刺激証拠の排除で裁判員裁判はどう変わる?配慮と問題点を徹底解説

社会

刺激証拠の排除とは、裁判員裁判において裁判員の精神的負担に配慮するために、遺体写真の白黒化やイラストへの置き換えなどの措置を講じることです。この配慮措置は裁判員の心理的ダメージを軽減する効果がある一方で、事実認定の正確性を損なうという重大な問題点を抱えています。裁判員の精神的保護と実体的真実の発見を両立させることは、現在の日本の刑事司法が直面する最も根源的な課題です。

2009年に導入された裁判員制度では、一般市民が殺人や強盗致死傷といった重大な刑事事件の審理に参加します。その過程では、被害者の遺体写真や犯行現場の血痕、凄惨な犯行を記録した映像や音声といった刺激の強い証拠に接する場面が避けられません。こうした証拠は「刺激証拠」と呼ばれ、裁判員に甚大な精神的負担をもたらすことが深刻な問題となってきました。司法当局はさまざまな配慮措置を導入して対応していますが、証拠の加工や排除が事実認定と量刑判断に深刻な歪みをもたらしているという批判も根強く存在します。この記事では、刺激証拠をめぐる裁判員への配慮の実態とその問題点について、多角的な視点から詳しく解説します。

  1. 裁判員制度と刺激証拠の関係
    1. 裁判員制度が市民に求める役割と刺激証拠の存在
    2. 刺激証拠が刑事裁判で果たす三つの重要な役割
  2. 裁判員が受ける精神的負担の実態と医学的メカニズム
    1. 代理受傷と二次的外傷性ストレスの深刻な影響
    2. 判決の重責が精神的負担を増幅させる構造
    3. 実際に発生した健康被害と国家賠償請求訴訟が突きつけた課題
  3. 司法当局が実施している配慮措置の具体的内容
    1. 証拠写真の白黒化とマスキングによる視覚刺激の緩和
    2. イラスト・CG・文章による代替提示の急増とその背景
    3. 証拠の厳選と事前警告の徹底的な運用
  4. 刺激証拠の排除と配慮が引き起こす事実認定上の問題点
    1. 情報量の欠落がもたらす立証の困難化と事実認定の歪み
    2. 殺意の認定で生じる抽象化の深刻な弊害と適正手続きの危機
    3. 証拠裁判主義・当事者主義の形骸化と被告人の防御権への影響
  5. 量刑判断への深刻な影響と被害者感情との乖離
    1. 犯行の凄惨さが漂白されることで生じる寛刑化バイアス
    2. 被害者遺族の処罰感情が置き去りにされる深刻な問題
  6. 審級間の証拠構造の非対称性が裁判員制度を空洞化させる
    1. 第一審と控訴審で決定的に異なる証拠閲覧範囲
    2. 控訴審による破棄が裁判員制度の存在意義を否定する構造
  7. 諸外国における刺激証拠の取り扱いとの比較から見える日本の特異性
  8. 実体的真実の発見と裁判員の精神的保護を両立させる今後の方向性
    1. 臨床心理学的介入のシステム化による裁判員支援の強化
    2. 段階的開示による証拠提示プロセスの改善
    3. 裁判員選任手続きにおけるスクリーニングの高度化と除外基準の策定
  9. 裁判員裁判における刺激証拠の配慮と問題点が問いかける刑事司法の本質

裁判員制度と刺激証拠の関係

裁判員制度が市民に求める役割と刺激証拠の存在

裁判員制度は、職業裁判官のみで行われていた刑事裁判に市民の健全な社会常識を反映させることを目的として、2009年に導入されました。この制度改革は、司法に対する国民の理解と信頼を向上させ、民主的基盤を強化するための不可欠なプロセスとして位置づけられています。対象となるのは殺人や強盗致死傷といった重大事件であり、事件の真相を解明するためには犯行の状況を正確に記録した証拠が不可欠です。

刺激証拠とは、被害者の遺体写真、司法解剖の記録写真、大量の血痕が付着した衣服、犯行の瞬間を記録した防犯カメラ映像、被害者の悲鳴が記録された通報音声などを指します。これらは法科学的な「非供述証拠」すなわち物的証拠に分類されます。人間の記憶や主観、自己保身のバイアスが混入しやすい供述証拠とは異なり、事件当時の物理的な状況をありのままに保存しているため、極めて高い客観性と決定的な証明力を有しています。刺激証拠が残酷で凄惨な様相を呈しているのは、それが重大犯罪という残酷な事象そのものを正確に記録しているからに他なりません。

