ウナギ規制拡大案が否決|2025年ワシントン条約CoP20の結果と日本養殖業界への影響を解説

社会

2025年11月27日、ウズベキスタンのサマルカンドで開催されたワシントン条約(CITES)第20回締約国会議において、ウナギ属全種を附属書IIに掲載する規制拡大案が否決されました。この結果、日本のウナギ養殖業界は当面の危機を回避し、現行の輸入・流通体制を維持できることになりました。しかし、この否決は日本にとって「勝利」ではなく「3年間の猶予」に過ぎません。国際社会からの監視は継続しており、業界には自主的な資源管理の徹底と、透明性の高いサプライチェーン構築が強く求められています。

今回のEU提案が可決されていた場合、輸出国の許可証なしにはウナギの輸入が不可能となり、供給の大半を輸入に依存する日本市場は壊滅的な打撃を受けるところでした。価格の暴騰、養殖業者の廃業連鎖、そして土用の丑の日に象徴されるウナギ食文化の衰退という最悪のシナリオが現実のものとなっていた可能性があります。この記事では、CoP20における議論の詳細から、2025年漁期のシラスウナギ豊漁がもたらした市場変化、水産流通適正化法による国内規制強化、完全養殖技術の最新動向まで、日本のウナギ産業を取り巻く環境を多角的に解説します。

ワシントン条約CoP20でウナギ規制拡大案が否決された経緯

2025年11月27日のワシントン条約第20回締約国会議(CoP20)第1委員会において、ウナギ属全種の附属書II掲載案は賛成35票、反対100票、棄権8票という圧倒的大差で否決されました。反対票が賛成票の約3倍という結果は、CITESの歴史においても稀に見る大差であり、日本政府の予想をも上回るものでした。

この提案はEUがパナマなどと共同で提出したもので、ニホンウナギやアメリカウナギを含むウナギ属全種を規制対象とすることを求めていました。EUの主張の核心は二つありました。一つ目は「ルックアライク(類似種)規定」の適用です。ヨーロッパウナギは既に2007年のCoP14で附属書IIに掲載され、2009年から発効していますが、シラスウナギの段階では専門家でも外見だけで種を判別することが極めて困難です。そのため、規制されていないニホンウナギやアメリカウナギの取引に違法なヨーロッパウナギが紛れ込む(ロンダリングされる)のを防ぐには、全種を網羅的に規制するしかないというのがEUの立場でした。二つ目は、ニホンウナギやアメリカウナギ自体の資源枯渇懸念であり、予防原則に基づく保護の必要性が訴えられました。

日本が展開した反論と外交戦略の全容

日本政府および業界団体は科学的データと実務的影響の両面から反論を展開し、多くの締約国の支持を獲得することに成功しました。

科学的側面では、ニホンウナギの資源量が必ずしも絶滅の淵にあるわけではなく、海洋環境の変動に大きく依存している点が強調されました。実際、2025年漁期には日本国内および東アジア全域でシラスウナギの採捕量が劇的に回復しており、これは「絶滅に向かって一直線に減少している」というEUのシナリオに対する有力な反証となりました。また「ルックアライク」の議論に対しては、現在のDNA解析技術を用いれば種の判別は迅速かつ正確に行うことが可能であり、全種を一律に規制することは科学的根拠を欠く過剰な措置であると反論しました。

外交的側面では、日本の周到なロビー活動が功を奏しました。2025年夏に開催されたアフリカ開発会議(TICAD)などの場を通じ、日本はアフリカ諸国などの途上国に対して持続可能な利用の重要性と過度な規制が地域経済に与える悪影響について説明を重ねました。その結果、エチオピアなどの国々が委員会審議において日本の立場を支持する発言を行い、大きな流れが形成されました。

否決の背景にある3つの要因とは

今回の圧倒的な否決という結果は、複数の要因が複合的に作用したものと分析できます。

第一の要因は科学的根拠への疑義です。多くの締約国が、ニホンウナギ等の資源状況がCITES附属書IIの掲載基準を十分に満たしていないと判断しました。資源管理の枠組みが機能している地域においては、CITESによる外部からの介入よりも当事国による自律的な管理が優先されるべきだという日本の主張が受け入れられた形です。

