スペイン産・イタリア産生ハム輸入停止の理由と今おすすめの代替品完全ガイド

生活

スペイン産生ハムの輸入停止により、日本の生ハム市場は大きな転換期を迎えています。2025年11月28日、農林水産省はスペイン国内でのアフリカ豚熱(ASF)発生を受けて同国からの豚肉および豚肉加工品の輸入を即時停止しました。この措置は、2022年1月から続くイタリア産生ハムの輸入停止と合わせて、日本の輸入生ハム市場の約7割を占めていたスペイン産の供給が途絶えることを意味しています。しかし、この危機的状況は、フランス産やハンガリー産といった代替品、そして世界レベルの品質を誇る国産クラフト生ハムに目を向ける絶好の機会でもあります。

本記事では、スペイン産・イタリア産生ハムが手に入らなくなった今、どのような代替品があるのか、そして国産生ハムのおすすめ銘柄について詳しく解説します。フランスの「ジャンボン・ド・バイヨンヌ」や「ノワール・ド・ビゴール」、ハンガリーの「マンガリッツァ豚」、さらに岐阜県の「BON DABON」や鹿児島県の「南州農場」など、今こそ知っておきたい上質な生ハムの世界をご紹介します。

  1. スペイン産生ハム輸入停止の背景とは
    1. アフリカ豚熱(ASF)による輸入停止措置の詳細
    2. 日本の生ハム市場への影響
    3. イタリア産生ハムの現状
  2. スペイン産とイタリア産の生ハムの違い
    1. スペイン産「ハモン」の特徴
    2. イタリア産「プロシュート」の特徴
    3. 代替品選びの基準となる味わいの違い
  3. フランス産生ハムのおすすめ代替品
    1. ジャンボン・ド・バイヨンヌ:フランス・バスク地方の誇り
    2. ノワール・ド・ビゴール:ハモン・イベリコに匹敵するフランスの黒豚
  4. ハンガリー産マンガリッツァ豚の生ハム
    1. 「食べる国宝」マンガリッツァ豚とは
    2. 融点31℃がもたらす極上の口溶け
    3. 日本での入手方法と味わい
  5. 北米産生ハムの実力
    1. アメリカ産「ヴォルピ・フーズ」のヘリテージ・プロシュート
    2. カナダ産「ハイライフポーク」と「カサイタリア」
  6. 国産クラフト生ハムのおすすめ6選
    1. BON DABON(ボン・ダボン):岐阜県関市
    2. セラーノ(尾島博氏):茨城県
    3. 南州農場:鹿児島県
    4. 庄内プロシュート:山形県鶴岡市
    5. 白神生ハム:秋田県大館市
    6. ジャンボン・ド・ヒメキ:長野県
  7. 生ハムの選び方と極上の楽しみ方
    1. 原材料表示で見分ける本格派と短期熟成型
    2. 切り方の重要性:透けるほど薄くスライスする
    3. 温度管理:スウェッティングを待つ
    4. ワインとのペアリング
    5. 日本酒(燗酒)との意外な相性
  8. スペイン産・イタリア産に代わる生ハムの比較
  9. まとめ

スペイン産生ハム輸入停止の背景とは

アフリカ豚熱(ASF)による輸入停止措置の詳細

2025年11月28日、農林水産省はスペイン国内の野生イノシシにおけるアフリカ豚熱(ASF)の発生を確認し、同国からの豚肉および豚肉加工品の輸入を即時停止しました。アフリカ豚熱は人間に感染することはありませんが、豚やイノシシにとっては致死率が極めて高く、有効なワクチンがいまだ実用化されていない伝染病です。一度ウイルスが侵入すれば養豚産業全体が壊滅的な打撃を受けるため、日本政府は水際対策として発生国からの輸入を厳格に禁じています。

特に重要な点として、生ハムのような非加熱食肉製品においてASFウイルスは非常に長く生存する可能性があります。加熱処理されたハムは特定の条件で輸入が可能ですが、長期熟成の生ハムはウイルスの不活化を完全に証明するハードルが高く、輸入再開には長い年月を要するのが通例です。

日本の生ハム市場への影響

この措置の影響は、数字以上に心理的かつ実質的なダメージを与えています。日本の生ハム輸入量においてスペイン産は7割弱を占めており、イタリア産の不在を埋める「最後の砦」として機能していました。東京・赤坂のスペイン料理店などでは、主力商品であるハモン・イベリコの在庫確保に奔走しており、年内で在庫が尽きるという状況も報告されています。