刺激証拠が刑事裁判で果たす三つの重要な役割

刺激証拠が刑事裁判で果たす役割は、大きく三つの次元に分類されます。

第一は、客観的構成要件の立証です。 被害者がどのような凶器で、どの部位を、どの程度の力で攻撃されたのかという物理的事実は、遺体の損傷状況を写した写真や解剖医の記録によって最も正確に示されます。傷の深さや角度、創口の形状、周囲の皮膚の挫滅状態といった情報は、文章や医学用語の羅列だけでは十分に伝達できません。視覚的な情報として直接提示されることで初めて、攻撃の執拗さや結果の重大性が法廷全体で正確に共有されるのです。

第二は、殺意や計画性といった主観的要件の推認です。 日本の刑事司法において殺人罪(刑法第199条)と傷害致死罪(刑法第205条)を分かつ最大の法的要素は「殺意の有無」です。多くの重大事件で被告人は「殺すつもりはなかった」と殺意を否認しますが、人間の内面にある主観的な意図を直接証明することは不可能であるため、裁判員は客観的な状況証拠の積み重ねから殺意を推認しなければなりません。刃渡りの長い包丁が骨に達するほどの深さで急所に突き刺さっている写真や、何度も切り付けられたことを示す防御創の写真は、被告人の弁解が不合理であることを強力に裏付け、殺意の存在を認定するための決定的な根拠となります。

第三は、情状および量刑判断の基礎としての機能です。 犯行の残虐性や被害者が味わった恐怖と肉体的苦痛、結果の重大性は、死刑や無期懲役といった極刑の選択において最も重視される要素です。いわゆる永山基準においても犯行の残虐性は死刑選択の極めて重要な指標とされています。刺激証拠は事件の悲惨さを法廷に再現し、行為の悪質性を道義的かつ法的に評価するための尺度を提供します。これらの証拠を法廷から排除したり著しく減弱させたりすることは、刑事裁判が本来持つ「事件の真相を解明し適正な処罰を下す」という機能そのものを制限することに直結するのです。

裁判員が受ける精神的負担の実態と医学的メカニズム

代理受傷と二次的外傷性ストレスの深刻な影響

裁判員として刺激証拠に触れた際の心理的衝撃は、単なる一時的な不快感にとどまりません。心理学的および精神医学的には「代理受傷(Vicarious Trauma)」や「二次的外傷性ストレス(Secondary Traumatic Stress)」と呼ばれるメカニズムによって説明されます。代理受傷とは、他者のトラウマ体験に間接的に触れることで、自らもトラウマ反応を起こす現象のことです。被害者の無惨な姿を目の当たりにした裁判員は、無意識のうちに被害者への過度な感情移入を引き起こし、自らが被害に遭ったかのような恐怖や絶望感を疑似体験します。

人間の脳は、同族の破壊された肉体や大量の血液の視覚情報を処理する際に、自己の生存に対する重大な脅威と認識し、強烈なストレスホルモンを分泌します。その結果として心拍数の増加や冷や汗、呼吸切迫といった急性的な自律神経系の過覚醒反応が引き起こされます。職業裁判官や検察官、弁護士は長年の実務経験を通じて凄惨な事象に対する「職業的な感情の切り離し」を獲得していますが、突如として法廷に呼び出された一般市民はそのような防衛機制を持ち合わせていません。この専門家と一般市民の間の心理的耐性の決定的な非対称性が、裁判員制度における最大の摩擦を生み出しています。

判決の重責が精神的負担を増幅させる構造

法廷における精神的負担をさらに増幅させる要因が、「他人の運命を決定する」という裁判員独自の重圧です。自らの判断が被告人の生死や長期にわたる身体拘束を左右するという極度の緊張状態の中で、凄惨な証拠を冷静に分析しなければならないという状況は、認知的な負荷の限界を容易に突破させます。

