リコーは、従来の「出社=義務」という概念を根本から覆し、「集まることの価値を最大化する権利・機会」として出社を再定義しました。この取り組みは、同社が事務機器メーカーからデジタルサービス企業への転換を図る中核戦略として位置づけられており、全国約83拠点に展開される「ViCreA」というライブオフィス戦略を通じて具現化されています。リコーのオフィス改革事例は、AI時代における「人間らしい働き方」を追求する日本企業にとって、極めて示唆に富んだモデルケースとなっています。
この記事では、リコーがなぜ出社の概念を再定義するに至ったのか、その背景にある経営戦略から具体的なオフィス設計、制度改革、そして得られた成果まで、包括的に解説していきます。働き方改革やハイブリッドワークの導入を検討している企業担当者の方にとって、実践的な知見を得られる内容となっています。

- リコーが出社を再定義した背景とデジタルサービス企業への転換
- 2036年ビジョン「”はたらく”に歓びを」が示すリコーの働き方哲学
- リコーが定義する「出社」の新しい意味とハイブリッドワークの本質
- AI時代の働き方とワークプレイスエクスペリエンスの重要性
- リコーの働き方改革を支える制度とカルチャーの変革
- 単身赴任解消とワーケーション制度に見るリコーの柔軟な働き方
- 時間管理からの脱却とジョブ・リデザインの推進
- リコーのViCreA戦略に見るライブオフィスの実践事例
- デジタル技術によるワークプレイスの拡張と可視化の仕組み
- リコーのオフィス改革がもたらした成果と数値的インパクト
- リコーが直面した課題と克服のアプローチ
- リコーの事例から学ぶ未来の働き方への示唆
リコーが出社を再定義した背景とデジタルサービス企業への転換
リコーのオフィス改革を理解するためには、まず同社が直面した経営環境の変化を把握する必要があります。かつてOA機器の巨人として日本の高度経済成長期を支えてきたリコーは、21世紀に入り、ペーパーレス化とデジタル化という不可逆的な潮流の中で、自らのアイデンティティを根本から問い直す必要に迫られました。紙を出力する複合機を主軸とするビジネスモデルは、環境意識の高まりとデジタルトランスフォーメーションの進展により、縮小均衡へと向かう状況にあったのです。
この危機感の中で、リコーは自らを「デジタルサービス企業」へと再定義し、単に機器を売る製造業から、顧客のワークフローを変革し価値を提供するサービス業へと脱皮を図る決断を下しました。この経営戦略の転換において、リコーが最も重視したのが「社内実践(ドッグフーディング)」というアプローチです。顧客に対して新しい働き方やDXを提案するためには、まず自らが実験台となり、痛みを伴う改革を断行し、その成功と失敗のプロセスすべてを生きたコンテンツとして提示できなければ説得力を持たないという判断がありました。
したがって、リコーにおけるオフィス改革や出社の再定義は、単なる福利厚生やコスト削減の一環ではなく、同社の存続と成長をかけた経営戦略の中核を成すものとして位置づけられています。
2036年ビジョン「”はたらく”に歓びを」が示すリコーの働き方哲学
リコーの改革を理解する上で欠かせないのが、創業100周年にあたる2036年に向けた企業ビジョン「”はたらく”に歓びを(Fulfilment through Work)」です。これは、創業者・市村清が掲げた「三愛精神」を現代の文脈で再解釈したものであり、労働を単なる生活の糧を得るための手段から、自己実現や社会貢献を通じた充足感を得る営みへと昇華させる試みです。
リコーの経営陣は、社員が主体的に働き方を選択し、創造性を発揮できる環境こそが、顧客への価値提供の源泉であると確信しています。オフィス改革は、この抽象的なビジョンを物理空間と制度に落とし込む具体的な実装プロセスであり、社員一人ひとりが「自律型人材」へと変貌するための舞台装置として機能しているのです。
リコーが定義する「出社」の新しい意味とハイブリッドワークの本質