イタリア産生ハムの現状

イタリア産生ハム(プロシュート)は、2022年1月のASF発生以降、すでに輸入停止が続いています。当初は早期の再開が期待されましたが、野生イノシシ間での感染拡大が収束せず、2025年12月現在も解禁の目処は立っていません。これにより、日本市場からは「パルマ」と「ハモン」という二つの言葉が商業的な意味で消滅しつつあり、現在流通しているものは輸入停止前に国内に入ってきた貴重な在庫に限られています。

スペイン産とイタリア産の生ハムの違い

スペイン産「ハモン」の特徴

スペインの生ハムは総称して「ハモン(Jamón)」と呼ばれます。最大の特徴は、多くの地域で皮を一部剥いでから塩漬けする製法が取られること、そして熟成温度が比較的高めであることです。

ハモン・セラーノは「山のハム」を意味し、白豚を使用します。皮を剥いで脂に直接塩を当てるため脱水が早く進み、肉質は引き締まり、味が凝縮されます。塩味はしっかりしており、噛み締めるほどに旨味が滲み出る「剛健な味」が特徴です。

ハモン・イベリコはイベリア半島原産の黒豚「イベリコ種」を使用します。このハムの真骨頂は、ドングリ(ベジョータ)を食べて育つ放牧期間にあります。ドングリ由来のオレイン酸を豊富に含んだ脂は常温でも溶け出すほど融点が低く、ナッツのような芳醇な香りを放ちます。スペインでは純血度と飼育方法によって厳格にタグの色(黒、赤、緑、白)でランク付けされており、最高峰の「ベジョータ(黒タグ)」は芸術品として扱われます。

イタリア産「プロシュート」の特徴

イタリアの生ハム「プロシュート(Prosciutto)」は、基本的に皮付きのまま塩漬けを行います。

プロシュート・ディ・パルマは、皮が肉を保護するため塩の浸透が穏やかで、脱水もゆっくりと進みます。結果として肉質はしっとりと柔らかく、水分量を保った「シルキーな食感」が生まれます。塩味はマイルドで、豚肉本来の甘みを感じさせるのが特徴です。

パルマハム協会によって認定されるには、特定の州で生まれ育った豚を使用し、海塩のみを使い、特定地域の空気(アペニン山脈から吹く風)で乾燥させる必要があります。「マエストロ・サラトーレ」と呼ばれる塩振り職人の技術が味を左右します。

代替品選びの基準となる味わいの違い

失われたのは、「ハモン」の持つ凝縮された旨味とハードな食感、そして「プロシュート」の持つしっとりとした甘みと柔らかさです。代替品を探す際は、自分がどちらのタイプを好んでいたかを基準に選ぶことが成功の鍵となります。ハモン・セラーノのような力強い味を求めるのか、プロシュート・ディ・パルマのような繊細で滑らかな味を求めるのかで、選ぶべき代替品は大きく異なります。

フランス産生ハムのおすすめ代替品

ジャンボン・ド・バイヨンヌ:フランス・バスク地方の誇り

スペインとイタリアが不在の今、最も注目すべきは隣国フランスです。ピレネー山脈を挟んでスペインと接するバスク地方で作られる「ジャンボン・ド・バイヨンヌ(Jambon de Bayonne)」は、フランスで最も有名な生ハムであり、IGP(地理的表示保護)認定を受けています。

バイヨンヌの生ハム作りには、ピレネー山脈の麓で採れる「ベアルン産の岩塩(サリーズ・ド・ベアルンの塩)」が不可欠です。この塩はミネラルが豊富で、肉の旨味を引き出す力が強いと言われています。製法的には皮付きで熟成されることが多く、イタリアのプロシュートに近い「しっとり感」を持ちながらも、しっかりとした熟成香を併せ持っています。

味わいの特徴として、ハモン・セラーノと比較すると塩味の角が取れており、より繊細でフルーティーな風味があります。口当たりは滑らかで、色は鮮やかなピンク色です。バスク地方特産の唐辛子(ピマン・デ・エスプレット)を表面に擦り込んで熟成させるものもあり、ほのかなスパイスの香りが食欲をそそります。ハモン・セラーノの代替として十分以上のクオリティを持ち、かつプロシュート派も納得させるバランスの良さが魅力です。