事件の映像や画像がフラッシュバックとして予期せず脳裏に蘇る侵入症状、事件を連想させる場所や報道を無意識に避けてしまう回避症状、不眠や食欲不振、抑うつ状態といった外傷後ストレス障害(PTSD)急性ストレス障害(ASD)の症状は、裁判員としての職務中だけでなく裁判終了後も長期にわたって市民の精神を蝕む危険性を孕んでいます。法廷という空間は逃げ場のない密室であり、裁判員は公的な義務として刺激証拠を直視し冷静に判断を下すことを事実上強制されるのです。

実際に発生した健康被害と国家賠償請求訴訟が突きつけた課題

裁判員の精神的負担のリスクは理論上の懸念にとどまりません。2013年に福島地裁で開かれた強盗殺人事件の裁判員を務めた市民が、遺体のカラー写真等を見せられたことで急性ストレス障害(ASD)を発症し、国を相手取って損害賠償を求める訴訟を提起するという事態が実際に発生しました。

この訴訟は最高裁まで争われた結果、国の損害賠償責任を直接認めるには至りませんでした。しかし判決において裁判所の訴訟指揮における配慮の必要性が言及され、この事案は裁判員制度の脆弱性を白日の下に晒すこととなりました。以降、全国の裁判所において刺激証拠の取り扱いに対する極度に慎重な姿勢、いわゆる「配慮偏重」の傾向が急速に強まる決定的な契機となったのです。

司法当局が実施している配慮措置の具体的内容

証拠写真の白黒化とマスキングによる視覚刺激の緩和

裁判員の精神的負担への対応として、裁判所および検察庁はさまざまな配慮措置を導入しています。刑事訴訟法上、裁判長は法廷の秩序維持と訴訟指揮に関する広範な権限を有しており、公判前整理手続の段階から証拠調べの方法や範囲を裁量によって調整することが可能です。この権限を根拠として、刺激証拠の「無害化(サニタイズ)」や排除が日常的に行われるようになっています。

最も広く実施されている配慮措置が「証拠の加工」です。凄惨な遺体のカラー写真をモノクロームに変換することで、血液の赤色や内臓、組織の生々しい色彩を排除し、視覚的な刺激を一定程度緩和します。さらに、致命傷とは直接関係のない損傷部位や被害者の顔面、特に悲惨な状態にある部分に対してはモザイク処理やマスキングが施されます。写真をモニター全体に拡大して表示するのではなく、画面の一部に小さく表示させるといった工夫も採られています。

イラスト・CG・文章による代替提示の急増とその背景

写真そのものの提示を完全に取りやめ、より抽象的な代替手段を活用するケースも急増しています。検察官や警察官が作成したイラストや図面(シェーマ)によって遺体の状況や傷の部位を説明する手法が広がっています。近年ではコンピュータグラフィックス(CG)を用いて、簡略化された人体模型上に傷口を単なる赤い線で示すなど、視覚的な刺激を極限まで削ぎ落とした抽象的な証拠提示が頻繁に行われるようになりました。

極端な場合には、視覚情報そのものを法廷から完全に排除し、解剖医の鑑定書に基づく文章の朗読や口頭説明のみで非供述証拠の証拠調べを済ませてしまう運用も見られます。

証拠の厳選と事前警告の徹底的な運用

加工や代替措置に加えて、証拠の厳選と事前警告も徹底されています。検察官は起訴の段階から、裁判員裁判に提出する刺激証拠の数を必要最小限に絞り込むことが強く求められるようになりました。かつてであれば十数枚提出されていた現場写真が代表的な数枚のみに削減されるという事態が常態化しています。

証拠を法廷のモニターに表示する直前には、裁判長から「これから刺激の強い画像が表示されるため、気分が悪くなった場合は目を伏せるか直ちに申し出るように」といった事前警告(ウォーニング)が必ず付与されます。これらの配慮措置は裁判員の心理的ダメージを軽減するという目的では一定の成果を上げています。しかし法廷を「安全で衛生的な空間」へと変貌させるこの無菌化プロセスが、刑事裁判の根幹を揺るがす重大な副作用をもたらしているのです。

刺激証拠の排除と配慮が引き起こす事実認定上の問題点

情報量の欠落がもたらす立証の困難化と事実認定の歪み

配慮措置がもたらす最大の問題点は、犯罪事実の正確な認定が極めて困難になることです。イラストやCGモデルによる説明は、あくまで作成者である捜査機関の解釈と濾過を経た「二次的な情報」に過ぎません。一次情報である生の証拠写真が持つ圧倒的かつ豊富な情報量、すなわち傷のえぐれ具合、皮膚のめくれ方、周囲の組織の挫滅状態、出血の広がり、防御創の微細な痕跡といったニュアンスは、二次元の簡略化された線画に変換される過程で必然的に欠落します。

