカレー+ロースカツ)を注文すれば約1,000円かかることを考慮すると、その価格差は400円近くに達します。消費者が「単にカツカレーを食べる」という機能的価値だけを求めるならば、松屋やマイカリー食堂を選択するのは経済合理的に正解であり、この比較がココイチに対する「高すぎる」という印象を強烈に補強しています。
また松屋系列は店内飲食の場合に味噌汁が無料で付くという強力な付加価値を持っています。ココイチではサラダやドリンクは別料金であり、セットにすればさらに数百円の出費が必要となります。この「定食としての完成度」と「価格」のバランスにおいて、松屋はココイチの市場、特にランチタイムのサラリーマン需要を大きく浸食していると言えます。
かつやはとんかつ専門店の本気を見せる
とんかつ専門店「かつや」もまた、カツカレー市場における強力なプレイヤーです。かつやの「カツカレー(梅)」は80gのロースカツが乗って700円台から800円台(税込)で提供されています。さらにかつやは会計時に次回使える「100円割引券」を配布するマーケティング戦略をとっており、リピーターであれば実質的に常に100円引きで食事ができます。
かつやの強みはとんかつ専門店ならではの「カツのクオリティ」にあります。肉の厚み、衣のサクサク感において、あくまで「トッピング」として設計されているココイチのカツに対し、かつやのカツは「メインディッシュ」としての存在感を持ちます。より高品質なカツが乗り、価格も安いとなれば、カツカレー好きの層がかつやに流れるのは必然的な流れです。
日乃屋カレーやゴーゴーカレーとの比較
「日乃屋カレー」や「ゴーゴーカレー」といった他のカレー専門店も、独自のポジションを築いています。日乃屋カレーの「名物カツカレー」やゴーゴーカレーのメニューは、価格帯としてはココイチに接近しつつあるものの、依然として「カツが乗って1,000円以下または1,000円前後」というラインを死守しようとする傾向が見られます。
日乃屋カレーは「甘くて辛い」独特のソース、ゴーゴーカレーは濃厚な金沢カレーという明確な「味の差別化」を行っており、ココイチのような万能型とは異なるファン層を抱えています。これらのチェーンと比較しても、ココイチの「普通のカレーが高い」という認識は拭えません。ココイチのカレーソースは万人に愛されるように設計された癖のない味であるがゆえに、「この味でこの値段か」という厳しい評価を受けやすい側面があります。
客数が減っても利益が増える「ココイチ・パラドックス」の正体
競合他社と比較して明らかに割高であるにもかかわらず、壱番屋は過去最高益を更新し続けています。この一見矛盾する現象の正体は、緻密に計算された収益構造の変革にあります。
客単価上昇で売上を維持する戦略
壱番屋の決算データを分析すると、客数の減少を補って余りある「客単価の上昇」が見て取れます。2024年8月の大幅値上げ以降、客単価は前年比で10%以上増加し、1,200円前後に達しました。これは値上げによる単価アップだけでなく、値上げ後も来店し続けるロイヤルユーザーたちがトッピングを減らさずに注文し続けていることを示唆しています。
売上高は「客数×客単価」で構成されます。これまでの外食産業は安価なメニューで客数を稼ぐ「薄利多売」モデルが主流でしたが、人手不足と原材料高騰の時代においてこのモデルは限界を迎えています。ココイチは客数をあえて減らしてでも、一皿あたりの収益性を高める「厚利少売」へと舵を切ったのです。客数が5%減っても単価が10%上がれば総売上は増加します。さらに客数が減ることは店舗オペレーションの負担軽減、ひいては人件費の抑制や従業員満足度の向上にも寄与します。
フランチャイズ加盟店を守るための値上げ
ココイチの店舗の約9割はフランチャイズ(FC)加盟店です。FCビジネスにおいて本部の収益だけでなく、加盟店の経営存続が最重要課題となります。昨今の原材料費(米、油、肉)や光熱費の高騰は加盟店の利益を直撃しています。もし本部が「客離れ」を恐れて値上げを躊躇すれば、体力のない加盟店から順に倒産・廃業に追い込まれるリスクがありました。
2024年の大幅値上げは加盟店を守るための防衛策という側面が強いものでした。各オーナーにとっては客数が減ったとしても、残った利益率の高い顧客に対してサービスを提供することで、手元に残る利益を確保できる体制が整ったと言えます。独立後のオーナー継続率が高いことからも、このビジネスモデルが加盟店側にとっても持続可能であることがうかがえます。
インフレ時代のコスト構造が値上げを不可避にした
「贅沢していないのに高い」という消費者の感覚とは裏腹に、カレーという料理はインフレの影響を極めて受けやすい商材です。ココイチの使用する食材である米、豚肉、牛肉、輸入野菜、スパイス、フライ用油は、すべて近年の価格高騰の中心にある品目です。特に日本のカレーに不可欠な「米」の価格上昇は非常に著しいものがあります。
