近年、ChatGPTをはじめとする生成AIの急速な普及により、私たちの働き方や日常生活は大きく変化しています。しかし、その便利さの陰で「個人情報が勝手に学習されてしまうのでは?」「入力した機密情報が他の人に漏れるリスクはないの?」といった不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
2025年に入り、日本でもAI新法の制定や個人情報保護法の改正検討など、生成AIに関する法制度が大きく動いています。企業では生成AI活用が本格化する一方で、プライバシー保護と安全対策への関心も高まっています。実際に、一部の生成AIサービスでユーザーの個人情報が他のユーザーに表示されるという事故も発生しており、適切な対策なしに生成AIを利用することのリスクが現実のものとなっています。
本記事では、生成AIを安全に活用するために知っておくべきプライバシー保護の知識と、個人・企業それぞれが取るべき具体的な安全対策について、2025年の最新情報をもとに詳しく解説します。生成AIの恩恵を最大限に活用しながら、大切な個人情報や機密情報をしっかりと守るための実践的な知識を身につけましょう。

生成AIを使う時に個人情報が漏れるリスクって実際どれくらい危険なの?
生成AIによる個人情報漏洩のリスクは、多くの人が思っている以上に現実的で深刻な問題です。実際に2023年3月には、主要な生成AIツールでユーザーの氏名、メールアドレス、請求先住所、クレジットカード情報などが他のユーザーに一時的に表示される事故が発生しました。
生成AI利用時の主要なリスクは大きく分けて三つあります。まず一つ目は「入力データの学習利用リスク」です。ユーザーが個人情報や機密情報を含むテキストを入力した場合、AIがそれを学習データとして組み込む可能性があります。例えば、住所や電話番号を含む文章を学習用データとしてAIに提供すると、その情報がAIの記憶として残存し、後に他のユーザーへの回答に影響を与える恐れがあるのです。
二つ目は「技術的な脆弱性による情報漏洩」です。生成AIサービスは技術的に完全ではなく、システムの設定ミスや運用上の問題により、重大な情報漏洩が発生する可能性があります。前述の2023年の事例も、こうした技術的な問題が原因でした。
三つ目は「第三者提供に関する法的リスク」です。個人情報保護委員会は明確に「個人情報取扱事業者が本人の同意なく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法に違反する可能性がある」と注意喚起しています。これは企業にとって法的責任を問われる重大なリスクとなります。
特に企業での利用では、従業員が無意識に顧客情報や社内機密を含むデータを生成AIに入力してしまうケースが頻発しています。営業資料の作成時に顧客名や契約内容を含めたり、人事業務で従業員の個人情報を処理したりする際に、これらの情報が意図せずAIの学習データになってしまう危険性があります。
また、生成AIの「ハルシネーション」(事実と異なる情報を生成する現象)により、存在しない個人情報が生成され、それが実在の人物と誤解されるという新しいタイプのプライバシーリスクも浮上しています。これは従来のデータ漏洩とは性質が異なる、生成AI特有の問題として注目されています。
企業規模が大きくなるほど、多数の従業員が様々な生成AIサービスを使用するため、リスクは指数的に増大します。適切な対策を講じていない企業では、知らないうちに大量の個人情報や機密情報が外部に流出している可能性も否定できません。
ChatGPTやClaude、Geminiでプライバシー保護はどう違うの?どれが一番安全?