この情報量の欠落は裁判における真実発見のプロセスを著しく阻害します。物理的な現実の複雑さを捨象した抽象的な証拠のみを与えられた裁判員は、事件の全体像を正確に把握する手がかりを奪われた状態で重大な判断を下さざるを得なくなるのです。

殺意の認定で生じる抽象化の深刻な弊害と適正手続きの危機

事実認定の歪みが最も深刻に現れるのが、殺意の有無や正当防衛の成否といった裁判の核心部分です。被告人が「故意ではなかった」と主張している場合、傷の入り方や深さ、刃物を引き抜く際に生じた二次的な創傷の有無を詳細に観察することが不可欠です。イラストによる抽象的な提示では、刃物がどの程度の勢いでいかなる角度から突き立てられたのかという物理的リアリティが裁判員に伝わりません。

その結果、被告人の弁解が不自然であるという検察側の主張を裏付ける説得力が法廷で十分に形成されないまま判断が進む危険性が生じます。本来であれば強固な殺意が認定されるべき事件において、証拠が過度に加工されたがゆえに殺意が否定され傷害致死罪にとどまるという事態は、正義の実現という観点から到底看過できるものではありません。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が、証拠不足ではなく「証拠の提示制限」を原因として適用される危険性があるのです。

証拠裁判主義・当事者主義の形骸化と被告人の防御権への影響

刺激証拠への過度な配慮措置は、近代刑事訴訟の基本原則である「証拠裁判主義」と「当事者主義」を形骸化させる危機を孕んでいます。法廷に提示される証拠は本来、検察官と弁護人が互いの主張をぶつけ合い公開の場でその信用性と証明力を検証するために存在します。しかし裁判員の精神的配慮を理由に裁判所が過度に証拠の選別や加工に介入することは、証拠調べの範囲を裁判所の裁量や公判前整理手続によって恣意的に制限することを意味します。

証拠の原本が法廷に現れず、捜査機関が作成したイラストという「解釈済みの代替物」が証拠の中心を占める状況は、直接主義と口頭主義の理念に反するものです。裁判員は現実の証拠そのものを自らの目で観察し自由な心証を形成する機会を奪われてしまいます。

また、この問題は被告人の側にも不利益をもたらす可能性があります。検察側が作成した代替のイラストが意図せず被告人に不利な印象を与えるよう過度にデフォルメされている可能性を完全には排除できません。原本である写真との比較対照が法廷で公然と行われない限り、代替証拠の正確性を担保する機能や反対尋問による弾劾機能は著しく低下し、被告人の防御権を侵害する恐れすらあるのです。

量刑判断への深刻な影響と被害者感情との乖離

犯行の凄惨さが漂白されることで生じる寛刑化バイアス

刺激証拠の排除は事実認定だけでなく量刑判断にも深刻な影響を及ぼします。刑事裁判における量刑は、法律の条文を機械的に適用するだけでなく犯行の悪質性や被害結果の重大性を総合的に評価して決定されます。殺害方法の残虐性や執拗さは、死刑や無期懲役といった重大な刑罰を選択する上で最も重視される要素の一つです。

しかし遺体写真が白黒化され傷口がイラスト化されることで、犯行の「凄惨さ」というリアリティは完全に漂白されてしまいます。抽象化された無菌状態の証拠のみを見た裁判員は、事件の悲惨さを直感的に把握することができず過小評価する心理的バイアスに陥りやすくなります。被害者がどれほどの恐怖と激痛の中で命を奪われたのかという事件の最も重大な側面が法廷で共有されないまま下される量刑は、必然的に軽きに流れる傾向すなわち寛刑化を持つことが指摘されています。

被害者遺族の処罰感情が置き去りにされる深刻な問題

このような寛刑化の傾向は、被害者参加制度を通じて法廷に関与する被害者遺族にとって到底受け入れがたいものです。「被告人が行った残酷な行為の現実を裁判員にしっかりと見て理解してほしい」「被害者がどれほど無惨な殺され方をしたのかを知った上で正当な裁きを下してほしい」という遺族の悲痛な願いは、裁判員の精神的負担の軽減という名目のもとに切り捨てられています。