2020年のパンデミック以降、世界中の企業がオフィス回帰を強制するか、あるいはフルリモートに移行するかという二者択一の議論に翻弄されました。しかし、リコーはこの議論をより高次の次元へと引き上げ、出社とリモートを対立軸で捉えるのではなく、それぞれの特性を最大限に活かすハイブリッドワークの高度化を目指しました。
リコーがたどり着いた結論は、物理的なオフィスへの出社を義務として課すのではなく、集まることの価値を最大化する権利または機会として再定義することでした。従来、オフィスは管理と効率のための場所であり、上司が部下の働きぶりを監視し、定型業務を遂行するための工場のような機能を果たしていました。しかし、リコーの新しい定義において、オフィスは「創造と共感」のための場所へと変貌を遂げています。
リコーの考え方では、個人で完結する集中作業や定型業務は、リモートワークやAIに任せるべき領域とされます。一方で、物理的なオフィスに出社する目的は、オンラインでは代替困難な高度なコミュニケーションやチームビルディング、そして偶発的なセレンディピティの創出に限定されます。つまり、出社は「作業をしに行く」ことではなく、「人に会い、化学反応を起こしに行く」ことと同義となったのです。
AI時代の働き方とワークプレイスエクスペリエンスの重要性
リコーによる出社再定義の背景には、急速に進化するAIの存在があります。リコーは、これからのワークプレイスにおける人間とAIの関係性を、「AIが主役、人間が司令塔」というユニークな概念で説明しています。これは一見、人間がAIの下に置かれるように聞こえるかもしれませんが、真意は逆です。データ処理や定型業務といった作業の主役はAIに譲り、人間はそのAIに対して的確な指示を出し、AIが出したアウトプットに対して価値判断や倫理的な決定を下す司令塔の役割に専念すべきだという考え方です。
AIが実務を担う環境下において、人間に求められる能力は、従来のスキル(処理能力)からセンス(感性・創造性)へとシフトします。そして、このセンスを磨くためには、多様な他者との対話や、五感を刺激する物理的な空間体験が不可欠です。リコーはこれを「ワークプレイスエクスペリエンス」と呼び、オフィスを単なる執務空間ではなく、社員の感性を刺激しエンゲージメントを高めるための体験装置として設計しています。
例えば、BIL TOKYOに設置されたワークショップルーム「Project Cabin」などは、この思想を具現化した空間であり、AIを活用して議論を加速させつつ、人間が創造的な意思決定を行うための場として機能しています。このように、リコーにおける出社の再定義は、AI時代の到来を見据えた人間性の回復運動としての側面も持っているのです。
リコーの働き方改革を支える制度とカルチャーの変革
物理的なオフィスを変えるだけでは、真の働き方改革は実現しません。リコーは、ハードウェアとしての空間の変革と並行して、ソフトウェアとしての人事制度・企業文化の抜本的なアップデートを断行しました。その根底にあるのは、性悪説に基づいた管理から、性善説に基づいた信頼と支援へのパラダイムシフトです。
リコーのリモートワーク制度は、段階的な規制緩和を経て、現在は完全な自律型運用へと移行しています。初期段階である2016年頃の制度は、育児や介護などの事情を抱える社員に限定された在宅勤務制度であり、利用日数にも上限がありました。しかし、2017年の「働き方変革」始動以降、対象者の制限が撤廃され、2020年には日数制限も解除されました。現在では、自律的に働けることを前提に、誰でも、いつでも、どこでも働ける「My Normal」な働き方が定着しています。
特筆すべきは、通勤手当の廃止と実費精算への切り替えです。月11日以上リモートワークを行う社員に対しては、定期券代の支給を停止し、出社した日数分の交通費を実費で精算する仕組みを導入しました。これは、会社が「毎日出社するのが当たり前」という前提を捨て、社員がその日の業務内容に合わせて働く場所を最適化する「Activity Based Working(ABW)」を制度面から裏付けたものです。