第二の要因は行政負担への懸念です。ウナギは世界中で取引される水産物であり、全種が規制対象となれば輸出入に伴う許可証の発行や税関での確認業務など膨大な行政コストが発生します。特に行政能力に制約のある途上国にとって、EUの提案は現実的ではないと判断されました。

第三の要因は「グローバルサウス」の反発です。先進国主導の環境保護政策が途上国の経済発展や資源利用の権利を阻害しているという潜在的な不満が、今回の投票行動に影響を与えた可能性があります。日本が標榜した「科学的根拠に基づく持続可能な利用」というスローガンは、これらの国々の国益と合致しました。

2025年漁期のシラスウナギ豊漁と価格への影響

2025年漁期(2024年11月〜2025年10月)において、シラスウナギ市場では特筆すべき現象が発生しました。それは記録的な「豊漁」と、それに伴う価格の暴落です。

シラスウナギはその希少性と高価格から「白いダイヤ」とも称され、不漁の年には1キログラムあたり300万円から400万円を超える高値で取引されてきました。しかし2025年漁期においては状況が一変しました。東海地方をはじめとする主要な採捕地において、漁期の序盤から順調な水揚げが記録されました。2025年1月時点ですでに東アジア3カ国・地域(日本、中国、台湾等)での採捕量は16〜17トンに達したと推測され、昨シーズンの極度の不漁とは対照的な推移を見せました。

この供給過多により取引価格は劇的に下落しました。一部の報道によれば例年の15分の1という衝撃的な安値で取引される局面もあり、漁師からは「白いダイヤとは言いづらい」といった嘆きの声も聞かれました。池入れ価格(養殖業者が稚魚を購入する価格)は平均して130万円/kg程度で推移したと見られ、これは近年の相場から見れば極めて安定的かつ安価な水準です。

豊漁が養殖業界と採捕業者にもたらす二面性

この豊漁は養殖業者にとっては朗報でした。池入れコスト(稚魚購入費)は生産コストの大きな割合を占めるため、仕入れ価格の低下は経営の安定化に直結します。消費者の視点に立てば、これは数年後に流通する成鰻(蒲焼など)の価格低下や、サイズアップ(太らせてから出荷する余裕が生まれるため)による品質向上として還元される可能性があります。

一方で採捕業者(漁師)にとっては深刻な事態です。単価の暴落はどれだけ量を獲っても収入が伸びない「豊漁貧乏」を招きます。価格が安すぎることは密漁のインセンティブを低下させるという副次的な効果も期待できますが、同時に正規の漁業者の離職を招き長期的な採捕能力の減退につながるリスクも孕んでいます。

豊漁が資源管理と国際交渉に与えた意味

この豊漁現象はCITESでの議論においても日本側に有利に働きました。「ニホンウナギは絶滅に向かっている」というEUの主張に対し、「海洋環境の変化によって大きく変動する資源であり、適切な管理下であれば回復のポテンシャルがある」という日本の反論を現実のデータが裏付けた形になったからです。

しかし専門家は慎重な姿勢を崩していません。中央大学の研究チームなどが発表した論文によれば、シラスウナギの豊漁は黒潮の流路や海洋環境の短期的な変動による影響が大きく、長期的な親ウナギの資源量が回復トレンドに入ったと断定するのは時期尚早であるとしています。豊漁の年こそ過剰な採捕(乱獲)を慎み、次世代の親ウナギを確保するための放流や池入れ制限を厳守することが求められます。

水産流通適正化法の完全施行による国内規制強化

国際的な規制導入は見送られましたが、日本国内ではそれを上回る強度を持つ法的枠組みの整備が着々と進められています。その核心が2025年12月にシラスウナギに対して完全施行される「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(水産流通適正化法)」です。

この法律は違法に採捕された水産動植物(IUU漁業由来)がサプライチェーンに混入することを防止するために制定されました。シラスウナギはアワビやナマコと共に「特定第二種水産動植物」に指定されており、これにより三つの義務が事業者に対して課されます。