法廷において被害者の遺体写真がモザイクで隠されたり見えないように制限されたりすることは、遺族からすれば被害者の受けた苦痛そのものが直視するに堪えないものとして隠蔽されているという二次的な精神的苦痛をもたらすことすらあります。法廷が過度に「衛生的」に保たれることで、裁判で認定される事実と実際に社会で起きた凄惨な現実との間に著しい乖離が生じ、刑事司法に対する被害者や社会一般の信頼を根本から損なう結果を招きかねないのです。

審級間の証拠構造の非対称性が裁判員制度を空洞化させる

第一審と控訴審で決定的に異なる証拠閲覧範囲

刺激証拠の排除がもたらすシステム上の最も深刻な矛盾は、第一審の裁判員裁判と控訴審との間に生じる証拠基盤の「非対称性」です。第一審の地方裁判所において市民である裁判員たちは、心理的配慮を理由にイラストや白黒加工され一部が黒塗りされた不完全な証拠に基づいて事実認定と量刑判断を行います。

しかし第一審の判決を不服として控訴された場合、第二審である高等裁判所の職業裁判官たちは、裁判員が見ることのなかった加工されていない本来のカラー写真や生々しいすべての記録を含めた全証拠記録を閲覧し審査することができます。ここに極めて深刻な問題が発生します。

控訴審による破棄が裁判員制度の存在意義を否定する構造

控訴審の裁判官が証拠の原本を直接確認した結果、「第一審の裁判員がイラストや白黒写真から認定したよりも実際の犯行ははるかに残虐であり殺意も極めて強固である」と判断するケースが生じ得ます。その場合、第一審の判決が「事実誤認」や「量刑不当」として破棄され、より重い刑が言い渡される事態が現実に発生する可能性があります。逆に、裁判員が下した重い量刑判決が全証拠を俯瞰した高裁によって破棄されるケースも想定されます。

この構造的矛盾は裁判員制度の存在意義そのものを根底から否定するものです。市民の感覚を司法に反映させるという目的で導入された制度でありながら、市民に対しては精神的負担を理由に意図的に不完全な情報しか与えず、後から完全な情報を持った職業裁判官が「結論が間違っている」として判決を覆す構造は、裁判員の参加を形式的な手続きに貶めてしまいます。裁判員が事実認定を誤ったのではなく、「正しい事実認定を行うための十分な客観的証拠を与えられていなかった」という構造的欠陥こそが、審級間の判断の乖離を生み出している最大の要因なのです。

諸外国における刺激証拠の取り扱いとの比較から見える日本の特異性

日本における配慮偏重の特異性は、市民参加型司法の歴史が長い諸外国との比較によって鮮明になります。以下の表に主要国の対応方針をまとめます。

国・地域市民参加の形態刺激証拠への対応方針
アメリカ合衆国陪審制連邦証拠規則第403条に基づき、証明力が不当な偏見の危険性を凌駕する場合は凄惨な証拠も提示する。心理的支援は別枠で対応
イギリス・欧州諸国陪審制・参審制証拠の質を低下させず、事前の心理的準備教育と事後の専門的カウンセリング体制で精神的負担に対処
日本裁判員制度証拠の白黒化・イラスト化・提示制限などにより法廷の無菌化を図る

アメリカの陪審制では、連邦証拠規則第403条が重要な指針となっています。同条は証拠の証明力が不当な偏見を与える危険性によって実質的に凌駕される場合に限り、関連性のある証拠の排除を認めています。しかしどれほど凄惨な遺体写真であっても、殺意や残虐性を証明するために代替不可能な証拠であれば厳格な法理的衡量のもとに陪審員に提示されます。「トラウマへの対処は、司法手続きそのものを歪めることによってではなく、別の心理的支援の枠組みで解決すべき課題」として明確に切り離されているのです。

イギリスやヨーロッパの諸国でも、証拠の質を低下させて事実認定を危うくするのではなく、参加する市民に対する事前の心理的準備教育や事後の専門的カウンセリング体制の充実によって精神的負担に対処するアプローチが主流です。日本のように審理の入口で証拠自体を白黒化したりイラスト化したりする特異なアプローチは、国際的な刑事司法の潮流から見ても異質であり、事実認定の正確性を犠牲にしすぎているとの批判を免れません。