主要な生成AIサービスのプライバシー保護レベルには、実は大きな差があります。最もプライバシーを重視するなら「Claude」、次に「ChatGPT」の有料プラン、最も注意が必要なのは「Gemini」の無料版というのが2025年時点での結論です。
Claudeは最もプライバシー保護に優れたサービスです。Anthropic社は、デフォルトでプロンプトや会話をモデル学習に使用しない方針を採用しており、「ユーザーの同意なしにデータを学習に使用しない」という原則を掲げています。プロンプトや会話がモデル学習に使用されるのは、フィードバック機能を通じて明示的な許可が与えられた場合と、信頼・安全性のレビューのためにフラグ付けされた場合の二つのケースに限定されています。API経由での利用では、入力データがモデル学習に使用されることは一切ありません。
ChatGPTは設定によって安全性が大きく変わるのが特徴です。無料版およびChatGPT Plusでは、デフォルトで入力データが保存され、OpenAIのモデル改善に利用される可能性があります。ただし、ユーザーは設定変更により学習を無効化することができます。一方、ChatGPT TeamおよびChatGPT Enterpriseプランでは、設定変更を必要とせず、データが学習に使用されない安全な環境が最初から提供されます。企業利用では、これらの有料プランの選択が必須と考えられます。
Geminiは最も注意深い検討が必要なサービスです。適格なGoogle Workspaceエディションを持たないユーザーがGeminiアプリを使用する場合、チャットが人間のレビューアーによって確認され、Googleの製品・サービス・機械学習技術の改善に使用される可能性があります。無料版では、デフォルトで入力内容と会話データが新しいAIモデルの学習に使用されるため、現在のところ明確なオプトアウト設定は困難な状況です。
ただし、Gemini for Google Workspaceのライセンスを持つユーザーがGeminiアプリを使用する場合、エンタープライズグレードのデータ保護が適用され、提出されたデータはモデル学習に使用されず、人間によるレビューの対象にもならない仕様になっています。
規模別の推奨プランは以下の通りです。小規模チーム(2-10名)向けにはChatGPT TeamまたはClaude Proが推奨されます。これらのプランは、コストパフォーマンスとプライバシー保護のバランスが優れています。大企業向けにはChatGPT EnterpriseまたはGemini for Google Workspaceが適しており、大規模な組織での利用に必要な管理機能とセキュリティ機能を提供します。
重要なのは、同じサービス内でも無料版と有料版で大きく扱いが異なることです。例えば、Workspaceに追加サービスとして提供される無料版のGeminiは学習に使用されますが、有料のGemini for Google Workspaceはデータを学習に使用しない仕様となっています。
機密情報や個人データを取り扱う際は、各サービスのデータ利用ポリシーを慎重に確認し、適切なプランや設定を選択することが不可欠です。最終的には、組織のセキュリティポリシーと予算のバランスを考慮した選択が求められます。
2025年の法改正で生成AIの個人情報保護はどう変わった?企業は何をすべき?
2025年は生成AIに関する法制度が大きく変わった転換期で、企業の対応も急務となっています。最も重要な変化は、2025年6月4日に公布された「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI新法)の制定です。
AI新法は「AIに関するイノベーション促進とリスクへの対応の両立」を基本理念とし、内閣にAI戦略本部を設置することで政府一体となったAI政策の推進を図っています。この法律により、政府がAIの研究開発および活用の推進に関する基本的な計画として「AI基本計画」を策定することが定められ、研究開発支援、人材育成、社会実装、国際協力などが体系的に推進されることになります。
個人情報保護法についても重要な改正検討が進んでいます。個人情報保護委員会は2025年3月5日に「個人情報保護法の制度的課題に対する考え方について」を公表し、以下の主要な改正論点を示しています。
まず「同意取得の負担軽減」です。現行法における同意取得の手続きが企業の負担となっていることを受け、個人情報のより適正かつ効果的な活用と、より実効的な個人の権利利益の侵害防止の両立を目指す改正が検討されています。
次に「子どもの個人情報保護」の強化です。16歳未満の子どもの発達や権利利益を適切に保護する観点から、特別な規律を設けることが提案されています。生成AIが子どもにも広く使われている現状を踏まえた重要な改正です。
「クラウドサービス利用」に関する新ガイドラインも注目点です。生成AIを含むクラウドサービスの利用に関して、安全管理措置および委託先の監督等についての新たなガイドラインが示される予定で、企業の実務対応に直接影響します。