単身赴任解消とワーケーション制度に見るリコーの柔軟な働き方
「どこでも勤務」の導入は、社員のライフスタイルに劇的な変化をもたらしました。その象徴的な事例が、単身赴任の解消です。従来、地方の家族を残して東京の本社に勤務していた社員たちが、リモートワークを活用することで、地方の自宅に戻りながら本社業務を継続することが可能になりました。制度導入からわずか3ヶ月で8名の社員が単身赴任を解消したという事実は、場所の制約がいかに個人の生活を犠牲にしていたか、そしてその制約を取り払うことがいかに大きな歓びにつながるかを如実に物語っています。
また、ワーケーション制度の導入も進んでいます。ある社員は北海道で2週間のワーケーションを実施し、午前中は集中して業務を行い、午後は牧草地帯でのツーリングやカヌー、さらには地元漁師の昆布干しのボランティアに参加するといった働き方を実践しました。こうした非日常体験は、単なるリフレッシュにとどまらず、普段のオフィスワークでは得られない視点の獲得や、創造的なアイデアの創出に直結するとリコーは分析しています。新入社員研修においても、富良野でのワーケーションを取り入れ、オンラインネイティブ世代の同期意識の醸成に成功しています。
時間管理からの脱却とジョブ・リデザインの推進
働く場所の自由化に伴い、時間管理の概念も見直されました。リコーはコアタイムを廃止し、スーパーフレックスタイム制を導入しています。これにより、社員は朝型や夜型といった個人のバイオリズムや、育児・介護のスケジュールに合わせて、分断のない効率的な時間を確保できるようになりました。
さらに、リコーでは「ジョブ・リデザイン」という概念が提唱されています。これは、AIやシステムに任せられる業務は徹底的に任せ、人間は人間にしかできない付加価値の高い業務に集中できるように業務プロセス全体を再設計することです。評価制度もこれに呼応して変化しており、長時間労働や机に座っている時間を評価するのではなく、成果やプロセスへの貢献、特にコラボレーションやチャレンジを高く評価する仕組みへと転換しています。
リコーのViCreA戦略に見るライブオフィスの実践事例
リコーのオフィス改革の真骨頂は、自社のオフィスをそのままショールームとして公開する「ViCreA(Value innovation Creative Area)」戦略にあります。2026年初頭時点で全国に約83拠点展開されるViCreAは、作り込まれたモデルルームではなく、実際にリコーの社員が働き、悩み、試行錯誤しているリアルな現場です。
ViCreA 新宿「SHINJUKU LINK」が体現する都市型共創の形
2026年1月13日にリニューアルオープンした「ViCreA 新宿」は、リコーの最新のオフィス哲学が凝縮された拠点です。コンセプトは「SHINJUKU LINK ~人と人が繋がり、新しい価値を共創する場~」となっており、新宿という多様な文化、人、情報が交錯する大都市の特性を活かし、社内外の垣根を超えた交流のハブとなることを目指しています。
このオフィスでは、ABWの考え方が徹底されています。従来のような画一的なデスクの並びは姿を消し、業務内容に応じて選べる多様なゾーンが用意されています。オンライン会議の増加に対応するため、遮音性に優れた個室ブースを大幅に増設する一方で、オフィスの中心には「マグネットエリア」と呼ばれるオープンなコミュニケーションスペースを配置しました。ここは人が自然と集まるように設計されており、コーヒーを飲みながらの雑談や、通りがかりのメンバーを巻き込んだ即席のミーティングが発生しやすい動線になっています。
照明には、リコー独自のIoTソリューションである「スマート照明制御システム」が導入されており、人感センサーが在室状況を検知して自動で調光・消灯を行います。これは省エネ効果だけでなく、どのエリアに人が集まっているかというデータを収集するセンサーとしての役割も果たしています。