ノワール・ド・ビゴール:ハモン・イベリコに匹敵するフランスの黒豚

もし「ハモン・イベリコ」の濃厚な脂とナッツ香を求めているなら、フランスの「ノワール・ド・ビゴール(Noir de Bigorre)」がその答えになります。

ノワール・ド・ビゴールは、フランス・ピレネー地方原産の純血黒豚です。成長が遅く脂肪が多すぎるため、近代養豚の中で一時は絶滅寸前まで減少しましたが、地元の情熱的な生産者たちによって復活しました。イベリコ豚と同様に放牧され、ドングリや栗を食べて育ちます。

24ヶ月以上の長期熟成を経たビゴール豚の生ハムは、イベリコ・ベジョータに匹敵する、あるいはそれ以上に上品な脂の甘みを持っています。特筆すべきはその脂の質の高さです。オレイン酸やリノール酸を豊富に含み、口に入れた瞬間に体温で溶け出す滑らかさは「クリーミー」と表現されます。イベリコ豚のような野生味(ジビエ感)は控えめで、より洗練された長く続く余韻が特徴です。価格は高価ですが、特別な日の食卓を飾るにふさわしい、生ハム界のオートクチュールと言えるでしょう。

ハンガリー産マンガリッツァ豚の生ハム

「食べる国宝」マンガリッツァ豚とは

スペイン産、特に脂身の旨味を重視する層にとって、ハンガリーの「マンガリッツァ豚」は救世主となり得る存在です。2004年にハンガリー政府が畜産物として世界で初めて「国宝」に認定したこの豚は、生ハムの世界に革命をもたらしています。

マンガリッツァ豚の最大の特徴は、羊のように全身がカールした毛で覆われていることです。これは厳しい冬の寒さに耐えるための進化であり、その結果、皮下には分厚い脂肪層が蓄えられます。かつてはラード(脂)を取るための豚として重宝されましたが、現代ではその脂質の良さが見直され、肉用として最高級の評価を得ています。

融点31℃がもたらす極上の口溶け

一般的な豚の脂肪融点が36℃〜40℃であるのに対し、マンガリッツァ豚の脂肪は31℃前後と極めて低いのが特徴です。人間の体温よりも低いため、口に含んだ瞬間に脂が液体へと変化し、舌の上で広がります。

この脂は不飽和脂肪酸の含有率が高く、見た目の白さとは裏腹に非常に軽やかで消化が良いとされています。「神戸牛のような霜降り」と形容される赤身は加熱しても硬くなりにくく、生ハムにした際にはとろけるような食感と噛むほどに溢れる濃厚な旨味を生み出します。

日本での入手方法と味わい

日本国内では、ピック社(PICK)などのハンガリー大手メーカーの製品が輸入されているほか、北海道や静岡などでマンガリッツァ豚の交配種を飼育し、国内で生ハムを製造する動きも活発化しています。

味わいは、イベリコ豚よりもクセが少なく、純粋な「脂の甘み」が際立ちます。塩味はマイルドなものが多く、フルーツ(イチジクやメロン)との相性は抜群です。スペイン産輸入停止により、これまで以上に注目が集まることは間違いありません。

北米産生ハムの実力

アメリカ産「ヴォルピ・フーズ」のヘリテージ・プロシュート

「アメリカ産やカナダ産の生ハム」と聞くとスーパーで売られている安価なパック入りのハムを想像するかもしれませんが、その認識は改める必要があります。北米にはイタリア移民が持ち込んだ伝統製法を守り続ける本格的なクラフトメーカーが存在し、安定した供給力と高い品質で市場を席巻しつつあります。

アメリカ中西部、ミズーリ州セントルイスには、1902年創業の老舗「ヴォルピ・フーズ(Volpi Foods)」があります。創業者のジョン・ヴォルピはイタリア・ミラノからの移民であり、故郷の干し肉の技術を新天地アメリカで再現しました。

ヴォルピ社のトップラインである「ヘリテージ・プロシュート」は、18ヶ月以上の長期熟成を経て作られます。原材料は豚肉と塩のみです。ミズーリ州の気候は夏は暑く冬は寒いという大陸性気候で、これがイタリアの熟成環境と類似しており、良質な生ハム作りを可能にしています。