特に重要なのが「医療・AI分野でのデータ活用」に関する規制緩和です。個人情報保護委員会は、AI開発や医療分野でのデータ活用について、一定の条件下で本人同意を不要とする法改正を検討しており、これにより統計解析目的での個人データ活用が促進される見込みです。
企業が今すぐ取るべき対応は以下の通りです。
第一に「ガバナンス基盤の緊急整備」が必要です。多くの企業が生成AIの業務活用を推進する一方で、法務、コンプライアンス、DX部門などは、早急に生成AI利用に関する社内ガバナンスを整備し、従業員への周知徹底を図る必要があります。AIガバナンス整備の第一歩として、各種リスク対応部門の役割や責任範囲を明確にし、経営レベルでの合意形成が不可欠です。
第二に「明確な社内ルールの策定」です。生成AIの安全な利用環境を構築するため、単純な禁止事項の列挙ではなく、具体的な失敗事例や最新の注意点を共有し、従業員がリスクを自分事として認識できるような啓発活動が重要です。ルール策定時には、その根拠や背景を従業員が理解できるよう、他社の事故事例を通じた必要性の説明が効果的です。
第三に「技術的対策の導入」が急がれます。システム設定による機密情報や個人情報を含む入力の自動監視、警告や入力ブロックを行うシステムの導入、DLP(データ損失防止)機能の活用による人為的ミス防止、個人情報漏洩の早期発見と迅速な対処を可能にするセキュリティサービスの導入などが必要です。
法制度の変化は継続的であるため、企業は定期的な情報収集と対応策の見直しを行う体制を構築することが重要です。
会社で生成AIを安全に使うには具体的にどんな対策が必要?
企業で生成AIを安全に活用するには、技術的対策、組織的対策、人的対策を統合した多層防御アプローチが不可欠です。単一の対策に依存するのではなく、包括的なセキュリティ戦略を構築する必要があります。
技術的対策では、入力データの自動監視システムが最重要です。機密情報や個人情報を含む入力を自動的に検知し、警告や入力ブロックを行うシステムの導入により、従業員の意図しない情報漏洩を防ぐことができます。入力データから個人情報が検知された場合、自動的にデータを削除する仕組みを構築することで、技術的な制御によりリスクを大幅に軽減できます。
DLP(データ損失防止)機能の活用も効果的な対策です。人為的ミスを防ぐための技術的制御により、従業員が意図せずに機密情報を外部に送信することを防げます。また、個人情報漏洩の早期発見と迅速な対処を可能にするセキュリティサービスの導入により、問題が発生した際の被害を最小限に抑えることができます。
ツール選定も重要な技術的対策の一つです。事後学習を行わないモデルの選択により、生成AIが入力データを新たに学習することを防ぐことができます。企業は、オンプレミス(社内設置型)またはクラウド型(SaaS)の選択を運用方針に基づいて慎重に決定し、各選択肢のセキュリティレベル、コスト、運用負荷、機能性を総合的に評価する必要があります。
組織的対策では、段階的導入アプローチが推奨されます。第1段階でパイロットプロジェクトでの小規模検証を行い、第2段階でセキュリティポリシーとガバナンス体制を構築、第3段階で従業員教育とトレーニングプログラムを実施、第4段階で段階的な本格導入と継続的な改善を行います。この段階的なアプローチにより、リスクを管理しながら安全な導入を実現できます。
継続的モニタリング体制の構築も不可欠です。入力データの自動監視システム、利用状況の定期的な監査、セキュリティインシデントの追跡と分析、法規制変更への対応体制を整備することで、生成AI利用の継続的な安全性を確保できます。
人的対策では、包括的な従業員教育が鍵となります。生成AIを使用する前に、入力可能な内容や成果物の利用方法に関するルールを明確に定めることが、セキュリティリスク対策の基盤となります。併せて、生成AIを導入する業務範囲を事前に決定し、個人情報や機密情報を扱わない作業に使用場面を限定することで、想定外の情報漏洩リスクを大幅に減らすことができます。
インシデント対応計画の事前策定も重要です。個人情報漏洩やセキュリティ事故が発生した場合の対応計画を事前に策定し、インシデント検知から対応開始までの時間目標、関係部署の役割分担と連絡体制、監督官庁および顧客への報告手順、復旧作業と再発防止策の策定プロセスを明確にする必要があります。
2025年以降の新たな脅威への対応として、マルチエージェント型AI攻撃への備えも重要です。複数のAIが連携してサイバー攻撃を実行するこの新しい脅威に対しては、防御側でもマルチエージェント型AIの活用が検討されており、企業内の各コンピューターにAIエージェントを配置し、相互連携によるリアルタイムでの脅威検知・対処システムの導入が将来的に必要となります。
これらの対策は一度実施すれば完了というものではなく、生成AI技術の急速な進化に対応するため、継続的な見直しと改善が必要です。定期的なリスクアセスメントの実施、最新の脅威情報の収集、対策技術の評価・導入を継続的に行う体制の構築が、長期的な安全性確保の鍵となります。
医療や金融業界で生成AIを使う時の特別な注意点はある?