ViCreA 文京に見る和の精神とウェルビーイングの融合
2026年1月7日にオープンした「ViCreA 文京」は、新宿とは対照的に静と癒やしにフォーカスした設計が特徴です。文京区という土地柄、六義園などの歴史的庭園に近いことから、和のテイストを全面的に取り入れたデザインが採用されています。
ワークエリアは「庭園の池に浮かぶ小さな島」をイメージして設計されており、曲線的なデスク配置や植栽の活用により、無機質なオフィスとは一線を画す落ち着いた雰囲気を醸成しています。ここでは、社員がリラックスしながらも集中して業務に取り組めるよう、視線の抜けや音環境に配慮がなされています。
さらに特筆すべきは、リフレッシュエリアに茶屋のコンセプトを持ち込んだことです。畳敷きのスペースや木のぬくもりを感じる家具が配置され、社員は靴を脱いでくつろぐことができます。これは、デジタルデバイスに囲まれて疲弊しがちな現代のワーカーに対し、明確なOFFのスイッチを提供し、ウェルビーイングを維持するための意図的な仕掛けです。ここでは、業務の話から離れた雑談が生まれやすく、心理的安全性の高いコミュニティ形成に寄与しています。
ViCreA 大阪(堺筋)のインサイドセールス特化型オフィス設計
「ViCreA 大阪(堺筋)」は、特定の職種に特化したオフィス改革の成功事例として注目されています。ここは主にインサイドセールスやバックオフィスの部隊が入居しており、効率と連携がキーワードとなっています。
インサイドセールスは、電話やWeb会議を通じて顧客と接するため、周囲の雑音が業務の妨げになりがちです。そのため、吸音パネルで囲われた集中ブースが多数配置されています。一方で、チーム内の連携を維持するため、大型のインタラクティブホワイトボードがフロアの随所に設置され、Microsoft Teamsなどを通じて在宅勤務中のメンバーと常時接続されています。これにより、物理的に離れていても、まるで隣にいるかのように声をかけ合い、成功事例やトラブル対応の相談を即座に行える環境が構築されています。
また、9階にはリコーの360度カメラ「THETA」を活用したマグネットスペースがあり、ここからの眺望や開放的な空間が、集中作業の合間のリフレッシュとして機能しています。
ViCreA 名古屋における情報の「滲み出し」を狙うレイアウト戦略
「ViCreA 名古屋」では、ハイブリッドワークが定着した後のコミュニケーション課題である「情報の孤立化」を防ぐための工夫が凝らされています。
オフィスの中心にコラボレーションエリアを大胆に配置し、壁のないオープンな打合せスペースを増やしました。これは、会議の内容をあえて周囲に漏れ聞こえさせる「情報の滲み出し効果」を狙ったものです。閉じた会議室では参加者以外に情報が伝わりませんが、オープンな場での会話は、通りがかりの社員の耳に入り、偶発的なサポートやアイデアの結合を誘発します。
本社・生産現場における働きがい向上への取り組み
本社機能を持つ港区の「ViCreA 港」では、顧客との共創をメインテーマに据え、社外の人を招き入れるためのラウンジ機能を強化しています。一方で、工場などの生産現場においても改革は進んでいます。現場社員にとっての働きがいを高めるため、老朽化していたトイレ、食堂、更衣室、ロッカーなどを全面的にリニューアルし、全社的なエンゲージメント向上に努めています。
デジタル技術によるワークプレイスの拡張と可視化の仕組み
リコーのオフィス改革を支えているのは、同社が持つ強力なデジタル技術群です。これらは、物理的なオフィスとデジタル空間を融合させ、場所の制約を超えたコラボレーションを実現するためのインフラとして機能しています。
RICOH Spacesによるフリーアドレスの課題解決
固定席を廃止しフリーアドレスを導入した企業が必ず直面するのが、「誰がどこにいるかわからない」「話しかけたい相手が見つからない」という問題です。リコーはこの課題に対し、自社開発のクラウド型ワークプレイス管理システム「RICOH Spaces」を導入・活用しています。