味わいはまさに「ジェネリック・パルマ」とも呼べる完成度です。しっとりとした質感、程よい塩気、そして熟成によるアミノ酸の結晶(チロシン)が見られることもあり、ブラインドで食べればイタリア産と区別がつかないほどのクオリティを持っています。コストコなどの量販店でも取り扱いがあり、比較的手頃な価格で本格的な味を楽しめる点が最大の強みです。

カナダ産「ハイライフポーク」と「カサイタリア」

カナダからは「ハイライフポーク(HyLife Pork)」や「カサイタリア(Casa Italia)」といったブランドが台頭しています。特にハイライフポークは「日本人の味覚に合わせて作られた豚肉」として知られています。

カナダの大自然の中で大麦や小麦を中心とした飼料で育てられた豚肉は、臭みがなく脂身が真っ白で美しいのが特徴です。ハイライフ社では日本人の好む「ジューシーで柔らかく、臭みのない肉」を追求し、品種や飼料を調整しています。

カサイタリアブランドの生ハムは、伝統的なイタリア製法を最新鋭のHACCP対応工場で再現しており、安全性と品質の安定性が非常に高いです。熟成期間は比較的短めのものが多いですが、その分フレッシュで癖のない味わいは生ハム初心者の日本人にも受け入れやすく、サラダや生ハム寿司などのアレンジ料理にも最適です。

国産クラフト生ハムのおすすめ6選

輸入停止という危機的状況は、逆説的に「日本の生ハム」のレベルの高さと、その多様性に気づく絶好の機会を提供しています。現在、日本各地には本場欧州で修行を積んだ職人や、独自の理論で日本の気候風土を克服した生産者が存在し、世界レベルの「長期熟成型・非加熱生ハム」を生み出しています。彼らの製品はもはや「代替品」ではなく、世界に誇る「ジャパニーズ・クラフト・ハム」という新しいカテゴリーです。

BON DABON(ボン・ダボン):岐阜県関市

国産生ハムの頂点の一つとして名高いのが、岐阜県関市の山間部に工房を構える「BON DABON」です。代表の多田昌豊氏は、イタリア・パルマハムの老舗「ガローニ社」で長年修行し、日本人として初めてパルマハム職人の称号を得た人物です。

多田氏が作るのは、パルマハムの製法を忠実に守りながら日本の素材で作る「ペルシュウ(Përsut)」です。彼は帰国後、パルマの気候に似た場所を求めて日本中を探し回り、きれいな水と風が流れる岐阜県洞戸(ほらど)という土地にたどり着きました。ここで作られるペルシュウは、100%国産の豚肉と塩のみを使用し、添加物は一切使いません。18ヶ月から24ヶ月という長い時間をかけて熟成されます。

ペルシュウの最大の特徴は「口の中で消える」と表現されるその食感です。専用のスライサーで極薄にカットされたハムは、皿に乗せた瞬間から脂が溶け始めます。口に含むとふわりとした軽やかさと共に熟成された肉の甘みと旨味が爆発し、次の瞬間には儚く消えていきます。これはスペイン産の「噛み締める旨味」とは対極にある、日本的な繊細さと技術の結晶です。

セラーノ(尾島博氏):茨城県

日本の長期熟成生ハムの歴史を語る上で、茨城県の尾島博氏の存在は欠かせません。彼は1970年代、まだ日本人が本物の生ハムを知らなかった時代にスペインを訪れ、その味に衝撃を受けました。「日本でもこの味を作りたい」という執念が全ての始まりでした。

当時、高温多湿な日本で保存料などの添加物を使わずに常温で肉を長期熟成させることは、食品衛生上も技術的にも「不可能」とされていました。しかし尾島氏は試行錯誤の末に独自の乾燥・熟成技術を確立し、日本で初めて「長期熟成生ハム」の製造許可を取得しました。

尾島氏の生ハムは、特定の銘柄豚に固執せずその時々で最高の状態の国産豚(南州ナチュラルポークや梅林豚など)の後ろ足を選定します。10日間の塩漬け、2ヶ月の低温熟成、そして2年以上の長期熟成を経ます。表面に白カビを纏わせながらじっくりと熟成されたそのハムは、ハモン・セラーノを彷彿とさせる力強い旨味と熟成香を持っています。多くのトップシェフが「尾島さんのハムなら」と信頼を寄せるプロフェッショナル御用達の逸品です。