実体的真実の発見と裁判員の精神的保護を両立させる今後の方向性

臨床心理学的介入のシステム化による裁判員支援の強化

裁判員の精神的健康を保護することは、国家が強制的に市民を徴用する以上、絶対に放棄できない義務です。しかしその手段として証拠を加工・排除して事実認定を歪めることは、司法の自殺行為に等しいと言わざるを得ません。真に求められているのは、実体的真実の発見という司法の至上命題を維持したまま、市民がその過酷な現実に耐えうるような環境的・心理的サポートの抜本的強化です。証拠の質を低下させるのではなく、判断者の受容能力を高めるための制度的アプローチへの転換が急務となっています。

具体的には、裁判員候補者の選任段階からトラウマ専門の臨床心理士をチームとして配置し、刺激証拠に対する事前の認知的準備(アンティシパトリー・ガイダンス)を徹底する方法が考えられます。「これから凄惨な写真を見ることになるが、動悸がしたり気分が悪くなったりするのは正常な防衛反応である」という心理教育を事前に行うことで、不意打ちによるショックを和らげ心的外傷の発症リスクを有意に低減できることが医学的にも示唆されています。

段階的開示による証拠提示プロセスの改善

最初から最も凄惨なカラー写真を大写しにするのではなく、情報受容のグラデーションを設ける「段階的開示」の導入も有効な方向性です。まず解剖医からの客観的な口頭説明と図面によって遺体の全体状況と法医学的な事実関係を論理的に把握させます。その上で、裁判の核心である殺意の有無や犯行の残虐性を認定するためにどうしても直接観察が必要な部分に限定し、無修正のカラー写真を必要十分な短時間のみ提示するのです。

この方法により不意打ち的な心理的ショックを防ぎつつ、事実認定に不可欠な一次情報へのアクセスを確保することが可能となります。すべてを隠すのでもなくすべてを漫然と見せるのでもない、真実発見と心理的配慮を高度にバランスさせた実務運用が求められています。

裁判員選任手続きにおけるスクリーニングの高度化と除外基準の策定

心的外傷後ストレス障害(PTSD)の既往歴がある方や、客観的な心理テストで代理受傷のリスクが高いと判定された市民、あるいは過去に犯罪被害に遭い強いトラウマを抱えている方に対しては、本人の辞退の申し出を待たずに裁判所の権限で職務から免除できるような、積極的かつ医学的な除外基準の策定が必要です。市民の義務とはいえ、精神的崩壊のリスクを負わせてまで参加を強要することは制度の持続可能性そのものを破壊します。精神的耐性に応じた適性評価を導入することで、法廷で本来の刺激証拠を取り扱う余地を広げることが可能となるのです。

裁判員裁判における刺激証拠の配慮と問題点が問いかける刑事司法の本質

裁判員裁判における刺激証拠の取り扱いは、現代の刑事司法が抱える最も困難で根源的なジレンマを象徴しています。市民の健全な社会常識を裁判に反映させるという制度の崇高な理念は、市民を凄惨な現実から完全に隔離し無菌状態の法廷で抽象化された証拠のみを見せることでは決して達成されません。真の社会常識や正義とは、時に残酷で目を覆いたくなるような人間の暴力の現実を直視し、その深い闇を理解した上で下される厳粛な判断の中にこそ宿るものです。

現在の司法当局が推進している証拠の白黒化やイラスト化、提示の極端な制限といった配慮措置は、裁判員の精神的負担を即効的に和らげる対症療法としては機能しています。しかしその代償として事実認定の正確性は損なわれ、量刑判断は被害感情や社会的現実から遊離し、控訴審との証拠の非対称性によって裁判員制度そのものが形骸化するという極めて深刻な問題が引き起こされています。

法廷が提示すべきは加工された虚構ではなくありのままの真実であり、国家が負うべき責任は証拠を隠すことではなく、その真実と直面する市民の精神を支え抜くための圧倒的かつ専門的な心理的支援体制を構築することです。事実認定の厳密性と市民の精神的保護という二つの要請を、証拠の加工や隠蔽という安易な妥協によってではなく、制度的支援の高度化によって両立させることこそが、今後の日本の刑事司法が直面する最大の課題であり、同時に乗り越えるべき試金石であるといえます。

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