医療や金融業界では、一般的な業界とは異なるセンシティブデータを扱うため、より厳格なプライバシー保護と規制対応が求められます。これらの業界での生成AI活用には、特別な配慮と対策が不可欠です。
医療分野では、2025年に向けて規制緩和の動きが注目されています。個人情報保護委員会は、AI開発や医療分野でのデータ活用について、一定の条件を満たした場合に本人同意を不要とする法改正を検討しており、これにより企業が統計解析を目的として個人データを活用する際の手続きが簡素化される見込みです。
しかし、この規制緩和は同時に新たな責任も伴います。医療機関は、患者の診療記録、検査結果、処方情報などの高度にセンシティブなデータを扱うため、生成AIに入力する際の匿名化処理が特に重要になります。氏名・住所・生年月日などの個人識別情報の除去・置換、アクセス制限やログ管理の徹底、個人情報保護法やGDPRなどの法令への準拠が必須です。
医療分野の国際動向として、WHO(世界保健機関)は2024年4月に8言語で健康アドバイスを提供する生成AIチャットボットを公開しましたが、同時にコンテンツにエラーが含まれる可能性があることを明確に認めています。この事例は、医療分野でのAI活用において精度と安全性のバランスが極めて重要であることを示しています。
金融分野では、金融庁が専用のAIディスカッションペーパーを発表し、金融機関におけるAIの実利用と健全な利活用の推進について検討を進めています。金融業界では顧客の資産情報、信用情報、取引履歴など、極めて機密性の高いデータを扱うため、生成AI利用時の第三者提供リスクが特に深刻な問題となります。
金融機関は、顧客データを生成AIに入力する前に必ず本人同意を確認し、データが生成AI事業者によってモデル学習以外の目的で使用されないことを契約で担保する必要があります。また、金融業界特有の規制要求として、監査証跡の保持、コンプライアンス体制の整備、リスク管理の高度化が求められます。
両業界に共通する重要な対策として、業界特化型AIの活用が推奨されます。2025年には、汎用的なチャットボットから医療、物流、金融など業界別に最適化されたAIへの進化が予想されており、各業界のデータ特性や課題を踏まえた独自アルゴリズムの開発競争が激化しています。
医療・金融分野では、フェデレーテッドラーニング(データを集約せずに分散学習する技術)や差分プライバシー(統計的ノイズを加えて個人を特定できなくする技術)などの先進的なプライバシー保護技術の導入も検討されています。これらの技術により、個人情報を直接共有することなくAIモデルの改善が可能になります。
具体的な実装上の注意点として、医療機関では電子カルテシステムとの連携時のデータフロー管理、患者同意管理システムの強化、医師・看護師向けの専門的なAI利用教育が重要です。金融機関では、取引システムとの分離、顧客情報の仮名化・匿名化処理の自動化、金融検査マニュアルに対応した内部統制システムの構築が必要になります。
また、両業界とも継続的なリスクアセスメントが特に重要で、新しい脅威や規制変更に迅速に対応するため、専門チームの設置と定期的な外部監査の実施が推奨されます。センシティブデータを扱う業界では、一般的な企業以上に慎重なアプローチと包括的な対策が求められているのが現状です。
コメント