南州農場:鹿児島県

スペインのイベリコ豚が「黒豚」であるように、日本には世界に誇る「かごしま黒豚」があります。鹿児島県大隅半島の南州農場は、飼育から処理、加工、販売までを一貫して行う6次産業化のトップランナーです。

南州農場の「二年熟成生ハム」は、かごしま黒豚のモモ肉を使用しています。黒豚特有の「筋繊維が細かく歯切れが良い肉質」と「融点が低く甘みのある脂」は、長期熟成によってその真価を発揮します。

イベリコ豚の代わりを探している人にとって、この黒豚生ハムは最良の選択肢の一つです。イベリコ特有のナッツ香とは異なりますが、脂の甘みの深さと肉本来の旨味の強さにおいては、勝るとも劣らない満足感を提供してくれます。また、衛生管理が徹底されたHACCP認定工場を持っており、安全性の面でも極めて高い信頼を置けます。

庄内プロシュート:山形県鶴岡市

山形県鶴岡市の東北ハムは、地元のブランド豚「庄内豚」を使用し、完全無添加の生ハム「庄内プロシュート」を製造しています。

彼らの最高級ライン「ノービレ」は、構想20年をかけて完成されました。原材料は庄内豚、天然塩、米粉、黒胡椒のみです。庄内地方の冬の厳しい寒さと適切な湿度がゆっくりとした熟成を可能にします。

庄内プロシュートは、イタリアの伝統製法をベースにしつつ日本の豚肉の繊細さを活かした作りになっています。脂身は透明感があり、赤身は鮮やかなピンク色です。フルーティーとも言える芳醇な香りは、ドイツのDLG(ドイツ農業協会)コンテストで金賞を受賞するなど、国際的にも高く評価されています。

白神生ハム:秋田県大館市

秋田県・白神山地の麓では、廃校となった小学校の校舎を工房として再利用し、地域おこしの一環として生ハム作りが行われています。これが「白神生ハム」です。

白神生ハムの製法は、スペインの「ハモン・セラーノ」をベースにしています。秋田県産の三元豚と天日塩のみを使用し、1年から3年かけて熟成させます。白神山地から吹き下ろす冷涼な風を取り入れた自然乾燥により、肉質は凝縮されしっかりとした歯ごたえと強い旨味が生まれます。

スペイン産が手に入らない今、製法的なルーツと味わいの方向性(凝縮感)において、最もハモン・セラーノに近い国産品の一つと言えます。原木(骨付き)での販売にも力を入れており、自宅で生ハム生活を始めたい人にとって有力な選択肢です。

ジャンボン・ド・ヒメキ:長野県

長野県長和町、標高1500mの姫木平にある「ジャンボン・ド・ヒメキ」は、藤原信行氏が手がける生ハム工房です。

ここの特徴は「信州太郎ぽーく」や「千代幻豚」といった長野県産の多様な銘柄豚を使い分け、それぞれの個性に合わせた熟成を行っている点です。冷涼で乾燥した高地の気候は生ハム作りに理想的であり、原木オーナー制度などを通じて消費者と直接つながる取り組みも行っています。部位や品種による食べ比べができるのは、小規模なクラフト工房ならではの魅力です。

生ハムの選び方と極上の楽しみ方

原材料表示で見分ける本格派と短期熟成型

スーパーや通販で生ハムを選ぶ際、裏面の原材料表示を必ず確認してください。

長期熟成型(本格派)の原材料は基本的に「豚肉、食塩」のみです。発色剤(亜硝酸ナトリウム)や保存料を使用せず、時間と微生物の力(発酵・熟成)だけで旨味を引き出しています。これらは複雑な風味と長い余韻を持ちます。

短期熟成型(ラックスハム)は原材料に「糖類、調味料(アミノ酸等)、発色剤、酸化防止剤」などが並ぶ場合、水分量が高く短期間で作られたものです。これらが悪いわけではありませんが、今回紹介したような「長期熟成生ハム」の代替としてワインに合わせるには、風味が単調に感じられるかもしれません。

切り方の重要性:透けるほど薄くスライスする

生ハムを美味しく食べるための最大の秘訣は「透けるほど薄くスライスすること」です。薄く切ることで舌の上に乗った瞬間に脂が溶ける表面積が増え、塩味の感じ方がマイルドになります。厚切りにすると塩気を強く感じすぎてしまい、脂の口溶けも悪くなります。