またココイチは工場で製造したカレーソースを各店舗に配送するセントラルキッチン方式を採用していますが、物流費の高騰(2024年問題など)もコストを押し上げる要因となっています。これらのコスト増を吸収し、かつ利益を出すためには10%程度の値上げは不可避でした。ココイチの「高さ」は企業の暴利ではなく、日本経済全体のインフレ構造を正直に反映した結果と言えるでしょう。
それでもCoCo壱番屋が選ばれ続ける理由とは
機能的価値(価格と満腹感)では競合に劣るココイチが、なぜ支持され続けるのでしょうか。それは他社が模倣できない「情緒的価値」と「カスタマイズ体験」を提供しているからに他なりません。
カスタマイズの自由度が生む「自分だけの一皿」
ココイチの最大の強みはその圧倒的なカスタマイズ性にあります。ソースの種類(ポーク、ビーフ、ベジ、ハヤシなど)、ライスの量(グラム単位)、辛さ(甘口から20辛以上)、そして50種類以上に及ぶトッピング。これらの組み合わせは天文学的な数字となり、顧客は「自分だけのカレー」を作ることができます。
例えば「今日は体調が良いから3辛にして、スタミナをつけるために豚しゃぶとニンニクを入れよう」「少しカロリーを気にしたいからライスを200gに減らして、その分ほうれん草と納豆でタンパク質と野菜を摂ろう」といった、その日の気分や体調に合わせた微調整が可能です。松屋やかつやでは「提示された完成品」を受け入れるしかありませんが、ココイチでは顧客が「主体的に選ぶ」というプロセス自体がエンターテインメントとして機能しています。この「選ぶ楽しさ」と「自己実現」の対価として、顧客はプレミアム価格を支払っているのです。
「失敗しない」という絶対的な信頼感
ビジネスマンや保守的な層にとって、ココイチの最大の価値は「安定感」にあります。日本全国どこの店舗に入っても、清潔な店内、教育された接客、そしてブレのないいつもの味が提供されます。この「失敗しない安心感」はランチタイムの限られた時間において非常に高い価値を持ちます。
また漫画が置かれている店舗が多いことや、カウンター席だけでなくテーブル席が充実していることなど、単なる食事場所としてではなく一息つける「サードプレイス」としての機能も果たしています。50代以上の層が離れない理由の一つに、こうした「居心地の良さ」と「急かされない雰囲気」が挙げられます。牛丼屋のカウンターで急いでかき込むのではなく、きちんとしたレストランサービスを受けながらカレーを食べるという体験はココイチならではのものです。
インバウンド需要という新たな追い風
日本国内では「高い」と言われるココイチですが、海外からの視点、特にインバウンド観光客からの評価は全く異なります。円安の影響もあり、欧米からの観光客にとって1,000円から1,500円で質の高い食事とフルサービスが受けられるココイチは「驚くほど安い」存在として映っています。
海外のココイチの価格設定を見るとその差は歴然としています。イギリス・ロンドンの店舗ではカツカレーが約12から13ポンド(約2,400円以上)で提供されており、トッピングやドリンクを追加すれば3,000円を軽く超えます。アメリカ・ロサンゼルスでもカツカレーは約19ドル(約3,000円前後)であり、チップを含めればさらに高額となります。
グローバルな視点で見れば日本のココイチ価格は依然として世界最安値レベルにあります。この「内外価格差」は経営陣に対して「日本の価格はまだ安すぎる」「値上げの余地がある」という確信を与えている可能性が高いです。インバウンド客が行列を作る光景は、ココイチが「世界基準の価格」へと収斂していく過程の一コマとも捉えられます。
CoCo壱番屋は「国民食」から「嗜好品」へと変化している
これまでの分析を通じて明らかになったのは、ココイチが直面している「ブーイング」と「最高益」の共存は、同社が「大衆的なファストフードチェーン」から「付加価値を提供する専門レストラン」へと業態転換を果たす過程で生じている摩擦であるという事実です。
かつてココイチは「金はないが腹を空かせた若者」の味方でした。しかしデフレの終焉とコストプッシュ型インフレの進行により、その役割を維持することは経営的に不可能となりました。2024年の地域別価格廃止と全国統一値上げはその決別宣言とも言えます。ココイチは今、価格に敏感な層を競合他社に譲り渡し、味、カスタマイズ性、居心地の良さに価値を見出す「選ばれた顧客」との関係を深める道を選んだのです。
今後のココイチとの付き合い方は二極化していくでしょう。一つは価格に見合うだけの「自分だけの最高の一皿」を追求する楽しみを見出すこと。もう一つはハーフサイズメニューやアプリクーポンを駆使して賢く利用することです。いずれにせよ「ココイチは高い」と嘆くことは、日本の外食産業全体が直面している「安さからの脱却」という現実を直視することと同義です。ココイチ・パラドックスは、インフレ時代を迎えた日本経済の縮図そのものなのかもしれません。

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