第一は採捕者による情報の伝達です。漁師や採捕団体はシラスウナギを集荷業者や漁協に引き渡す際、そのウナギが適法に採捕されたものであることを証明する情報(漁獲番号、採捕場所、日時、数量など)を伝達しなければなりません。第二は取引記録の作成・保存です。流通の川上から川下に至るすべての事業者は、誰から仕入れ誰に販売したかという取引記録を作成し一定期間保存する義務を負います。第三は適法性証明情報の伝達です。商品は常に漁獲番号などのIDと共に流通し、事業者は荷受時にそのIDを確認し次の事業者に引き継ぐ必要があります。

トレーサビリティシステムが密漁を根絶する仕組み

水産流通適正化法の本質は、いわばウナギに「マイナンバー」を付与し、採捕から消費までを完全に追跡可能にする(トレーサビリティを確保する)システムです。これにより密漁された「出所不明」のシラスウナギは正規の流通ルートに乗ることができなくなります。正規ルートに乗らなければ養殖業者は池入れ報告ができず、最終的な製品としての販売も困難になるため、闇市場の需要そのものを根絶やしにする効果が期待されています。

全日本持続的養鰻機構などの業界団体はこの法の完全施行に向けた準備を加速させています。2025年10月にはウナギ産業価値連鎖トレーサビリティ支援システム実装協議会が、水産庁記者クラブにおいてシステムのデモンストレーションを実施しました。このシステムは漁獲番号の伝達や取引記録の保存をデジタル上で行うもので、紙ベースの煩雑な事務作業を軽減しつつ確実なトレーサビリティを担保することを目指しています。

また2023年の漁業法改正によりシラスウナギの無許可採捕に対する罰則は「3年以下の懲役または3000万円以下の罰金」へと大幅に強化されています。高額な罰金と刑事罰、そして流通適正化法による販路の遮断により、かつて横行していた反社会的勢力による密漁ビジネスはもはや成立し得ない環境が整いつつあります。

香港・台湾ルートの不透明な取引という残された課題

国内の法整備が進む一方で、国境を越えた取引には依然として大きな問題が存在しています。それが香港を経由したシラスウナギの不透明な流通ルート、いわゆる「香港ルート」です。

日本の貿易統計を見るとシラスウナギの輸入相手国として香港が常に上位を占めています。過去10年間の輸入量のうち、年によっては76%に達することもある割合が香港からの輸入です。しかしここには重大な矛盾があります。香港にはシラスウナギ漁業が存在しないのです。

香港から輸出されるシラスウナギの出所として状況証拠や専門家の分析が指し示すのは、台湾や中国本土からの密輸です。台湾はシラスウナギの輸出を原則として禁止していますが、台湾で採捕されたシラスウナギが第三国(主に香港)へ密輸され、そこで「香港産」として書類が整えられ(洗浄され)、日本へ正規輸入されているという構造が長年指摘されています。WWFジャパンの報告によれば、香港からの輸入量と周辺国での採捕・輸出規制の実態との間には数トン規模の乖離(ギャップ)が存在し続けています。

ヨーロッパウナギ混入のリスクと次回会議への影響

さらに深刻なのはこの不透明なルートを通じて、CITESで規制されているヨーロッパウナギが混入している可能性です。シラスウナギの段階では種の判別が困難であり、香港の研究チームによる調査では現地の小売店で販売されているウナギ製品の約45%からヨーロッパウナギのDNAが検出されたという報告もあります。

もし日本が輸入している「アメリカウナギ」や「異種ウナギ」の中にヨーロッパウナギが大量に混入している事実が決定的な証拠とともに明らかになれば、今回CITESで否決された「ルックアライク規制」の必要性が次回会議(CoP21)でより強力な根拠を持って主張されることは避けられません。日本政府と業界は輸入時のDNA検査体制を強化し、科学的に適法性を証明できる体制を構築する責任を負っています。

完全養殖技術の実用化に向けた画期的進展

規制強化や資源管理はあくまで「守り」の戦略です。ウナギ産業を持続可能なものにするための「攻め」の戦略として期待されているのが、天然資源に依存しない人工種苗生産、すなわち「完全養殖」の実用化です。

2025年、この分野において画期的な進展が発表されました。ヤンマーホールディングスと国立研究開発法人水産研究・教育機構が共同で開発した「シラスウナギ量産用新水槽」です。これまでウナギの人工孵化と飼育は実験室レベルの小さな水槽でしか成功しておらず、大量生産へのスケールアップが最大の壁でした。水槽を大きくすると水流の制御が難しくなり、繊細な仔魚(レプトケファルス幼生)が死んでしまうためです。