原木から切る場合、ナイフは肉に対して水平ではなく、繊維に対して直角〜少し斜めに刃を入れることで食感が柔らかくなります。

温度管理:スウェッティングを待つ

生ハムを冷蔵庫から出して冷たいまま食べるのは最も勿体ない食べ方です。食べる30分〜1時間前に冷蔵庫から出し、皿に並べて常温に戻してください。

しばらくすると生ハムの表面が汗をかいたように艶やかになり、脂が透明になってきます。これをスウェッティング(Sweating)と呼びます。この状態こそが脂の香気成分が揮発し、旨味が活性化した「食べ頃」のサインです。

ワインとのペアリング

赤ワインについては、タンニンの強すぎる重厚な赤ワイン(カベルネ・ソーヴィニヨンなど)は、生ハムの塩味や脂の鉄分と反応して生臭さを生むことがあります。スペイン産や黒豚系の脂が強いハムにはテンプラニーリョやグルナッシュのような果実味のある中重口が合いますが、繊細な国産生ハムにはピノ・ノワールやマスカット・ベーリーAのような軽やかで酸のある赤が好相性です。

シェリーと泡については、スペインのアンダルシア地方で作られるシェリー酒(特にフィノやマンサニーリャ)は、ハモンとの相性が完璧です。そのドライな酸味と独特の酵母香が生ハムの脂をきれいに切ってくれます。カバ(Cava)やシャンパーニュなどのスパークリングワインも万能選手です。

日本酒(燗酒)との意外な相性

実は生ハムと日本酒は知る人ぞ知る最高の組み合わせです。特に「燗酒(40℃〜50℃)」がおすすめです。口の中で温かいお酒と生ハムが出会うと、お酒の熱で生ハムの脂が一瞬で溶け出し、日本酒のアミノ酸(旨味)と生ハムのアミノ酸が融合します。特に酸と旨味がしっかりした「生酛(きもと)」や「山廃」造りの純米酒は、長期熟成生ハムのパワーに負けない相棒となります。

スペイン産・イタリア産に代わる生ハムの比較

産地・ブランド特徴味わいの傾向おすすめの人
フランス・バイヨンヌIGP認定、しっとり感と熟成香のバランス繊細でフルーティープロシュート派、バランス重視
フランス・ノワール・ド・ビゴール黒豚、24ヶ月以上熟成、クリーミーな脂上品な甘み、長い余韻イベリコ・ベジョータ派
ハンガリー・マンガリッツァ融点31℃、とろける食感脂の甘み、クセ少なめ脂身重視、フルーツと合わせたい
アメリカ・ヴォルピ18ヶ月熟成、パルマに近い完成度しっとり、程よい塩気コスパ重視、プロシュート派
カナダ・ハイライフ日本人向けに調整、クリーンな味フレッシュ、癖なし生ハム初心者、アレンジ料理
国産・BON DABONパルマ製法、口の中で消える食感繊細、儚い余韻最高品質を求める方
国産・南州農場かごしま黒豚、2年熟成脂の甘み、力強い旨味イベリコの代替を探す方
国産・白神生ハムセラーノ製法、凝縮感力強い、しっかり歯ごたえハモン・セラーノ派

まとめ

2025年のスペイン産生ハム輸入停止は、日本の生ハム愛好家にとって確かに大きな試練です。お気に入りのバルからイベリコの原木が消え、馴染みの味が手に入らなくなる寂しさは計り知れません。

しかし、世界にはまだ見ぬ素晴らしい生ハムがあり、そして何より私たちの足元である日本国内に、世界に誇るべき熱意と技術を持った生産者たちがいます。イタリアのプロシュートが消え、スペインのハモンが消えたこの「空白」を埋めるのは、フランスのエレガンスであり、ハンガリーの濃厚さであり、北米の堅実さであり、そして日本の繊細なクラフトマンシップです。

特に国産生ハムは、輸送マイレージの観点からも鮮度の観点からも、これからの時代のスタンダードになり得るポテンシャルを秘めています。「ハモン・セラーノがないから何も食べられない」と嘆くのではなく、「ハモン・セラーノがないからこそ、今日は岐阜のペルシュウを、明日は秋田の白神生ハムを試してみよう」と考えてみてください。その先にはこれまでの常識を覆すような新しい美食体験が待っています。この危機を好機に変え、あなただけの「運命の生ハム」を見つける旅を、今夜の食卓から始めてみてはいかがでしょうか。

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