このシステムでは、社員が自身の出社予定や現在の座席位置を登録・共有することができます。これにより、「今日はAさんがオフィスにいるから、直接相談に行こう」といった判断が可能になり、出社の価値である対面コミュニケーションの機会損失を防ぐことができます。また、IoTセンサーと連動して会議室やデスクの使用状況をリアルタイムで可視化・分析することで、使用頻度の低いエリアを特定し、レイアウト変更のエビデンスとして活用するなど、データドリブンなファシリティマネジメントを実現しています。
RICOH THETAによるデジタルツインの構築
リコーの代名詞とも言える360度カメラ「RICOH THETA」とプラットフォーム「RICOH360」は、オフィス改革のプロセス共有において重要な役割を果たしています。
リコーは、自社のオフィス環境を360度画像で記録し、バーチャルツアーとして公開しています。これにより、遠隔地の社員や顧客は、実際に足を運ばなくてもオフィスの雰囲気やレイアウトを臨場感を持って体験することができます。さらに、AI画像処理技術を用いた「AIステージング」により、空室の360度画像にバーチャルな家具を配置してリノベーション後のイメージをシミュレーションするなど、オフィス構築の意思決定を迅速化するツールとしても活用されています。
また、建設・施工現場においては「RICOH360 Projects」を用いて現場の状況をクラウドで共有し、現場監督の移動時間を削減するなど、働き方改革のソリューションそのものとして外販されています。
ペーパーレス化の徹底と空間の創出
デジタル化の基盤として徹底されたのが、紙文書の削減です。リコーは本社移転やオフィスリニューアルを機に、個人用の袖机を全廃し、パーソナルロッカー制へと移行しました。これにより、文書保管用のキャビネットスペースを最大で8割削減することに成功しています。宮崎の事業所では、約13.8トンもの廃棄物を処理し、物理的なスペースを空けました。こうして生まれた余剰スペースは、新たなデスクを詰め込むのではなく、コミュニケーションエリアやリフレッシュスペースへと転用され、オフィスの質的向上に充てられています。
リコーのオフィス改革がもたらした成果と数値的インパクト
リコーの一連の改革は、定性的・定量的の両面で極めて大きな成果を上げています。これは働き方改革が単なるスローガンではなく、実利を生む経営戦略であることを証明しています。
採用競争力の劇的な向上
最も顕著な成果の一つが、採用市場における人気沸騰です。リコーの新卒採用における倍率は、一時約77倍にも達したと推計されています。かつて事務機器メーカーとして、どちらかといえば保守的で堅実なイメージを持たれていたリコーが、今やデジタルネイティブ世代である学生から「先進的な働き方ができる企業」「DXの最先端を走る企業」として認識されるようになったのです。
特に、働く場所や時間の柔軟性、副業の解禁、そしてViCreAに見られるような洗練されたオフィス環境は、優秀な若手人材を惹きつける強力な磁石となっています。これは、人材獲得難が叫ばれる日本企業において、決定的な競争優位性となっています。
エンゲージメントと生産性の向上を示すデータ
社内アンケートの結果も、改革の正当性を裏付けています。社員の86%が「生産性が向上、または維持されている」と回答しており、柔軟な働き方が業務効率を阻害していないことが示されています。また、「仕事と生活が充実している」と感じる社員の割合(ウェルビーイング指標)は58%に達し、前年比で6ポイント向上しました。
残業時間についても、取り組み開始から半年間で約25%の削減を達成しました。重要なのは、これがPCの強制シャットダウンや一斉消灯といった強硬手段によるものではなく、リモートワークによる移動時間の削減や、会議の効率化といった自律的な業務改善の結果としてもたらされた点です。
環境経営とコストの最適化