研究チームは流体解析技術を駆使し、仔魚の生存に適した水流環境を維持できる最適な水槽形状を導き出しました。その結果、直径40センチメートル、軸長150センチメートルという円筒形の「新量産水槽」が開発されました。

新水槽技術がもたらすコスト革命

この新水槽の特筆すべき点は素材にFRP(繊維強化プラスチック)を採用したことです。従来のアクリルや塩化ビニル製の水槽に比べて耐久性が高く、何より安価で大量生産が可能です。この新水槽の導入により1つの水槽で約1,000匹のシラスウナギを生産することが可能となり、従来の実験用水槽と同等の生産効率を維持しながら規模を拡大できたことを意味します。

この技術革新によるコストダウン効果は劇的です。試算によればシラスウナギ1匹あたりの生産コストは、従来の大規模水槽での生産方式と比較して約20分の1、金額にして約1,800円まで低減できるとされています。天然シラスウナギの価格が豊漁時で数百円、不漁時で数千円であることを考えると、1,800円というコストは不漁時には十分に市場競争力を持つ水準です。今後は自動給餌システムの導入などによる人件費の削減が進めば、コストはさらに低下するでしょう。2025年は完全養殖が「夢の技術」から「産業技術」へと脱皮する歴史的な転換点として記憶されることになるかもしれません。

日本の養殖業界が今後進むべき4つの道

2025年のCITES CoP20におけるウナギ規制案の否決は、日本のウナギ産業にとって「勝利」ではなく3年間の「猶予期間」の獲得に過ぎません。今後業界が進むべき道は以下の通りです。

第一に国際公約としての資源管理の徹底です。日本は国際社会に対し「CITESによる規制がなくとも自主的な管理で資源を守れる」と約束しました。この約束を守るためには国内の採捕・流通における不正を根絶することが絶対条件です。水産流通適正化法の厳格な運用を通じて密漁ウナギを市場から完全に締め出し、消費者の食卓に並ぶすべてのウナギが「出所の確かな」ものである状態を作り上げなければなりません。

第二にデータに基づく科学的発信の継続です。CoP20での勝因の一つは科学的データの提示でした。今後も資源量のモニタリング、海洋環境との相関関係の解明、DNA分析による種判別の実施など科学的知見を積み上げ、それを透明性を持って国際社会に発信し続ける必要があります。特に「豊漁」の年であっても資源管理の手を緩めない姿勢を示すことが次回会議での説得力を高める鍵となります。

第三にサプライチェーンの倫理的再構築です。香港・台湾ルートのような不透明な取引慣行はもはや許されません。輸入業者は取引相手に対して適法性の証明を厳しく求め、疑わしいウナギは取り扱わないという倫理規定(コード・オブ・コンダクト)を徹底する必要があります。短期的には調達コストの上昇を招くかもしれませんが、長期的にはそれが「日本市場の信頼性」を守り規制強化のリスクを回避する唯一の道です。

第四にテクノロジーへの投資と産業構造の転換です。完全養殖技術の実用化は天然資源への依存度を下げる究極の解決策です。政府や業界はヤンマーなどの民間企業の技術開発を支援し、早期の社会実装を後押しすべきです。天然ウナギと養殖ウナギ(人工種苗)が共存し、資源変動のリスクを吸収できる強靭な産業構造への転換が求められます。

まとめ:持続可能なウナギ産業への分岐点

ウナギは日本の食文化の象徴であると同時に、世界が注目する生物多様性保全の象徴でもあります。2025年の「否決」という結果を安堵のため息で終わらせるのではなく、持続可能な未来への決意を新たにする契機としなければなりません。次回のCoP21において日本が孤立無援の敗北を喫することなく、引き続き「持続可能な利用」を主張できる立場を維持するためには、今この瞬間からの行動が問われています。

水産流通適正化法の完全施行、完全養殖技術の社会実装、そして国際サプライチェーンの透明化という三つの柱を着実に推進することで、日本のウナギ養殖業界は危機をチャンスに変えることができるでしょう。私たちは今まさにその分岐点に立っています。

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