ペーパーレス化やオフィスの適正化は、環境負荷の低減にも直結しています。紙の消費量削減は森林資源の保護に、出社頻度の最適化による通勤やオフィス電力の削減はCO2排出量の削減に貢献しており、リコーが掲げるサステナビリティ経営の目標達成に向けた大きな推進力となっています。また、定期代の実費化やオフィスの集約による固定費削減効果は、新たなデジタル投資や人材育成への原資を生み出しています。
リコーが直面した課題と克服のアプローチ
すべての改革が順風満帆だったわけではありません。リコーは、急激な変化に伴って発生した副作用や摩擦に対しても、正面から向き合い、解決策を講じてきました。
コミュニケーションの希薄化への対応策
リモートワーク中心の働き方が浸透するにつれ、多くの社員が「ちょっとした相談がしにくい」「相手の顔色が見えず不安」「雑談がなくなり孤独を感じる」といった課題を口にするようになりました。アンケートでも半数が「コミュニケーションがネックで効率が下がっている」と回答する事態となりました。
これに対し、リコーは「意図的な対面の設計」で対応しました。全社一律のルールではなく、チーム単位で「週に1回は出社して顔を合わせる日(出社推奨日)」を設定したり、業務とは関係のない雑談専用のチャットチャンネルを開設したりと、失われた何気ない会話を取り戻すための運用ルールを整備しました。また、ViCreAのような魅力的なオフィス空間を用意することで、「行かなければならない場所」から「行きたくなる場所」へとオフィスの魅力を高める「プル型」の施策を展開しました。
マネジメント層の意識改革
部下の姿が見えない中でのマネジメントは、管理職にとって未知の領域でした。「本当に仕事をしているのか」という疑念や、従来の行動評価が通用しないことへの焦りが、管理職の疲弊を招きました。
リコーはこれに対し、全管理職を対象とした大規模な意識改革研修を実施しました。20回以上に及ぶワークショップやロールプレイングを通じて、「監視・管理」から「支援・信頼」への役割転換を促しました。特に1on1ミーティングのスキル向上に注力し、業務の進捗だけでなく、部下の心身の状態やキャリアの悩みに寄り添う対話の手法を徹底的に教育しました。
デジタルデバイドと不公平感の解消
ITリテラシーの高い若手社員と、不慣れなベテラン社員の間での生産性格差や、リモートワークが不可能な製造現場・保守サービス部門の社員が抱く不公平感も大きな課題でした。これに対しては、誰でも直感的に使えるツールの導入やマニュアルの整備を行うとともに、現場部門に対しても食堂や休憩所の改装といった働きやすさへの投資を惜しまず行うことで、全社的な一体感の維持に努めました。
リコーの事例から学ぶ未来の働き方への示唆
リコーの事例が示唆するのは、オフィスの再定義とは単なる場所の問題ではなく、人間観の再構築であるという事実です。リコーは、社員を「管理されるべきコスト」ではなく、「信頼されるべき投資対象」として再定義しました。性善説に基づき、働く場所と時間の裁量権を大胆に委譲した結果、社員は自律的に働き方をデザインし、その結果として生産性とエンゲージメントが向上するという好循環を生み出しました。
集まる意味を問い直し、オフィスを創造と共感の場へと昇華させたリコーの挑戦は、AIと共存する未来において、人間が人間らしく働き、歓びを感じるためのプラットフォームがいかにあるべきかという問いに対する、一つの力強い回答です。
2036年に向けてリコーが掲げる「”はたらく”に歓びを」というビジョンは、まだ完成形ではありません。しかし、新宿、文京、大阪、名古屋、そして全国の拠点で日々繰り広げられている試行錯誤と、そこから生まれる社員たちの生き生きとした表情こそが、日本企業が目指すべき働き方改革の真のゴールを指し示していると言えるでしょう。リコーのオフィスは、今日も進化し続けています。

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